5話 取り立て屋、タクミ隊 2
サリサリーから借金を回収して豚骨ヌードルを食べて全員顔がテカテカになった翌日、俺達タクミ隊はスプリングウッド町の外れにある陸クラゲレース場の前に来ていた。
正面出入り口近くに設置された陸クラゲ風のデザインの魔工時計(わりと高価)は午前9時過ぎを差してる。
レースは午前10時半からだが、下見所なんかの場内施設は午前8時30分から利用できた。
レース好きは早くに入って、パドックからの場内の好みの飲食店で一杯引っ掛けたり、あるいは酒と摘まみをテイクアウトして客席で飲んで本番までにいい感じに『仕上げる』。それが正しい作法のようだ。
「ちょっと早くないか? いる?」
賭け事に興味0のレンはいまいち要領を得ない感じ。
「『モリジン』は今はもう仕事でレース場に来ておるから早いんじゃ。行くぞい?」
コッチ先輩は慣れた様子で入場券の販売所に歩いていった。
「・・今回、対人関係云々というより金の回収自体拗れそうな気がする」
「そもそも金持ってるか怪しいぜ」
「盗賊界隈では『ぶっこ抜きのモリジン』て昔は有名な人だったみたいだよ?」
「ケムん?」
俺とレンとチェルシとチェルシの頭の上のケムシーノ(たぶんマティ?)は困惑気味にコッチ先輩に続いた。
俺達は場内を迷わず進むコッチ先輩に続いてパドックに向かった。
「可愛い!」
「ケム??」
ケムシーノはギョッとしていたが、チェルシはパドック内を調教師と連れ立ってフワフワ浮遊して周回している、体長1,5メートル程度の色取り取りの陸クラゲ達が気に入ったらしい。
陸クラゲは流動補食体の一種。スライムは半透明の餅のような身体の中にうっすら光る核を持つモンスターだが、陸クラゲは身体の下部から触手を6本程度生やして浮遊する種で、シルエットがクラゲっぽいが陸生なので陸クラゲと命名されている。
レースに使われるのはその中でも『サラブレッドカメレオン陸クラゲ』という比較的大人しく、賢く、カラーリングを自在に変え、巨大に育たず、爆発的に繁殖したりもしない調整種だ。
スプリングウッドのような微妙な規模の町だと大きな競馬場は造れないので、小ぢんまりと開催できる陸クラゲレースがジャストフィットというワケ。
「あの男じゃよ」
コッチ先輩が示した小太りで隻眼のドワーフ族の男は、パドックを見ながら物凄い速さで木製の石墨筆(黒鉛を芯にした筆記具)を使い紐綴じノートに書き込んでいた。
書き終わると懐から取り出した転写玉(これはかなり高価!)でノートの文章をカシャッと撮り、続けて転写玉の上蓋を開けて小瓶からインクを注ぎ、最後に自分の横に積んでいた質の悪そうな紙の束に転写玉を差し向けて、撮った文章を纏めて紙束に『近接テレポート転写』した。流れるような手際。
小太りの隻眼ドワーフ、モリジンはレース場のモグリの『予想屋』だった。
サリサリー同様、元冒険者で、現役の頃はレベル18の手練れの盗賊! が、ぽっちゃりして老け込んだ姿を見るに、現在のレベルは13程度、かな?
モリジンは俺達に気付いていた。モグリのレース新聞に違いない転写した紙束を素早く車輪付きの鞄に詰め込み、油断無く伺う素振りをしたかと思った次の瞬間! 物凄い営業スマイルをしてきた! えっ?
「いよぉっ! コッチ! レース場来るの久し振りじゃねぇかっ?」
車輪付き鞄を転がしながら、隻眼で営業スマイルをキープしたままコッチ先輩の元に近付いてくる。
「うむ、モリジン。元気そうじゃの」
「勿論さ! 相棒っ」
軽くコッチ先輩にハグして見せつつ、一瞬冷静な視線を向けるモリジン。
「この若い連中は面倒見てやってんのかい?」
「いや、今ワシはこのタクミの隊に入っとるんじゃよ」
「ふうん?」
露骨に俺達を値踏みしてくるモリジン。
「ども、タクミです。職業侍で、リーダーやらせてもらってます」
「レンだ。モンクやってる」
「チェルシだよ。怪盗ね!」
「ドワーフよ、ケムはマティだ・・」
普通に喋るマティ。なんか威厳ある??
