072 国王面談
シャロに案内された応接間で俺を待ち構えていたのは、なんとここ、フィナーレ王国の国王陛下だった。
しかも一対一の対面。
当然、護衛用の魔法やマジックアイテムは発動中だと思うが……
それにしたってあまりもの急展開に、思わず混乱してしまいそうになる。
(娘と関わりのある俺が王都に来る以上、挨拶する機会くらいはあると思っていたが……これはさすがに想定外だ)
落ち着きを取り戻すためにも、俺はゲームにおける国王陛下の情報を思い出すことにした。
ラルク・フォン・フィナーレ。
ここフィナーレ王国の国王陛下であり、シャルロットの父親。
当然、『剣と魔法のシンフォニア』にも登場した重要キャラクターだ。
魔王が復活する時代の国王という重責を背負いながらも、その責務を全うするために尽力する真面目で誠実な人物だった。
反面、それ以外の場面ではお茶目な一面もあったりするのだが、それが顕著に出た出来事がゲームにはあった。
なぜか王城の大浴場(男風呂)に主人公、第一王子、国王が鉢合わせ、そのままどうでもいい内容を次々と真剣に談義し始めるという、ユーザーから『誰得なんだ!』とツッコまれたサブイベントが存在していたのだ。
ちなみに一部のコアな女性プレイヤーからは『私得です!』という反論があったりもしたが、それはさておくとして……
まとめると、ゲームにおいてラルクは、国王として様々な角度から主人公たちにサポートを行っていた味方側――もとい正義側のキャラクター。
間違いなく信頼に足る人物ではあるのだが、俺には一つ気がかりがあった。
(ラルクが主人公を信頼していたのは、そこに至るまでの積み重ねがあったから。今の俺がゲームと同じ対応を求めるのは難しいだろう)
失言一つで機嫌を悪くさせてしまう可能性だって十分ある。
発言する言葉には気を付けなければ……
そんな俺の緊張っぷりが伝わったのだろうか、不意にラルクが口を開く。
「そう肩に力を入れる必要はない。今回、其方を呼んだのは感謝を伝えるためなのだからな」
「感謝……ですか?」
予想外の言葉だったため尋ねると、ラルクはコクリと頷く。
「そうだ。其方には二度、私の娘……シャルロットを助けてもらった。一度は『アルストの森』でガレウルフから、もう一度はアルビオン領の都で魔物の群れからという話だったか……」
「っ」
懐かしい記憶が呼び起こされる。
シャロと出会うきっかけになったガレウルフ戦と、リーベがちょっかいを出してきた領都での魔物襲撃。
どちらもシャロの身に危険が迫った出来事だった。
その場に出くわした俺に感謝を告げるというのも、父親としては当然なのだろう。
(けど、待てよ? ガレウルフ戦はともかく、魔物襲撃はむしろリーベから俺へのちょっかいに巻き込んだ形のはずなんだけど……)
そこでふと、思い出す。
今でこそ魔物襲撃がリーベによるものだと判明しているが、あの時、俺とエステルはシャロを狙ったものだと推測した。
その後、俺は問題が解決したとだけ報告し、詳細な事情を伝えていないのだ(伝えるわけにもいかないし)。
そんな経緯もあり、どちらの事件も俺がシャルロットを守った形だとラルクは理解しているのだろう。
(まるでマッチポンプだな……)
気まずさはあるが、素直に打ち明けるわけにもいかない。
申し訳ないが、今回はその勘違いにタダ乗りさせてもらうとしよう。
方針を決めた俺は、全力で取り繕いながら返答する。
「いえ、陛下も事情を把握しておいででしょうが、『アルストの森』での一件は我が家の失態に殿下を巻き込んでしまった尻拭いをしたに過ぎません。魔物襲撃については、私が守るまでもなく殿下が単独でご活躍されていましたし……」
「そうであったとしても、其方が娘を助けてくれたことには変わりない。改めて感謝する、レスト」
「――――」
そう言ってラルクは国王の立場でありながら、深く頭を下げて礼をした。
……もしくは、これを他に見せないため、護衛を下げたのだろうか。
いずれにせよ、国王にここまでさせた以上、謙遜を続けるのはまずそうだ。
「光栄です」
「うむ」
恭しく頭を下げた俺を見て、ラルクが満足したように頷くのだった。
ひとまずの用件はこれで済み、解散かと思いきや、なぜかそこからも話は続いた。
内容としては取り留めがない日常的なものがほとんどなのだが、どこか違和感を覚える。
(まるで、何かを探られているような……)
そんな感覚がしながも会話を続けること数分後。
ラルクは椅子に腰かける態勢を整えなおし、「ふむ」と頷いた。
「……見識や振る舞いを含め申し分なし。やはり、直接この目で見てみないことには判断はできぬな」
そして、要領を得ない言葉を口にする。
「判断、ですか?」
「うむ。本来であれば語るつもりはなかったが……其方であれば問題なかろう」
そんな前置きの後、ラルクはじっとこちらを見つめる。
ここまでのような、娘を助けてくれた恩人に対するものではない。
一貴族に対する国王としての視線だった。
(何なんだ……?)
