6話 取り立て屋、タクミ隊 3
2万ゼムで買った宅配業者の制服を着て、8000ゼムで借りた荷車に木箱を3つ乗せ、俺は1人で『魔工アーティスト・ムルッペ』の鉄柵で覆われたアトリエの門の前に来ていた。
スプリングウッド町の魔工通りの奥にアトリエはあった。それは貴族の館くらいの広さがあり、アトリエというよりいわゆる工場てヤツだな。
「・・よしっ」
俺は段取りを頭の中で確認してから、厳重に閉ざされた金属門の脇に取り付けられた魔工呼び鈴のスイッチを押す。
ピンポーン!
「?!」
人工的な呼び鈴音っ!『鈴』の要素少なくないっ?? と、ギョッとしていると、
「ドチラ様デゴザイマショウカ? 要件なんばーヲオ伝エ下サイ」
人工的な音声が応答してきた! いやっ、落ち着け俺っ。
「C163」
なんとか冷静に答えた。
「備蓄用飲食品宅配デスネ。C71るーとデ受ケ取リ所マデ御進ミ下サイ。るーとヲ外レレバ殲滅サセテ頂キマス・・」
人工的な音声は物騒なことを言うと通話が切れ、金属門を独りでに開かれた。
敷地内は荒れ放題だったが人の気配は、無く、代わりに、め~~~っちゃ! 強化された機械傀儡兵達の姿が見えた。
「C71ねっ、お邪魔しまーすっ!」
俺はロープで軽く固定された3つの木箱を乗せた荷車を引いて敷地内に入っていった。
魔工アーティスト・ムルッペ。今は話を聞かなくなってしまったが、ほんの数年前に一世を風靡した天才発明少年だ。魔術と工学を合わせた『魔工製品』の中でもアイディアのある作品を量産していた。
チェルシの再従兄弟でもあり、初期の資金難期にまだ一般の学生だったチェルシは『お小遣い貯金200万ゼム(チェルシの実家は中々のお金持ち!)』をムルッペに貸している。
売れてた頃に返せそうな物だが、どうも絶頂期の時点で採算度外視の商品ばかり売っていて利益の程は厳しかったらしい。
ムルッペは半年程前からアトリエから出てこなくなり、2ヶ月前になると取り次ぎも難しくなっていた。
チェルシの話では引き籠る前に売れてた頃に魔工商品のコンテストの賞品で貰ったリゾート家の別荘を処分しているので、今は逆に現金を持ってるらしいが・・
それはそれとして、乱舞する推進力付きの砲弾兵器っ!! 暴爆っ!!! ドカーンっ、だ!!
「だぁーーっ?!!!」
吹っ飛ぶレンタルした荷車(弁償)っ!! 砕けて中からチェルシとマティとレンとコッチ先輩が出てきちまう木箱×3っ!!!
「オイッ、チェルシっ!! 中入って速攻バレてるぞっ?!」
「ケムぅっ??」
一応、荷受け倉庫的な所までは入れてはいたがっ。
「あれぇ? 先月、前の隊の子と忍び込んだ時はいいとこまで行けたんだけどなぁっ??」
「ふむ、対応されたの」
「殲滅ッ! 殲滅ッ! 備蓄用飲食品デハナイッ!! 殲滅ッ!! 殲滅ッ!!!」
マシンゴーレム達の中に、金属箱から推進力付き砲弾兵器を連発するヤツが2体いるっ! 厄介過ぎるっ。
俺はウワバミのポーチから鞘に留め具を付けた状態の打ち刀『ナマクラ・改』を取り出し、留め具をちょっと焦がされた宅配業者の制服のベルトに付け、ナマクラ・改を抜いた。
「この追尾する弾撃つヤツは俺とレンでやるっ!」
「ウチかっ」
「チェルシは、本館入り口のロックを解除するよっ」
魔工鍵掛かってんだな。あのピコピコするヤツ!
「ワシとマティでチェルシのフォローをするぞいっ」
「ケムんっ」
「任せた! 行くぞレンっ」
「よしきたっ!」
レンも左右の腰の留め具にキープしていた打撃用護拳『フルゴング』を装備した。
「スキル・『祟り辻』っ!」
「スキル・『マッハダック』っ!」
俺は緩急のあるジグザグ加速技、レンは身を屈めての加速技で一気に間合いを詰めた!
「せぇあっ!」
「らぁっ!」
俺は一刀でマシンゴーレムの胴を割り、レンも左右のフックパンチでマシンゴーレムの胴を粉砕し、飛び退いた。
予想通り胴も背負った金属箱も派手に誘爆するマシンゴーレム2体。
「ロック解除!」
「キリが無いぞいっ?」
「ケムケムっ」
俺とレンは他にもワラワラ涌いてくるマシンゴーレムを掻い潜り、チェルシが開けた本館入り口に急いだっ。
・・・俺達はそれなり消耗しつつ、どうにか地下の『ムルッペの研究室』までたどり着いた。
「はぁはぁ・・なんだここ? 要塞かよっ」
レンは回復薬を飲んだ。流れでマティはレンの頭の上に乗っていた。
「屋内とはいえ、派手に暴れたからそろそろ衛兵隊が来ちゃうかもな。あ、刃零れしちゃってるよっ、トホホ・・」
ナマクラ・改の刃がちょっと欠けていた。くぅっ! マシンゴーレム、硬いよねっ。
「今回、ギルドの依頼ではないから衛兵隊とカチ会うのは避けたいの」
「ケムも役人は面倒だ・・」
「この先だから、お金返してもらったらもう帰ろ」
返してもらう以前に、ちょっと『安否確認』の方が心配だったりもするが、チェルシは研究室の魔工鍵をピコピコとやって開けた。
俺達は、チェルシが特に隠れたりせずそのまま研究室に入ってゆくので、多少困惑しながらチェルシに続いた。
「いた」
「っ?!」
様々な造り掛けの魔工製品が散らかり放題の研究室の大きな魔工電算機の端末に齧り付くようにして作業している、髪が長く眼鏡を掛け汚れた白い研究服を着ているが、全体としてはチェルシとそっくりな小柄なボックル族の少年がいた。有名人だから見覚えがある。ムルッペだ!
