其の四十七
花京の青竜大路下北に在る、林医師の診所の病房で王陸は、玉花が診察を終えて戻るのを待ちながら、先刻遭遇した赤蛇団の者達との事を考えていた。
「……………」
確かに、胡暗で起こった火災、その被災者に見舞給付金が送られるという話は耳にしていたし、忘れていた訳ではなかった。
だが、王陸は、それと玉花を掛け離して考えていた節があったのだ。それは、現在の玉花をこの状態に至らしめた事の方が壮絶であり、先の被害をも大きく上回ったからであろう。
そして、その正当に受け取れる筈の給付金は、一翔の言葉に因れば、そもそも名簿から名を消されていたのだから、届けられる訳もない。
事実、給付金を受け取った記憶がないと、林も証言している。
その事業に赤蛇団が拘っているのなら、玉花の居所を知らぬ筈がないのだ。
ならば何故なのか。故意か過失か、赤蛇団が口を揃えて云う様に、これは何か裏があるのだろう。
王陸は、くっと歯噛みする。
「………おや、随分と険しい顔をしておるな」
と、そこへ、玉花が戻って来、王陸の様子を見て軽く驚いてそう声を掛けた。
「!」
その声に王陸ははっと我に返り、扉へ視線を向けた。
共に露台へ出てから数日、この頃の玉花は顔色も良く、正気の時も多い。
「大姐。御留守の時に見舞い、申し訳ありませぬ」
王陸は立ち上がり、眉を開くと、拱手の礼で以てそう云った。
「ふふ、そう畏まらずとも好い」
玉花は柔らかく笑い、彼を座らせる。
「御顔の色も宜しい様で、何よりです」
再度椅子に腰を下ろし、王陸は云う。
「医生の御陰だの………」
玉花はそう返し、ふと目を細め、改めて王陸を見、
「しかし、其方がこうも、頻繁に訪れるとは、意外であったな」
そう結ぶ。
彼女の言葉に王陸の頬が、薄らと染まった。
「たまたまで御座居ます」
玉花から顔を背け、
「芙蓉姐姐達が気にされておられますので、楼の用事でこちらへ赴いた、その序でなだけの事で御座居ます故………」
歯切れも悪く、王陸はそう返した。
「なる程な」
そんな彼の様子を、まるで我が子の様に愛おしく眺め、玉花は一言零し、それ以上深入りはしなかった。
そしてふと玉花は、王陸の肩越しから窓外を見る。
流れ入る風に、雨の気配を感じた。
「………時に、夏飛は息災かの?」
暫くの沈黙の後、ぽつりと玉花は訊いた。
意外なその言葉に、王陸は目を見開いたが、それも束の間、直ぐに常時の表情に戻った。
「はい、御変わりなく過ごしております」
こうして、子を想う姿が喜ばしく、王陸は、心が晴れていくのを感じた。
一頻り言葉を交わした後、玉花の病房を出た王陸は、林の下へ行く。
「王陸か。もう帰るのかな?」
薬房に入って来た彼に気付き、机から顔を上げて林は尋ねた。
「はい、本日はこれにて御暇致します」
王陸はそう云ったものの、立ち去ろうとせず、視線を落とす。
「どうしたね?」
林は笑みを向け、気さくに声を掛ける。
「あ、いえ……………」
珍しく王陸は云い淀んだ。
「あぁ、姑娘の事なら、今は心配は要らぬよ」
林にそう云われ、王陸は視線を彼へ向ける。
「………医生。今日明日という事ではありませぬが、近く、小雨を御連れしても宜しいでしょうか?」
意を決する様に、彼は真剣な面持ちで口を開いた。
「何と、小雨を?」
林は意外な言葉に目を瞬く。
「はい」
王陸はしっかりと頷いた。
「………まぁ、今の姑娘の状態ならば、問題もないだろうね」
暫し考えてから、林は答える。
その言葉に王陸はふと微笑んだ。
玉花も夏飛も、双方が互いを気に掛けている、今が好機であろう。
だが、雪梨側が自分の周辺を探ろうとしているのを知った今、公に事を運ぶのは難しいだろう。更に浮上した、見舞給付金の件もあり、気懸かりが尽きないのも否めなかった。
それでも、一先ずは、光が差した様に思われた。




