焼き捨てられる幽霊
ポリドリ『吸血鬼』翻訳で、吸血鬼ラッセン卿が知り合いの青年オーブリーに誓約させるのが、『ハムレット』父の場面から来たものと判った。以来、『ハムレット』翻訳が気になってしまう。有名な台詞
"To be or not to be, that is the question."
を「生きるべきか死ぬべきか、…」的な訳文としたのは、誤訳ではないか。ここでハムレット王子が念頭に置いているのは、父王の亡霊である。王子は亡霊に取り憑かれてはいない、でなければこんな迷い方はしない。亡霊の話を全く信用しないでもない、その別れの言葉を手帳に書きつけて(当時の鉛筆は流行の先端を行く贅沢品であった)、我が身の護りとしているのだから。つまり、この to be とは亡霊について(本物か、幻覚か)と迷い続ける知識人の情けなさではないか。
そう考えて検索したところ、木原 誠「『ハムレット』と中世都市伝説―煉獄は存在するのか否か、それが問題である―」を読むことができた。この論文を元に、問題点を整理してみる。
1.「幽霊」とは祖先崇拝から来る概念。唯一の神を奉じるキリスト教にとって、元来「幽霊」とは在ってはならない存在だった
2.しかし父祖の祭礼まで禁じると、布教に差し支えるばかりか葬祭もできなくなる(欧米の教会は、裏庭が墓地になっていた)。幽霊の存在を辛うじて受け容れたのが「煉獄」だった(聖書には無い)
3.死後、義人は天国へ上り、地上に戻る事はない。罪人は地獄に落ち、地上に帰る事はできない。煉獄は、地獄でも天国でもない魂の修行場のような場所で、遺族の祈りが届くものと想定された
4.12世紀末『聖パトリキウスの煉獄譚』では、アイルランド北部ダーグ湖(Lough Derg)のステイション島 (Station Island) の洞窟に煉獄があるとされた
5.煉獄に在って自らは最早徳行を積む事ができない霊魂を救う方法の一つが、贖宥状(免罪符)であった。マルチン・ルターが反発した贖宥状販売の宣伝文句は「贖宥状を買うことで、煉獄の霊魂の罪の償いが行える」
6.ルターが勤めるヴィッテンベルク大学の講堂に掲げた神学上の質問が、神聖ローマ帝国諸侯に政治利用され、宗教改革が始まった
7.ゆえに新教徒は幽霊及び煉獄の存在を否定する。新教徒たる者は、悪魔と戦うことはあっても、有りもしない幽霊の話など聞く事があってはならない
8.『ハムレット』は英国国教会がローマ(カトリック)から独立して約50年後。新教国イングランドが旧教国アイルランド9年戦争に敗北してカトリックへの反感が高まった時期、作者シェイクスピアは新教徒として幽霊を否定すべき立場にあった
こういう背景があってこそ、『ハムレット』の台詞は緊張感を伴った訳である。正直、筆者は宗教改革が幽霊の否定に始まったものとは理解しておらず、また「時間がない」と言いつつ自らの由来を説明し続ける幽霊の長広舌に閉口したものだが、あれがないと作者の立場すら危うくなりかねない、欠くべからざる台詞だったとは。
そうすると冒頭、ハムレット王子以下が、口外せぬ事を剣にかけて誓うのも、秘密にしなければ醜聞の元になりかねない、真剣な意味を持っており、これは作者と観客が共有した秘密でもあった。
このように考えていくと宗教改革は、幽霊の成仏を拒否するという、一種の切捨てから成り立つ。旧教側でもギリシア正教会では『煉獄』を否定する。
ところが、切捨てた筈の幽霊が「吸血鬼」として蘇ったのは、他ならぬギリシア正教会の地に於てであり、これが19世紀にイギリスで流行ったのは、皮肉というより当然だったのであろう。いくら幽霊を否定しようと、幽霊が『死』の象徴である以上。死すべき定めにある人間が、これを逃れる事はできないのだから。
マルチン・ルターはやがてローマと対立し、教皇からの破門状を焼き捨てる。このときルターは、単に紙切れを焼いただけではなく、幽霊となってさまよえる父祖への信仰も捨ててしまった事になる。
それはキリスト教徒として不可欠の歩みだったに違いないけれども、たいへん無責任な態度にも見える。人が死して後の始末を、教会が面倒見ないというのであれば、誰に頼ったら良いというのか。
かくして信仰された時代もあった幽霊は、新しい信仰によって焼き捨てられるに至る。しかし幽霊が幽霊である以上、今日なお幽霊は発生し、その都度焼き捨てられるのである。幽霊となった父祖なくして我々の誕生も有り得ない事を思えば、以て瞑すべし。
『ハムレット』には複数の翻訳が存在するけれども、宗教改革を意識した幽霊譚としての翻訳は見た覚えがない。そのうち、やってみたいとは思う、いつのことになるやら。




