魔物と旅人: 竜の魔法を使う魔物
その旅の人は、肩に小さな魔物を乗せていた。
魔物は、丸っこくって、片手に乗るくらいの小ささで、人を見かけると、旅の人の上着の胸元に隠れてしまった。
僕と一緒にいた友達も、こんな間近で魔物を見ることなんてなかった。
「魔物見せてー」
と友達が言うと、旅の人はにっこり笑って
「今はまだちょっと人が怖いんだ。ごめんね」
と言った。
この街には1週間ほど滞在する、と言っていた。
この村はただの中継地で、小さな安い宿に泊まっていた。
村の人に頼まれて壊れた水車を直したり、埋まった水路を掘ったり、魚釣りに参加しているのも見かけた。
よく働くので、村の人にも評判が良かった。
どこに行くにも必ず魔物は同行していて、動きが激しい時は、旅の人が肩からかける小さなバッグの中で眠っていた。
ある日、木にかけていたバッグから魔物が落ちているのを見つけて、僕が拾い上げて戻してあげてから、魔物と少し仲良くなった。
僕の父さんは、漁師をしていた。
川で魚を捕り、上流で育ててもいた。
だから僕も時々川辺に行くんだけど、旅の人は魔物が人の目に触れないよう、そして暑くならないよう、いつも木にバッグをかけていた。
「きゅい、きゅい」
僕がバッグを見上げると、魔物が声をかけてきた。
「今日はこれを持ってきたよ」
朝ご飯に出たブドウの実を魔物に渡すと、
「きゅい!」
と言って、バックから出てきた。
ブドウを差し出すと、僕の手のひらに乗って、黒い毛玉のどこからか小さな手を出して、一生懸命ブドウを持っていた。
皮をむくと、とても喜んで、1個食べて満足すると、僕の肩や頭の上に乗ってきた。
少しだけ、川に近いところに行って、一緒に魚を見たり、川辺の花を見たりして、でも旅の人が戻るまでにはバッグに戻した。
ある雨の日の夜、父さんの帰りが遅くて、川の近くまで様子を見に行った。
すると、あの魔物も川の近くの、木のところにいて、川の向こう岸を見ながら
「きゅーーー、きゅーーー」
と何度も泣いていた。
「旅のおじさんも、向こう岸にいるの?」
僕がそう聞くと、
「きゅー」
そう、と言ったような気がした。
とても心配しているようだった。
突然、雨の中を突っ切って、ぴょんぴょんと跳びながら、川に近づいていった。
「危ないよ!」
僕も慌てて魔物を追いかけた。
雨で増水した川は危険だから入っちゃ駄目だ、と言われていた。
案の定、魔物は水に飲まれて、ジタバタしながら流されていった。
慌てて僕も追いかけて、川に入った。
魔物は何とか捕まえたけれど、岸に戻ることができない。
僕程度の力では、流されるしかなかった。
途中、折れた木の枝にしがみついて、何とかその上に上がろうとした。
でも、水の勢いが強すぎる。
もうダメだ!
「きゅーーーー!」
突然、体がふわりと宙に浮いた。
僕の体に巻き付いていたのは、水だった。
水が、ベルトのように僕に巻き付いて、僕の体を流れから持ち上がるように、高くそり立っていた。
まるで、竜が水の中から出てきたかのようだった。
そのまま、向こう岸まで僕と魔物は持ち上げられ、父さんと旅の人が走ってくるのが見えた。
「あれほど雨の日には川に近寄るなと!」
父さんがものすごい剣幕で怒った。
後ろにいた旅の人が、父さんの肩に手をやった。
「多分、僕の大事な子を助けてくれたんでしょう。…そうだね?」
旅の人は、僕がしっかりと握りしめていた魔物を受け取った。
「ま…魔物?」
一瞬ひるんだ父に、魔物がびっくりして、旅の人の服の中に慌てて飛び込んだ。
僕は、魔物が怒られてはいけない、と思った。
「助けてもらったのは僕の方です。もうだめかと思ってたら、水が僕たちを持ち上げて、こっちの岸まで運んでくれて…。きっと魔物君がやってくれたんだ!」
旅の人は、その話を聞いて
「…そんな力は、もうない筈なんだけど…。きっと君のことが好きで、助けたかったんだろうね」
そう言って、逃げてきた魔物が入っている辺りを、そっと撫でた。
「いつも優しくしてくれて、ありがとう」
父は、魔物を怖がったことをお詫びして、僕を助けてくれたことにお礼を言ったけど、魔物は隠れたっきり、出てこなかった。
「…自分が川に飛び出したせいだって、謝ってます。…許してやってください」
旅の人は、魔物と話せる人だった。
旅の人の魔物は、見た目はちょっと怖いけど、少しも怖くない、気のいいかわいい奴だった。
1週間後、旅の人と魔物は、村からいなくなった。
旅の人の肩に乗っていた魔物に、
「またねー、バイバーイ!」
と手を振ると、見逃しそうなくらい小さな手を振りながら、
「きゅい」
っと返してきた。