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愁い花  作者: 冷水房隆
31/87

其の三十二

 紫微しび城も消灯をし、奚人けいじん宦官の姿も消えた頃、春琴チュンチンは居室である松子房に居た。

 先刻迄、黎竪リィシュウも居た。

 「……………」

 報告を受けた春琴は、心を乱す。

 黎竪の報告に依れば、王陸ワンルゥとは花京ホワジィンの診所で会い、しかもそこには、件の白花バイホワも存在していたという。

 白花という者は、目を見張る程の麗人であった。

 だが、彼女は鴉片中毒の様子であって、良好的な第一印象さえ覆す程に、黎竪を大いに動揺させた様だ。

 そして、最も春琴の心を乱したのは、王陸からの言伝、「玉花ユィホワ大姐は既に、消え果てた」という言葉。

 「玉花」という名は、黎竪にとって初耳であり、未知の人物だ。それ故、「消え果てた」と云われた所で特別響かなかったが、春琴のその狼狽振りを見て、彼も胸が痛んだ。

 「消え果てた」とは即ち、死去したという事。

 それは誠であろうか?

 否、あの少年が、冗談で云うとは思えぬ。なれば矢張り、玉花大姐は、消え果てたと?

 「………………」

 それが誠だとして、果たして、皇太子殿下にどう、報告したら良いものか。

 頭痛の種である。


 翌日。

 玉花の生死については、真偽を確かめる迄は伏せる事として、春琴は『白花』の件のみを、皇太子・耀舜ヤオシュンへ報告した。

 この時点で既に、春琴の頭では、玉花と白花を切り離し、別の人物だと信じ込んだ。

 耀舜は険しい表情で、報告を受けた。

 「………その、白花という者、鴉片中毒だと?」

 軈て、静かに口を開き、そう訊いた。

 「どうやら、その様で御座居ます」

 「………………」

 春琴の言葉、耀舜はまた口を噤み、考え込む。

 胡暗ホゥアンの火災は、殺人放火が原因だと聞いた。その加害者ではなく、被害者で唯一の死亡者は、高利貸しの上、不正に鴉片を売買していたのだ。

 それが元で恨みを買い、殺され、火を放たれた。そして、全くの無関係な住人達も巻き込まれるという、大惨事が起きてしまった。

 報告書に依れば、白花は、その殺害された者と同じ公寓ゴンユィに住んでいたとある。ならば、火災以前から鴉片で繋がっていたとも考えられるだろう。

 それに、そう、この白花という者は、玉花へ贈った南天の簪を持っていて、典当舖へ流した者でもあるのだ。

 大方、鴉片の銭欲しさに、玉花の簪に見を付けて、隙きを見て盗んだのだろう。何と、浅ましい者か。

 耀舜の中で『白花』は悪となる。


 直後、耀舜は、何の説明もする事なく、被災名簿から白花の名を消させた。

 名簿から名を消すという事は、被災見舞金の給付資格から除外させる、という事だ。

 道徳に背くと解していても、耀舜をこの様に、個人的感情だけで突き動かしてしまったのは、未だ想いが消えていないという事に、彼は気付いてはいない。

 否、気付いていたとしても、気付かない振りをしているのかも知れない。

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