表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愁い花  作者: 冷水房隆
38/87

其の三十九

 年が明けて、初見世を済ませた風香フォンシャンが、見習い妓女である新造しんぞうとなって久しいこの日、戌の刻で宴席から退すると、同じ新造の梅花メイホワもまた、別の宴席から出て来た所であった。

 風香は無言で、片膝を軽く折り、万福の礼をする。

 「あら、風香か」

 梅花は横目で彼女を一瞥し、一言そう云って、廊下を進み行く。

 その背を見て、風香も、彼女とは反対方向へ歩みを進めた。

 「………ねぇ、風香」

 と、唐突に声を掛けられ、風香は立ち止まり、振り返る。

 梅花は半身に構え、上目遣いで彼女を見ている。

 「何事でありましょうか?」

 風香は訝しむ。

 梅花は近寄り、

 「そういえば、知っておるのか?」

 小声でそう切り出した。

 「何の事でしょう?」

 人を喰った様な彼女の態度に、風香はつい、刺々しい口調で聞き返す。

 「風香も新造となり、目に見えてろくを貰えておろう」

 「えぇ、頂いております」

 「その禄が、総てだと思っておるのか?」

 口元を歪め、梅花は云う。

 「それは、どういう事でありましょう?」

 風香は再度訝しんだ。

 「禄の内、負債を引かれているのは当然の事、それとは別に、小爺シャオイエの養育金も引かれておる事は、知らなんだか」

 「なっ!?」

 意外な言葉に風香は、云うべき言葉も見付けられない。

 「おや? 知らなんだか。それは、野暮であったのう」

 梅花は口元を袖で隠し、憐れむ様な視線を風香へ送った。

 「そ、その様な話は、初耳でありますが………」

 あまりの事に、風香は声を震わせる。

 「ふふ……、楼主様は慳吝けんりんだからの。

  それにしても、風香も大変だのう。小爺を押し付けられたみとうなものだものね」

 梅花はそう云いながら、更に風香へ歩み寄り、

 「可哀相になぁ」

 彼女の耳元に口を近付け、ねっとりとした口振りで囁く。

 風香は反射的に、囁かれた左耳を手で覆い、梅花を横目で見た。

 

 新造は普通、他の新造達と共に『搨搨処タタチュウ』と呼ばれる大部屋で寝起きをしているのだが、風香は夏飛シアフェイの世話役を買って出た為、芙蓉フーロンの部屋に寄居している。

 その部屋に戻った風香は、既に就寝している夏飛の寝顔を見、梅花から云われた言葉を考える。

 芙蓉姐姐も、その事を知っているのだろうか?

 知っていたとしたら、何故、教えて呉れぬのか?

 否や。

 知らぬのだ。

 知っていたら、必ず教えて呉れるだろう。

 「……………」

 夏飛の無邪気な寝顔。

 愛おしかった。

 だが今は、可愛さ余って憎さが百倍とでもいおうか、単純な感情だけで夏飛を見られない。

 幼子が自然と母を求める事は、当たり前の事なのに、風香もそれを理解出来るのだが、どうしても、母を恋しむ夏飛の心理に彼女は、嫉妬してしまうのだ。

 それが故に、正規で貰える筈の禄の内から、夏飛の養育費が引かれているという事が、何ともいえず、気持ちに蟠りが出来てしまった。

 「………小雨シャオユィはもう、私を好きではないの?」

 眠る夏飛へ風香は、瞳を潤ませながらも、険しい表情でそう問い掛けた。

 しかし、当然ながら、その答えは返って来なかった。


 登場人物説明

風香フォンシャン玉花ユィホワの元禿

梅花メイホワ雪梨シュエリィの元禿

芙蓉フーロン・月夜楼の芸妓

夏飛シアフェイ・玉花の子

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