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吸血鬼譚。但し『ドラキュラ』以降を除く  作者: 萩原 學
さまよえるユダヤ人
10/19

福音書の記述

Flying に「さまよえる」意味はないのに、なぜ邦題に入ったか。ハイネの小説では、お芝居で演じられたオランダ人船長が、素知らぬ振りをしようと『飛んでいくオランダ人』船長の噂を "the Wandering Jew of the Ocean" かと笑ってみせる。その頃には『オランダ人』伝説が下敷きにした伝説『さまよえるユダヤ人』の方が有名だったようだ。おそらく『さまよえるオランダ人』との邦題は、これを覚えていた者の手になるものであろう。

ユダヤ人に関する伝説なので当然ながら、元ネタは聖書にある。


創世記4章

9 主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。

10 主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。

11 今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。

12 あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。

13 カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。

14 あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。

15 主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。


ホセア書9章

16 エフライムは撃たれ、その根は枯れて、実を結ばない。たとい彼らが子を産んでも、わたしはそのいつくしむ子らを殺す。

17 彼らは聞き従わないので、わが神はこれを捨てられる。彼らはもろもろの国民のうちに、さすらい人となる。


この『地上の放浪者』『さすらい人』のイメージは、北欧神話の最高神オーディンに影響したとの説もある。しかし「罪を償う者」の影が纒わり付くカインやエフライムの子を、地上の支配権を追い求める最高神に対置するのは如何なものか。

これを踏まえてかどうか、新約聖書では救い主イエスの言葉として


マタイによる福音書16章

28 よく聞いておくがよい、人の子が御国の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」。


というものだから、初期キリスト教徒に於ては『イエスの弟子は死なない』とする説も流行したらしく、


ヨハネによる福音書21章:20-23

20 ペテロはふり返ると、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのを見た。この弟子は、あの夕食のときイエスの胸近くに寄りかかって、「主よ、あなたを裏切る者は、だれなのですか」と尋ねた人である。

21 ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、「主よ、この人はどうなのですか」。

22 イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。

23 こういうわけで、この弟子は死ぬことがないといううわさが、兄弟たちの間にひろまった。しかし、イエスは彼が死ぬことはないと言われたのではなく、ただ「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」と言われただけである。


と、批判されてもいる。そもそも不死と化すことが幸福を意味するか、その当時は疑うまでも無かったようだ。

ところが、13世紀イギリスでは不死と化した「さまよえるユダヤ人」が、永劫の罰に服する者として噂になっていたらしい。その最初の記録と見られる年代記を抄訳して次に掲げる。作者は13世紀の人ゆえ、伝えられたその名に不明な点があるのはご容赦願う。とっくの昔に著作権が切れているのは言うまでもない。

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