「ふんっ! 俺様はモリジンっ。元盗賊だ! 若い頃はぶっこ抜きの通り名で鳴らしたもんだぜっ? 今はこのレース場の顔だがよっ」
取り敢えず大物感は出したいらしいモリジン。めんどくさっ。
「モリジン、暫くぶりで悪いがの。貸しとった150万ちょっと・・いや150万ちょうどでいい。返してくれんかの? 前に揉めた闇金の借金は完済したと聞いたぞい?」
隊を組んだばっかしの頃の仕事でその闇金の金主をボコボコにした時(獣人族の子供の人身売買をやっていたから冒険者ギルドの調査部の網に掛かった)、そんなようなことをコッチ先輩と話してるのを聞いたような気もしないではない。
「ん~~~そうだなぁ? コッチぃ~~。確かに俺も今はここでいい顔だし、借金も片付いた。ただまぁ、なんて言うのかなぁ」
あやふやなことを言いながら徐々に後ずさるモリジン。
「俺ぁ、ここの串焼きの売店に出資しててな? ほら、予想屋もちょっと有名になってきたからレース場の運営がお目こぼししてくれなくなってきてよぉ。それに、別れた女房んとこに養育費を振り込まなきゃ」
「『養育費が振り込まれない』と、この間相談受けたぞい? また稼ぎを骨董の絵皿に注ぎ込んどるんじゃろう??」
「うっ! ・・ 実はそうなんだよ、相棒! だから今は手持ちが」
「スキル!『強欲の眼』ッ!!」
「?!」
チェルシが両目を妖しく輝かせてスキルを発動させたっ。強欲の眼は視認範囲にあるか金目の物とその金銭価値を透視して看破できるのだ!!
「商売道具の転写玉は見逃してあげるけど、右腕にブランド魔工腕時計! 推定価格50万ゼム! 左の中指にプレミアムトパーズの指輪! 推定価格35万ゼム! デザインは微妙だけど金のネックレス! 推定価格20万ゼム! いくつか分けてる財布に合わせて31万ゼム! 合わせて136万ゼムは回収可能だよっ!!」
「くっそ! ガキんちょっっ」
モリジンは車輪付き鞄を抱えて猛烈な速さで逃げだした! 足、速っ。
「待て! こんにゃろっ」
レンが追い始め、俺も続いた。
さすが元ぶっこ抜き! レベルが落ちても速攻タイプの現役前衛職の俺とレンが中々追い付けないっ。
俺達はレース場の中を追い駆けっこする内に、しまいに芝の走路にまで侵入するハメになり、まだまばらな客席をどよめかせ、職員を慌てさせてしまった。
ヤバいっ。早く片付けなくては! と思っていると、コースが曲線になった所でレンが『差し』に掛かったっ。
「おりゃあっ!!」
距離が縮む! だがモリジンが突如、明後日の方向に車輪付き鞄を投げ付けた!
「?!」
一瞬、俺達は呆気に取られたが、
「スキル!『ゴーストトリック』!!」
投げられた車輪付き鞄は消え去り、次の瞬間、加速したレンの顔面の前に出現して派手に激突し、モグリのレース新聞をぶちまけた!!
ゴーストトリックは小型の対象物を指定時間で設定した場所にテレポートさせるスキルだ!
「あ痛ぁっ?!」
すっ転ばされるレン。沸く客席!
「へっ! 番狂わせがレースの醍醐味だぜっ? お嬢ちゃんっ!」
調子付くモリジンだったが、
「マティ! 網球じゃ!!」
「ケムっっ!!!」
コッチ先輩の指示の直後! 粘着糸の塊がモリジンに向かって放たれ、直前で炸裂! 蜘蛛の巣状の粘着糸が拡がりモリジンは捕えられ、レン以上に派手にすっ転ばされた!!