目の下のクマが酷く、痩せていて、何事がブツブツと呟きながら作業に没頭中であった。
「ムルッペ。・・ムルッペっ」
没頭し過ぎてチェルシの呼び掛けに気付かないムルッペ。チェルシはさらに近付くと、耳元で声を張った。
「ムルッペ!」
「わぁっ?!」
椅子から転げ落ちるムルッペ。
「チェルシ?! 久し振りじゃないかっ!」
眼鏡のズレを直し、感激した様子で両手でチェルシと握手するムルッペ。
「前は忙しそうだったし、最近はアトリエの警備が厳重過ぎて、チェルシはここまで来れなかったんだよっ!」
「ああごめんごめん、少し前に『何度か』泥棒に入られて、面倒だからマシンゴーレム達に自分で自分達を強化改造して数も必要数まで増やすよう命じてたんだ」
それ、使役モンスターに出しちゃダメなタイプの『指示』だ・・
「2ヶ月くらい前から宅配も来なくなって、僕はそろそろ餓死するかもしれないから最後に研究成果を遺そうと」
「おバカっ、これ飲んで!」
チェルシはポーションをチェルシに無理から飲ませだした。
「んぐっ? んぐんぐっっ・・ぷはっ! ふぁ~っ、生き返った! よしっ、これで更なる研究を」
「ムルッペっ!」
チェルシは両掌でムルッペの頬を挟んだ。
「ちょっと休むの!」
「いや、でも、もう半年も新商品を出せてないっ。評論家に『短命の才気だった』とか書かれたんだ! 僕はまだ終わってないっ」
ムルッペの頬を挟んだまま、見詰め合う形になるチェルシ。
「それはわかったから、少しだけ仮眠を取って。あとゴーレムもなんとかしないとホントに餓死しちゃうよ?」
「ああ、うん。・・取り敢えずゴーレムは止めるよ。これ、パスワードね。適当に調整しといて」
ムルッペは数字と文字を組み合わせた符合の書かれた糊付きらしい紙切れを魔工電算機の縁に無造作に貼り、大あくびをした。
「ふぁあっ、じゃあ30分程仮眠を取らせてもらうよ?」
「うん」
散らかったソファにムルッペが眠りにゆこうとしたが、
「チェルシ! お金っ」
言っといた。
「そうだったっ。ムルッペ! 200万ゼム返して!」
「200万? ああ、おカネはそこの埋もれてる金庫に入ってるよ。面倒だから鍵は外してあるから」
それは金庫ではなく『タダの箱』です。
「お休み、チェルシ。久し振りに君に会えてよかったよ・・」
ムルッペはソファのガラクタの中にあった目覚まし魔工時計をセットして眠ってしまった。
「・・取り敢えず、金はあったぜ?」
レンは鍵無し金庫を発掘し、中から200万ゼムの札束を回収していた。
「うん。・・20時間後にしとく」
チェルシは目覚まし魔工時計のアラーム時間を修正し、自分のウワバミのポーチから用意していたらしい毛布を取り出して掛け、さらに瓶詰め等の保存食等も取り出して近くの散らかったテーブルの上に置き、最後に魔工電算機に紙切れの符合を入力してゴーレム達の設定を改めた。
「終わった。帰ろ。衛兵さん達が来ちゃう」
「この子、大丈夫かの? ゴーレムは事故じゃとして、活動に詰まっておったようじゃが?」
「忙し過ぎて、今できることとできないことがゴッチャになってただけだよ。大丈夫。ムルッペは売れてなくても天才だから」
「随分買ってるね?『騙された!』とか凄い顔で言ってなかった?」
「・・・お金貸す時」
「うん?」
レンの近くまで歩いたのでレンの頭の上からマティが定位置のチェルシの頭の上に飛び移った。
「『売れたら結婚してくれる?』て冗談っぽく言ったら『いいよいいよ~』って軽く応えたのに」
毛布にくるまって穏やかな眠りこけるムルッペを振り返る、頬を赤くしたチェルシ。
「一生忘れてる感じっ! すぐ売れなくなったしっ、おバカ!」
「ケムんっっ」
チェルシはさっさと研究室を出ていってしまった。
「・・若いの」
「うっはっ、ウチが恥ずかしくなってきた!」
「思いの外、罪な男だったんだなっ、魔工アーティスト・ムルッペっ!」
残された俺達も、ムルッペが起きないようそっとドアを閉め、研究室を後にしたのだった。