075 切り札
「――ハアッ!」
開始早々、リヒトが力強く踏み込む。
そのまま二刀流という手数の多さを活かし、次々と攻撃を放ってきた。
避け、捌き、時には受け止め、俺は全ての攻撃を凌いでいく。
まだ様子見なのだろう。パワー、スピードともに、俺が知るリヒトの実力には遠く届いておらず、苦労することなく対処できた。
すると、手応えの無さを感じ取ったのだろうか。
リヒトは一瞬だけ顔をしかめたあと、切り替えたように口の端を上げる。
「なるほど、確かにCランク魔物を撃退したのも頷ける反応だ……なら、これはどうかな?」
「――――っ」
その瞬間、リヒトの握る二本の木剣に淡い光が灯る。
そして、
「【高速の舞】」
告げられたのは、双剣の技能【高速の舞】。
数か月前の決闘時、兄のシドワードが使っていたのと同じものだ。
ただし、その熟練度には確たる差が存在していた。
空に残光を残すほどの速度で放たれた剣閃が、息継ぎする間もなく俺に襲い掛かり続ける。
一振りだけでも並大抵の相手なら気絶させてしまうであろう剣撃が数十以上。
まさに押し寄せる波のような、怒涛の連撃だった。
しかし――
(この程度なら想定内だ)
リヒトが使える技能については始めから把握していた。
そのため俺は戸惑うことなく、先ほどまでと同様、落ち着いて凌いでいく。
見た目的にいくら派手とはいえ、最大出力はCランク上位止まり。
何の問題もない――
「――シィッ!」
「っ!?」
――刹那、想定より力強い一撃が、俺が翳した木剣を僅かに逸らした。
続く攻撃は無事に躱したため難を逃れたものの、俺はわずかに眉をひそめる。
今の一瞬、想定していた以上のパワーだった。
しかし、恐らくそれは勘違いだろうと結論付ける。
というのもだ。
俺は『アルストの森』を探索する日々の中、Cランク上位からBランク上位辺りまではテイムと魔物討伐によってとんとん拍子で上がっていった。そのため、その辺りのランク感がかなり曖昧なのだ。
俺が事前に想定していたCランク上位と、実際のCランク上位に差異がある可能性は十分にある。
そんなことを考えていると、リヒトの木剣から光が消える。
ひとまずは堪え切れたのだろう。
リヒトからすればせっかくの必殺技が破られた形になるだろうが、それで攻撃の手を緩めることはなかった。
「まだまだッ!」
それどころか、逆に彼の目には熱が宿り、木剣を握る手の力が強くなる。
技能の発動が終わったにもかかわらず、リヒトの剣速は加速し続け、やがて【高速の舞】発動時と変わらぬ動きを見せ始めていた。
その事実に俺は思わず舌を巻きつつ、冷静に状況を分析する。
様子見が終わり、リヒトは間違いなく本気を出している。
あと少し粘り続ければ、降参しても文句は言われないだろう。
そんなことを考えながら、俺はリヒトの攻撃を紙一重で凌ぎ続けるのだった――
◇◆◇
「「「………………………………」」」
レストが状況を整理し、正しく立ち回れていると考えている一方。
周囲の騎士たちはというと、衝撃的な光景を前に言葉を失っていた。
開始直後はむしろ逆だった。
リヒトは様子見として手加減した攻撃を行い、それをレストがギリギリのタイミングで凌いでいく。
それを見た騎士たちは、レストが確かにガレウルフを撃退できる実力があるのだと驚きつつ、すごい若者がいるのだと純粋に感銘を受けていた。
流れが変わったのは、リヒトが【高速の舞】を放ってから。
そこまでは辛うじて互角を保っていたレストも、技能の前には呆気なくやられるだろうと、誰もが予想していた。
しかし結果は、一撃も浴びることなく無傷だった。
紙一重の回避だったとはいえ――その全てを回避しているという事実が、騎士たちにとってとても信じられなかったのだ。
騎士たちは知っていた。
現在、リヒトの実力はBランク中位に達していること。
切り札と言えるべき特別な技能を封印している状態でも、Bランク下位は間違いない。
にもかかわらず、そんなリヒトが放つ攻撃が、レストには一振りたりとも届いていなかった。
戦慄と衝撃が、騎士たちに走る。
「おい、どうなってるんだ? リヒト様の技能を凌ぎきったぞ!? 偶然か!?」
「いやいや、手数が売りの技能をマグレで防ぎきれるはずがない! リヒト様が手加減されているとしか……」
「馬鹿を言うな! 先日の遠征で同行した時もリヒト様の戦いは見ただろ? どう考えても手を抜いた動きじゃない」
「ってことは……相手はCランクどころか、Bランクの実力を持っていると? それも、戦闘用スキルなしで……」
「……信じられん」
Bランク。
それは戦闘用スキルを持った人間にとって、一つの目標。
現に、王国騎士団に所属する大多数はCランク止まりとなっており、それでも十分な戦力として数えられるほどの実力者だった。
にもかかわらず、である。
目の前に突如として現れた少年は、中級や上級のスキルはおろか、戦闘用の初級スキルすら持っていない身で、Bランクのリヒトと互角に渡り合っている。
ありえない、信じたくない、そう言った感情が彼らの中に混ざり合っていた。
そして、この中に一人。
彼らとは異なる感情をもった少女がいた。
「レスト、様……」
シャルロットもまた、かすかに震える双眸で戦いを眺めていた。
当然、シャルロットはレストが実力者であり、ガレウルフを討伐して以降も成長し続けていることは理解してきた。
しかし、どう表現すればいいのか。
今、目の前でリヒトの攻撃を凌ぎ続ける――否、圧倒するレストは、これまで彼女が知っているレストとは大きく異なっている気がしたのだ。
――そして最後に。
最もレストの異質さを感じ取っているのが、現在進行形で彼と刃を交わしているリヒトだった。
始めは様子見から、次に技能を発動し、その感覚に身を委ねるようにして出力を上げていくリヒトだが、手応えが変わることはない。
始めから今まで、自分の攻撃をレストはものともしていなかった。
(手を抜かれている? いや、それとは少し違う気がする。ただ一つ、はっきりしているのは……彼の実力はこれどころではないということ)
単純な強さ、ともまた違う。
普通の手段でどれだけ攻撃を仕掛けても崩すことのできないような、得体の知れない感覚があった。
同時に、思う。
少なくとも、レストの全力の片鱗を見てみたい、と。
(そのためにはもう、これを使うしかない)
悩んだ末、リヒトは決断した。
本来であれば魔物以外に使用するつもりはなかった技能。
ある人物からのヒントを頼りに生み出した、正真正銘の切り札。
そしてリヒトは、覚悟を決めてそれを告げた。
「――――【纏装・颶風剣】」
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