空気が変わったことに警戒する俺に対し、ラルクは告げる。
「其方がシャルロットを助け、さらにはアルビオン領での魔物騒動で活躍したという話は王都にも届いていた。私だけでなく、他の貴族や騎士団の者たちにもな。彼らの反応は両極端であった。そのような有望な若者がいるのかと驚き歓喜する者がいる反面、疑いの目を向ける者もいたのだ。非戦闘用のスキルしか持たず、成し遂げられるはずはないと」
……まあ、それは当然のことだろう。
驚くほどの内容ではなかったため無言で続きを待つと、ラルクは再び口を開く。
「スキルに貴賤はない――言葉で告げるのは簡単だが、現実はそうともいかぬ。故に、疑いの声が上がるのも当然だった。中には王家に取り入ろうとする恐れ知らずの若者が嘘をついている、などと言い出すものも出る始末だ。その主張の中には一部、不可解な偏りがあったことは気がかりだが……いずれにせよこの目で一度、確かめたいと思っていたため、シャルロットが其方を祝賀会に誘いたいと申し出た際は良い機会だと考えた。結果的に、私の認識に間違いはなかったと判断できたからな」
「は、はあ」
まさかそんな事情があったとは。
ラルクが言った不可解な偏りとやらは俺も少し気になるが、今はそれよりも――
「元から、私のことを信じていただけていたのですか?」
「うむ。なにせ、其方と出会った者が皆、其方を評価しておったからな。シャルロットはもちろんのこと、従者のエステル。そして――エルナ殿も」
「っ、エルナさんがですか?」
想定していなかった名前を聞き、反射的に問い返す。
するとラルクは笑みを浮かべ、力強く頷いた。
「ああ。シャルロットたちだけでは偏りがあると思い、其方を指導していると噂の彼女にも尋ねたのが……驚くほどの称賛であった。彼女は我が国が誇るSランク冒険者であり、さらには我が娘たち……第一王女の友人であると同時に、シャルロットの師でもある。外ならぬ彼女が言うのであれば間違いないと思っていたのだ」
「……そうだったんですね」
冷静に返しつつも、少し顔がにやけそうになる自分がいた。
決してこれまで、エルナから認められていないと感じていた訳じゃない。
ただこうして人伝に聞く称賛というのは、存外に歓喜するものだと実感したのだ。
そんなことを考えていると、ラルクが椅子から立ち上がる。
「いずれにせよ、このような時間を設けることができて良かった。城に客人用の部屋を用意してある。祝賀会までの数日間、好きに過ごしてくれたまえ。……どうやら娘は、君とここで特訓ができることを楽しみにしていたようなので、そちらも付き合ってもらえると助かる」
最後には国王ではなく、父の顔を見せるラルク。
俺も遅れて立ち上がると、笑って返した。
「もちろんです。私たちは剣友らしいので」
「剣友……?」
聞き慣れないとばかりに復唱するラルク。
こうして、国王との謁見が無事に終わったのだった。
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