其の三十六
東北の鷓崗という地は、不毛地帯である為、土地の民は年中飢えに苦しんでいた。
更に、北に隣接するルレン大帝国の脅威と、元はそのルレンから土地を守護していた馬賊が匪賊となり、その集団の脅威にも怯える日々。
それでも、唯一育つ玉米(とうもろこし)で食い繋ぎ、民は逞しく生きた。
それが、白花の故郷。
白花は五人兄弟の長子、三人の弟と一人の妹の面倒を見ながら、家事や農事には欠かせない担い手であった。
何もそれは、白花の家庭だけの話ではない。集落の何処の家庭も皆一様の、有触れた光景なのだ。
日の出と共に起き、日の入りの頃に帰る。
帰り道に眺める、連峰の向こうへ沈む夕日に、癒やしを求めた。
貧しくて饑じくて、それでも笑いの絶えない日常は、白花が九歳の時に消え去った。
突如、新政府軍の軍隊が、集落へ入って来たのだ。
軍人達は、収穫間近の畑を踏み荒らし、玉米を奪い、人家にも踏み込んだ。
後に知ったのだが、鷓崗よりも北の、同様にルレンと隣接している地域に、ルレン軍が攻め入り、開戦となったのだという。
国内外の情報が入り難い僻地の民にとって、正に寝耳に水の出来事。
有事の中の惨劇で、人間の本性を知る。
総てが偽善なのだと、九歳で白花は悟った。
『国を、民を守る』という口実で集落へ踏み込む自国軍も、易華を攻めるルレン軍も、結局は自身の利の為なのだ。
そうでなければ、民の命を繋ぐ玉米畑を荒らす筈がないではないか。人家に土足で入り、皇帝の名の元に、好き勝手をする筈もない。
適齢期の男を戦場へ送り、適齢期の女を攫う現実も有り得ないだろう。
生まれ育った故郷を捨て、一家七人、命辛々辿り着いたのは、鷓崗から西へ300km程の地に在る温浜。
東北最大の都市である。
そして、この地に来てから、両親の様子が変わった。
子供達に隠れてこそこそと話す様になり、不意に溜め息を吐く父、涙を拭う母。
そんなある日、ついに白花を呼び、口を開く。
「白花、済まないが、都へ上がっとくれ」
「話はもう付けてあるから、明日の朝、舟屋に行けば、お前を都まで連れて行って呉れる人が待っているから」
「家族の為に」
「後生だから」
両親が口にする言葉の背景に、白花は、幼い弟妹達の姿を観た。
鷓崗の集落で生まれた長子は、男女関係なしに皆、自身の人生を犠牲にし、両親を助け弟妹達の為に働く風習があり、白花もその通りに育てられた。
だから、これは、しょうがないのだと、そう想う反面、どうしようもなく遣る瀬ない気持ちに襲われるのだ。
こんな両親を見るくらいなら、あの日、あの時連れて行かれた方が、どんなにも楽だったろうか………………
心が千々に乱れながらも、翌朝白花は舟屋へ行き、待っていた中年男に連れられて川舟に乗る。
波に揺られて丸一日。
白花と同様に都へ連れて行かれる少女達の、啜り泣く声を耳にして思うのだ。
嗚呼、己もこの子達の様に、素直に泣けるのなら、少しは気持ちも軽くなるだろうか?
心に蟠りを抱き、ふと視線を上げる。
奇しくも夕暮れ時。
故郷の懐かしい連峰とは違う、名も知らぬ連峰へ沈み行く夕日は、それでも綺麗で、白花の心を癒やして呉れるのであった。
○白花……玉花の俗名。




