其の七十
翌日となり、新たな情報が次々に市井を駆け巡り、その内容には到底信じ難いものも含まれていて、故に人々を余計に惑わした。
紫微城は、軍機処にも続々と報告がもたらされる。
数多く届く報告の中で、最も震撼させたのは、国務の下で進められている五鬼山で隧道の掘削作業中の現場が、崩壊したという報告。
この場に居る総ての者が顔面蒼白となる。
「現場には、八雲軍の一部隊も派遣されているというのに………」
「否、それよりも、多くの民も従事しておるそうではないか!」
「そ、そうだ! 身命の有無はどうなっている!?」
六部尚書達に詰め寄られて、報告に参じた工部令史は少々たじろぐも、
「詳細は不明ながら、死傷者多数であります」
そう答えた。
「なんて事だ……………」
皇帝・惇堯が悲痛の面持ちで頭を抱える。
「私が視察に参りましょう」
皇帝の背後に控えていた皇太子・耀舜が、躊躇う事もなく一歩進み出てそう告げた。
それに対して、当然場内は狼狽える。
「殿下御自ら視察なぞ、有り得ぬ事!」
尚書のひとりが色を失いつつ云うと、他の者達もそれに続いて、発言の撤回を皇太子に求めた。
「好い!」
ざわ付く中、皇帝の声が響いた。
しんと静まり返る軍機処。
その中で耀舜は、皇帝の御前で跪く。
「瑠将軍が今、帝都に戻っておると耳にした。将軍と共に行って参れ」
耀舜を見下ろし、皇帝は命じる。
「御意。有難く存じます」
皇太子は拝した。
帝都と福林省との境に連なっている赤石山脈、その主峰が五鬼山だ。
掘削現場である麓の惨状が、旭の光りの下で明らかとなる。
工事に携わる者達の他、その人夫達の家族や関係者も、夜明け前から続々と集まり、怒号や悲鳴が飛び交っていた。
隧道の口は、崩れた土砂で完全に塞がれており、特にその周辺は阿鼻叫喚と化している。
「まだ中に人が居るんだぞ!!」
「見殺す気かよ!?」
工事責任者の武官に詰め寄る人夫達。
「医生! そんな死に損ないの爺ぃよりも、こっちを助けろよ!」
「ふざけんなっ! 屁みてぇな怪我できゃんきゃん騒ぐんじゃねぇ!!」
「爸爸! 爸爸!」
従事の軍医だけでは追い付かず、知らせを受けて駆け付けた近隣の医生達もが怒鳴り散らされ、それでも懸命に課せられた任務を遂行し応急処置を施していた。応急処置では間に合わない重傷者は、仮診所へ運ばれる。
息を吐く余裕さえも失くしている惨状だ。
「ちっ! 医生が足りぬ」
「診所も既に満杯で、溢れているそうだ」
派遣されている八雲軍の軍人達は、最早途方に暮れる。
「範囲を広げて協力要請を募れ!」
軍人達の声を耳にして、赤蛇団の葛榴が大声を上げてそう提言した。
林清源の下へ協力要請が入ったのは、昼も過ぎた頃であった。
だが、花京も花京で負傷者が多く出ており、他の医生もおいそれとは動けない。
「そっちはそっちで何とかして呉れ」というのが実情である。
協力要請に駆けて来た軍人を前に、林清源は言葉も出ない。
勿論医師として、ひとりでも多く救いたい。しかし今は、目の前の患者を放り出すわけにもいかない。
その隔靴搔痒の感は甚だしく、林清源の躰を震わせるのだ。




