表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愁い花  作者: 冷水房隆
44/87

其の四十五

 その日。

 月夜楼を出て、白蟒蛇バイマァンショァ河に架かる大橋の袂で、王陸ワンルゥは尾行に気付いた。

 だが、何者にけられているのか迄は、残念ながら判らない。

 「………………」

 暫し考えながら、王陸は大橋を渡る。

 跟けられている以上、安易に大姐の所へは行けないな。それに、今後の事もあるのだから、ここは正体を暴くべきか。

 そして、背後に気を配りつつ、王陸は大橋を渡り切り、花京ホワジィン没中門メイヂォンメン地区へ入った。

 没中門は、謂わば繁華街である。

 自然な足取りで往来を歩み進めながら王陸は、適当な横道を見付けてその方へ折れると、足を速めて建物と建物の間へ入る。その場に置かれている芥塵かいじんを入れる木箱等を足掛かりにし、建物の二階部分の凹凸に足を掛けて尾行を遣り過ごす。

 通りへ目を向けていると、焦りながら通り過ぎて行くふたつの影が一瞬だけ見えた。

 「っ!!」

 王陸としては、その一瞬だけで充分である。

 今のは、浪基ラァンジィ殿と奎至クィヂー殿か。

 彼は顔を顰めつつ、地面に降り立った。

 王陸の頭の中には、月夜楼の人間関係図が総て取り込まれており、その力関係も把握している。

 あのふたりを手駒として動かしているのは、恐らく杭宙ハンヂョウ哥哥だろう。ならば、雪梨シュエリィ太夫の差し金でおれを尾行しているのか……………

 だが、何故なにゆえ? 

 己が大姐と繋がっていると、そう感付かれた?

 「………………」

 暫し自問自答をし、王陸は口角を上げる。

 気付かれる訳がない。

 自負するも、それはそれでまた疑問が残る。

 王陸はひとつ息を漏らし、通りへ出た。

 そして、

 「何用でありましょう?」

 浪基と奎至の背中へ、そう問い掛ける。

 怒気を含んむ聞き覚えのある声に、ふたりはぎょっとして振り返った。

 「小性殿!」

 「ルゥっ!」

 その正体を知り、ふたりは思わず声を上げる。

 「人に跟けられるとは、心外です。それに、気持ちの好いものでもありませぬね」

 ふたり、主に浪基を見据え、王陸は再度口を開いた。

 「な、何の事だっ!?」

 咄嗟に浪基は上擦った声で返し、引き攣った笑みを見せて、肘で奎至を突く。

 奎至はやれやれといった顔で浪基を一瞥してから、

 「陸の思い違いだろう。俺らは野暮用で来たんだけど」

 王陸へ視線を向けて、そう云った。

 「……………」

 抜け抜けと云い退けるな。

 冷めた視線を奎至へ送るも、王陸はふと微笑む。

 「なる程、左様でありましたか。ならば、こちらが無粋でありました」

 云って王陸は拱手を作り、頭を下げた。

 「あ、いや、何、何もそう畏まらなくても好いぞ」

 浪基はぎこちなくそう云いながら、両手を忙しく胸の前で振る。

 そして、

 「そ、それより王陸、お前は何でこっちに来た?」

 妙な空気を払拭しようと、そう尋ねた。

 「こちらも野暮用でありまして」

 王陸は返す。

 「いや、そうではなく、この道だと診所から遠退くぞ」

 浪基は笑みを見せながらに云った。

 「っ!」

 途端、王陸の顔から笑みが消え、奎至も右手で顔を覆い、内心浪基を蹴りたくなった。

 またしても、厭な空気が流れる。

 「………浪殿、それは、どの様な意味で云われておるのでしょうか?」

 暫しの沈黙の後、王陸が静かな、それでいて重みのある声色で訊いた。

 「え?」

 当の浪基はきょとんとする。

 奎至はひとつ息を吐き、ふたりの合間に入った。

 「済まん、陸。以前に、お前がリン医生イーションの診所へ行く姿を見掛けてな、てっきり今日もそうなのだと、勝手に思ってしまったんだよ」

 「そういう事でありましたか」

 王陸は眉を開き、そう応えた。

 だが、当然ながら王陸は、猜疑心を取り払った訳ではない。

 そして、先の浪基の発言で、跟けられていた理由も大方判明した様に思われた。

 多分彼らは、己が診所で何をしているのか、或いは、誰と会っているのか探っているのだろう。

 「………っ!」

 王陸はそう考え、はっとする。

 もしや、診所の庭で大姐と居た所を見られた? 笠を被った大姐の正体を探っているのではあるまいか。

 それに気付き、そろりとふたりの表情を盗み見る。

 林医生の人柄から知るに、安易に患者の個人情報は漏らすまい。だから己の跡を跟けたのだな。

 「………陸」

 呼ばれて王陸は我に返る。

 「野暮用は良いのか? 俺らはもう行くけど」

 奎至がそう云いながら、浪基の背中を押す。

 「あ、では、ここで失礼致します」

 ふと笑い、王陸は応える。

 「じゃあな」

 奎至もからりと笑い、浪基を促して、本通りとは逆の方向へと歩みを進めた。

 ふたりの背中を見送る王陸。

 絶対、杭宙哥哥に怒られるのだろうな。

 そう思うと、ふたりの背に向けられた視線に、哀れみの色を宿さずにはいられなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