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愁い花  作者: 冷水房隆
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其の八十八

 震災から一月が経った。

 この頃になって漸く、隧道掘削に従事していた者達の犠牲者数も明らかとされた。

 犠牲者数・一五二名。

 決して少なくない命の犠牲である。

 耀舜ヤオシュン皇太子殿下は、現在臨時で建てられた小屋の前に鎮魂の為の慰霊碑を建てる事を約束し、一時帰城した。

 現場の人夫等は、既に皇太子殿下に心酔している為、帰城する事に異論を唱える事は疎か、悪く云う者も皆無だ。

 それは、未だこの地に留まる、軍人や赤蛇チーショァ団員も然りであった。


 「………殿下は行ってしまったか」

 皇太子が、八雲バァユン軍総指揮官の瑠偉武リゥウェイウゥと共に発った事を見送った葛榴グァリウが、そう口にした。

 「まぁでも、殿下の事ですから、用が済めば直ぐに戻って来るんじゃないすか」

 その言葉を受け、子絽ヅーリュィが返す。

 「おう?」

 と、そこへ、一翔イーシアンが姿を見せた。

 「何だ? 殿下の御見送りもせず、何処をほっつき歩いていた?」

 そんな一翔に対して、葛榴は呆れ顔で問う。

 「もしかして、また江謙ジアンチエンらと呑んでたんじゃねぇだろうな」

 子絽は眉間に皺を寄せながらに云う。

 「ふ」と、一翔は口の端を上げた。

 「この所毎夜の如くではないか。何時の間にそんな仲になったんだ?」

 葛榴の問い掛けを耳にしながら一翔は、徐ろに煙管を取り出して口に銜える。

 「あぁ、ちと姐さんの事で探りを入れ様と思ってな…………」

 そこまで云って煙を吸い、吐き出すと、

 「………したら、思わぬ拾い物をしちまった」

 そう結び、一翔はにやりとする。

 「拾い物?」

 子絽が訝しがった。

 「何と吃驚、奴らの口からよ、片腕の男人ナンレンと鴉片の存在が飛び出したぜ」

 「!?」

 一翔の言葉に、葛榴と子絽は驚く。

 「は? 片腕の男人って、まさか………」

 子絽が昂奮気味に口火を切る。

 葛榴はひとつ息を吐き、「毛修マオシウか」そう吐き捨てる様に云った。

 「それで? その鴉片を使って、奴らは何をしようってんだ?」

 腕を組み、荒い口調で子絽は訊く。

 「毛修って哥さんは、話に聞く以上に粘着質だって事だ」

 一翔はそう返して、煙を吐いた。

 「どういう事だよ」

 子絽は彼を睨めつける様に見る。

 「………一翔、お前先刻、姐さんの事で探りを入れるってぇ云ったな。

  なら、狙いは姐さんか?」

 顔を顰める葛榴。

 「ご明答」

 「待て待て待て! 何でそうなる?」

 ふたりの言葉が腑に落ちない子絽は、大きく両手を振りながら疑問を投げ掛けた。

 「先の事で片腕を切り落とされて、懲りてるだろうよ!」

 「通常の人間なら、そうだろうな。現に趙頗ヂャオポォ死人しびとの如くだからな」

 葛榴がそう云った。

 そんな哥の言葉を聞きながら一翔は、近くの壁に身を預け、紫煙をくゆらす。

 「あー。毛哥マオグァが片腕を切り落とされたのは、罪の罰じゃねぇ。そう、罰じゃなく屈辱を受けたと思ってんだよ」

 「は?」

 一翔の言葉に、子絽は思わず頓狂な声を出した。

 「相当に歪んでんだよ。だから諸々を姐さんの所為にして、未だに憎み、姐さんの息の根を止めたいんだろうよ」

 「愚者なのか!?」

 「正しく、愚者だな」

 「なら、大爺ダァイエにその事を報告して、直ぐにでも毛哥の、それこそ息の根を止めべきだろう!」

 「けど、大爺が易々と哥さんを始末するか?」

 子絽の怒りを受け、一翔は返す。

 「大爺が動かないってのか?」

 更に子絽は食って掛かる。

 「否。一翔の云わんとする事も解す」

 静かに葛榴が口を開いた。

 それに対して、子絽は敏感に反応をし一翔は緩やかに、それぞれ彼を見る。

 「毛修は今、馮渉フォンショァ哥哥が囲っているらしいからな」

 葛榴の言葉に、一翔は頷いた。

 「あぁ、俺も風の聞えを耳にした」

 「………………」

 子絽は、何とも形容し難い複雑な顔で口を噤んだ。

 馮渉は赤蛇団安曇アンタン地の頭で、頭目の石均シージュィンの右腕に等しい人物である。

 「まぁ、どうなるにせよ、大爺には一応報告しておこう」

 子絽を気遣い、葛榴はそう云った。

 「………今宵は満月か」

 一翔の呑気な声に、ふたりは彼を見る。

 窓枠に手を掛け、半身を乗り出す様にして、一翔は夜空を見上げていた。

 星のない暗い空に、ぽっかりと浮かぶ月。

 月の優しい光りは、地上のあらゆるものに降り注いでいた。



 月明かりが差し込む病房の隅で、夏翔シアフェイは背を丸めて膝を抱えている。

 夏翔の視線の先には床があり、母の玉花ユィホワが横たわっていた。

 荒い息。

 口のまわりには半乾きの赤黒い液。

 吐血したのだ。 

 

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