其の七十四
詔を受けて立太子となるも、民達にまで皇太子の顔は知られてはいない。故に、八雲軍総指揮官である瑠偉武将軍と共に都へ姿を現した耀舜の事は差し詰め、軍の一員だと思われた。
帝都である花京には大きな被害は見られなかった。だが、西へ行くに連れ、震災の惨状を物語っていた。
耀舜は馬を止めると、馬上から南の方へ視線を向ける。
燻った細い煙を見詰め、顔を顰めた。
「……………殿下」
瑠偉武の呼び掛けに耀舜は我に返る。
「参ろう」
馬を止めた理由は云わず、耀舜は再度馬を走らせた。
瑠偉武も何も訊かずに、ちらりとその方向を見やってから、主の跡を追う。
細い煙を昇らせていたのは、胡暗が在る方面であった。
馬を少し走らせた所で、八雲軍第三部隊の周萊達と合流した。
「五鬼山の状況は!?」
畏まる三人を立たせながら、耀舜は単刀直入に訊く。
「畏れながら。案内致します。口頭で説くより、御覧になられた方が手早いかと存じますれば」
包拳の礼で以て、周萊は申し上げた。
「案内せい」
耀舜は頷き、馬上の人となった周萊の跡に付く。
馬で駆ける三人の跡を、江謙と岳章は駆け足で追った。
現場の状況は最悪である。
まず、負傷者の数に対して医師の数が足りていない事は、一目瞭然であった。
そして、塞がれた隧道の入口。その中には未だ、取り残された人夫達が多数居るという。
耀舜は歯噛みする。
「近隣から医生を募るも、皆渋っている現状にて……………」
工部省の官人が怖ず怖ずと報告した。
「そうであろう」と、耀舜は頷き、そして険しい顔で考え込む。
市井を総て見た訳ではないが、あの惨状からして医師が東奔西走しているであろう事は明白。いくら国や軍からの要請とはいえ、診ている患者を蔑ろには出来まい。
「医生以外に、早急に必要な物資はあるか?」
工部省の官吏を捕え、耀舜は尋ねた。
「畏れながら。薬師は居りますが、薬材が足りておりませぬ」
相変わらず畏縮しながら答える。
「それから! 塞がれた隧道の入口を掘削する人員も足らぬし、負傷した者を置く場所も、食料さえも足らぬ!」
官吏の言葉の後を追う様に、別の方面から言葉が飛んで来た。
皆の視線がその者へ向けられる。
「其方は?」
「赤蛇団の葛榴と申します」
葛榴は包拳の礼で耀舜と向き合うと、
「この事態故に諸々省略致しましたが、御容赦の程を」
そう付け加える様に云った。
皇太子の御前であるにも拘らず、彼のその堂々とした態度に人夫達は心強く想い、憧憬の眼差しを送った。しかし官吏達は、当然そんな彼へ嫌悪感の籠もる視線を向けていた。
「好い。其方の意見も尊重致す」
耀舜は、鋭い眼差しの中に親しみを含め、そう返した。そして、
「瑠偉武。五鬼山の現状を報告、献言をし、人員と必要物資の請求の為に皇城へ上がられよ」
そう命じた。
「御意」
「私はこの場に留まり、皆の助けとなろう」
皇太子のその言葉に、官吏や人夫達は恐縮するも感慨深く想った。
けれど葛榴はひとり、内心で嗤う。
皇城の奥深くで温々と過ごして来たであろう者が、何を豪語しておるのか、と……………
しかし、予想に反して耀舜は、重い外套を脱ぎ捨てると、人夫でも厭がる仕事も進んで行い、薬の知識も豊富であり、下手な薬師よりも役に立っていた。
その働き振りには官吏や人夫達も目を丸め、嘲笑していた葛榴も何時しか嗤うのを止めて感心する程だ。
そして気付く。
先の火災の際、苦力も含んだ被災者達に見舞給付金を提案実行したのが、彼の皇太子であったという話。
「……………」
葛榴はにやりとする。
今、目の前で働いているその姿を見れば、厭でも納得する他はない。
「殿下に後れを取るな! 民草の魂を見せ付けてやれ!」
からりとした表情で葛榴は周囲を叱咤し、先頭切って耀舜の仕事に加わった。
五鬼山に再び、活気が漲る。




