016 愚かなる父親【ガド視点】
アルビオン侯爵家の執務室。
そこには当主であるガド・アルビオンの焦燥の影が色濃く漂っていた。
「くそっ、なぜだ……なぜこんなことになった!」
彼の苛立ちは、息子のレストに端を発していた。
時は遡ること数か月前。レストが『神託の儀』を受けた、あの運命の日。
それまでのレストは、妾の子という不遇の環境に甘んじることなく己を鍛え上げていた。
その姿勢を見て、ガドは内心で思っていたのだ。
もし彼が自分に匹敵するほどの優秀なスキルを授かったなら、次期当主候補に加えてやってもいいと。
だが現実は残酷だった。
レストに与えられたのは【テイム】という、戦闘には全く役立たないゴミ同然の外れスキル。
代々、最強クラスの剣士を輩出し続けてきたアルビオン家にとって、それは恥辱以外の何物でもなかった。
ガドの取った行動は迅速だった。
レストのスキルが【テイム】だと明らかになった直後、彼は周囲の関係者に通達を出した。
――レストを次期当主候補から外す、と。
実の子とて容赦なく切り捨てる姿勢を見せつけることで、自身が獅子の如き強者であることを誇示したかったのだ。
それによって、歴代のアルビオン家当主のような威厳を保てると考えていた。
だが、蓋を開けてみればどうだ。
レストはいつの間にか、ガレウルフをも討伐できるほどの実力者へと成長を遂げていた。
おまけに第二王女からも気に入られるという始末。
これでは、まずい。
今さら彼の名声が高まれば、レストを候補から外した自分の判断が間違いだったと思われかねない。
その展開だけは、何があっても避けねばならないのだ。
「そうだ、私は何も間違っていない。【テイム】の使い手如きが、この誇り高きアルビオン家を率いるなど、ありえないことなのだ!」
ガドは必死に自分を奮い立たせる。
それから改めて、これからの策を練り始めた。
まずは何としても、レストが次期当主の器ではないと証明する必要がある。
名実ともに、アルビオン家から奴の居場所をなくすのだ。
家から実力者が一人いなくなることになるが、それはさしたる問題ではない。
まだこの家には、自分と同じく上級スキル【剣聖】に選ばれた長男がいるのだ。
類まれなる才能を持つ彼こそが、アルビオン家の未来を担うにふさわしい。
彼さえいればレスト一人を切り捨てたところで何の問題もない。
重要なのは、どうやってレストを切り捨てるかだ。
「王女に気に入られた以上、奴をアルビオン家から除名するという訳にもいくまい。何か、何か良い方法はないか……」
ガドは思考を巡らせる。
「っ、そうだ!」
そして、ある良案が閃いた。
自分から手が出せないのであれば、奴自身の手で命を散らさせればよいのだ。
もしくは、剣士として復帰できない程の大怪我でも構わない。
その方法もすでに考えがあった。
今回の『アルストの森』における騒動を利用してやればいいのだ。
手順はこうだ。
ガレウルフが浅い場所に出現したことから分かるよう、現在『アルストの森』には異変が起きているとレストに説明(実際は普段からたまにあることだが、それはあえて無視する)。
本来ならば、アカデミーにも通っていない者が立ち入ることは許されない。
だが今は緊急事態だ。ガレウルフを撃退したお前の実力を買い、この森の調査を任せる――そう命じてやればいい。
家長からの命令に、レストはまず逆らえまい。
今日見たレストの実力を思えば、確かにガレウルフ程度なら倒せるかもしれない。
だがあの森には、さらに強力な魔物が数多く潜んでいる。
しばらく調査を続ければそれらの個体にも遭遇するはず。
いかほどの実力者であれ、そう遠くない内に間違いなく力尽きるだろう。
それがあのレストであればなおさらだ。いくら強くなったとはいえ、Bランク以上の魔物に敵うような器ではない。
レストが森で命を落としたことを後から追及されでもしたら、「アイツは勝手に森に入り、慢心から命を落とした」と言ってやればいい。
「ハハハ! いいぞ、まさに完璧な作戦! これで我がアルビオン家は安泰だ!」
高らかに笑いながら最高の気分に浸るガド。
彼はさっそく、明日にもレストにその命を下すことを決意した。
だが、この時のガドはまだ知る由もなかった。
この愚かな判断が、レストをさらなる化け物へと育て上げてしまうことを。
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