其の八十
赤蛇団の毛修はこの日、同じ団の呉宗と安曇の町を巡邏していた。
「おい呉宗、次は何処行くんだ?」
未だ残る瓦礫を踏みながら歩き、毛修は面倒臭そうに訊く。
「あ、はい、西通りに在る酒場へ…………」
おどおどと呉宗は答えた。
趙頗と共謀をし、玉花を巻き込み、ふたつの命を奪った先の件に因り毛修は、頭首の怒りを買い利き腕を切断されて末端に落とされたが、これ迄の行跡もあり、呉宗を始めとした団の若衆に恐れられている。
「西通りの酒場? …………あぁ、廃材で建てたってぇ、杜儀ん所か」
毛修は鼻を鳴らした。
目当ての店舗は、西通りから少し奥に入った場所に建てられていた。
店の広さは約八坪と手狭である分、店の前にも四脚の卓が置かれている。
毛修と呉宗が酒場へ訪れたのは、開店直後ではあったが、既に店内は略満席だった。
その客の殆どが軍人。
「商売繁盛だな」
厨内に居る店主の杜儀へ、毛修がそう声を掛ける。
「これは旦那方。今日は何の用で?」
竈の前で煮炊きをしていた杜儀は、顔だけをふたりに向けて応える。
「未曾有の災禍、どうしているのかと、様子を見て回っている所でして」
呉宗が受けた。
「御覧の通りでさ」
手際良く葉野菜を切ったりしながら杜儀は云い、顎をしゃくって店内を示す。
軍人、特に下級軍人は金払いが悪く、その上横柄である為、余り歓迎される客ではない。それは、何処の店舗でも同様で、周知されている常だ。
「ま、客なのは変わりないすからね。出入り禁止にも出来ませんし」
そう口を挟んだのは、配膳を手伝っていた杜儀の息子で杜良だ。
「おい良! 言葉には気を付けろ」
そんな息子へ厳しい視線を向け、それでも杜儀は口角を上げて苦笑に似た表情である。
「はっ、云うじゃねぇか」
毛修も杜良を見て、にやりとした。
「それはそうと旦那方、飯は? 食って行きます?」
人懐こい笑みを向け、杜良はそう訊いた。
訊かれて毛修は呉宗を見る。
「今日はもう良いだろ」
「は、はい、そうですね」
急に振られ、萎縮する呉宗。
と、その時、卓を激しく叩く音と共に、「そうだ! あの女人! あの女人が居なければだな!!」という怒号が店内から飛んで来た。
見れば、青年軍人がふたり、周囲が見えていない様子で興奮気味に言葉を交わし合っている。
「何だ彼奴らは、喧しいな」
毛修は顔を顰める。
「あー、あの軍人らは、ここ最近通い詰めてんすよ」
杜良も渋い顔をした。
舌打ちするも毛修は、彼らの話の中で「林医生」という単語を耳にし、少しばかり興味を持った。
林医生といやあ、胡暗の連中が頼っているってぇ医生じゃねぇか。しかも、月夜楼の御抱えだとも耳にしたぜ。
毛修はにやりとして、ふたりの青年軍人、江謙と岳章の下へ足を運ぶ。
あん時の白花ってぇ女人、元は月夜楼の妓女だと聞いた。俺を不具にしやがったあの女人、考えただけでも腸が煮えくり返るわ!