「どひーーーっ?!!!」
ますます沸く観客!! 完全に余興と間違えられてるな・・。だが、モリジンは素人ではないのでもう一押ししとこう。俺はかなりの量の物を出し入れできる『ウワバミのポーチ』から『笑い球』を取り出しスイッチを入れて、
「それっ、と」
糸まみれで踠くモリジンに向けて投げ付けた。
「イテっ?」
モリジンの頭にクリーンヒットした笑い球は即座に笑気ガスを噴出し、モリジンは為す術無く笑い転げた。
「ぶはははっ?! ひっひぃーーっっ!! 苦しっ、死ぬっ! ぷははははっ!!!!」
ガスが散ったの確認すると、糸まみれで笑い転げて苦しむモリジンを俺とチェルシとマティを抱えたコッチ先輩、それから芝まみれで額にタンコブを作って怒り心頭の様子のレンが囲んだ。
「こんのっ! くそオヤジっ! 1発ブン殴ってやるぜっ」
岩をも砕く拳に力を込めるレンっ!
「勘弁してやってくれ、レン。もう随分鍛えておらんから死んでしまうぞい」
「っっっああっ!! しょうがねぇなっ、だが、返すもんは返してもらえよ? コッチ先輩っ」
「うむ・・」
「じゃ、チェルシがやりま~すっ! スキル!『超盗む』っ!!」
チェルシは神速の手際で粘着糸の隙間を掻い潜って時計、指輪、ネックレス、全ての財布を盗みだした! このスキルは、以下略っ!
「ぶははっ?! このガキまたっ! ふひひひひっ!!! ちくしょっっ」
「モリジン、残りの14万はもういいぞい。財布の金は全てワシが代わりに取り敢えずの養育費として渡しとくからの」
「何っ?! ぷはははっ」
「・・それからの」
コッチ先輩はしゃがんで、芝に転がってるモリジンと少し視線を近くした。
「思えば、お主とは腐れ縁じゃ。だがの、ワシがお主を甘やかし過ぎたのかもしれん。お前が隊の他のメンバーと揉めた時も、輩の類いと揉めた時も、金に困った時も、いつもワシが手を貸しておった。それはやはりよくなかったの。・・モリジンよ、お主との友達付き合いはこれきりにするぞい?」
「なっ?!」
一時、笑うの忘れるモリジン。コッチ先輩は立ち上がり、背を向けた。
「じゃが、お主が冒険者を辞めてからもレース場や飲み会や釣りや、骨董市を冷やかしに行ったり・・楽しかったの。ワシらは本当に、友達じゃったぞい?」
立ち去りだすコッチ先輩。
「ちょっ?! 待ってくれっ! コッチ! 金はすぐ返すつもりだったんだよ?! 相棒だろっ?! コッチ! 俺、ぷっ! ぷはははっ!!!! まっ、待って、ひははっ、俺達、友、あはははっ!!!!」
泣き笑いするモリジンを残し、俺達はレース場を出る為にざわめく客席に上がり、それからレース場運営に罰金4万ゼムをガッツリ支払ったさ・・・。
モリジンの元奥さんへ養育費を渡し、他の回収品を換金した後で、ちょうど昼時だったからロコモコ屋に俺達は入った。コッチ先輩の奢りだ。
マティはミートボール2個の目玉焼き乗せを出してもらっていた。
「家の購入費を差し引くと1万しか残らんかったから、チェーンのロコモコ屋ですまんの。アイスも頼んでいいからの」
「ウチ、ダブルベリーアイス追加でっ!」
「チェルシはチョコ金時っ!!」
「俺、抹茶お願いします!」
「ケムは熟成ラムレーズンで・・」
奢ってくれるなら素直に奢られるのがタクミ隊クオリティーっ!
「・・クラブの用心棒をクビになってから何年もニートをしておったワシを冒険者ギルドに誘ってくれたのがモリジンだったんじゃよ」
「皆、色々あるってことよっ! コッチ先輩!」
「そうッスよ」
「ロコモコ美味しいよねっ!」
「ケムんっ」
俺達はコッチ先輩の身の上話を聞いたり聞かなかったり、なんだかんだでロコモコ定食とアイスクリームも綺麗に完食したのだった。コッチ先輩もね!