其の三十
それはまるで、地獄図の如くであった。
そう葛榴は振り返る。
鴉片と惨烈の状況の中に置かれ、白花は乱心。正気を取り戻す事は難しいだろうと、誰もが思う程だ。
蜀甫の骸と斉有素の首は、毛修と趙頗の身柄と共に、赤蛇団の頭目である石均の元へ送られた。
石均は毛修と趙頗を見せ示めの意味も込め、利き腕を切断した上で、地位を剥奪し末端へ落とした。蜀甫へは鞭打ち五十、斉有素の首は野に晒されて烏や小動物の餌とした。
その事実を王陸は、子絽を通して聞かされた。
白花が運び込まれた先、林医師の元で、彼女が玉花だと知ったのだ。
「………王陸には酷な話しだけどよ、そういう経緯で白花、否、玉花大姐は今、そんな状態だ」
子絽は敢えて、淡々と語った。
「そうか」
当然、王陸は衝撃を受けたが、感情を圧し殺して、冷静な風を装う。
そして、
「だが、解せぬな。何故石大爺は、そのふたりを馘首せず、末端へ降格させたとはいえ、何故団に留める?」
そう訊いた。
「あぁ、それは俺も腑に落ちなくてな、哥さんに訊いたさ。
哥さん曰く、あのふたり、取り分け毛修哥哥を目の届く所に置いておけば、また悪さした時に、直ぐに対処出来るからだそうだ」
「ならば、首を刎ねれば良いではないか」
冷めた表情、瞳の奥だけは怨恨の炎をちらちらと燃やしながら、王陸は云い放つ。
「殺したら苦痛は一瞬、そんなのは軽罰に価するって、それが頭目の考えだ。それは、俺も同意見だぜ」
子絽は口の端を歪め、さらりと云って退けた。
彼の言葉に王陸は思わずぞっとし、子絽も赤蛇団の一員なのだと、改めさせられた。
………………石均が提出した、胡暗の火災で被災した民の人名簿を、耀舜も目にした。
名簿の中に『白花』の名が記されているのを観、何故だか胸がざわりと騒いだ。
愛おしい者へ贈った簪を、持っていた者。
そして、理由は判らぬが、典当舖へ売った者。
「……………」
耀舜も薄々気付いている。
その白花と名乗っている者が、玉花ではないか、という事を………
耀舜は書面から面を上げ、側に控えている春琴へ視線を向けた。
「春琴よ、被災者の中に、白花の名が記してある」
皇太子のその言葉に、春琴はぴくりと反応する。
彼もまた、白花が玉花であると、確信は持てないものの、そう結び付けていた。
「この、白花という者の所在を、探っては呉れまいか」
追ってどうするというのか?
自身にそう問い掛けつつも、耀舜は頼んだ。
「承知仕りました」
春琴はその依頼を、当然の様に引き受けた。
近頃、芙蓉の心は穏やかではない。
玉花大姐の事もあるが、それ以上に気懸りなのは、夏飛と風香の事であった。
幾日か前からふたりの間に、ぎくしゃくとした空気が流れていた。
本当の姉弟の様に仲好く、一緒に居れば常に引っ付いていたのに、この頃は違う。
見兼ねて風香に訊いてみれば、
「小雨は結局、媽媽が恋しいのでしょうけれど、大姐は未だ、小雨を迎えに来ないではありませぬか。
それなのに何故、小雨は媽媽を待ち焦がれるのです? 自分を捨てた媽媽を!
私の方が大事にしているというのに、どうして小雨は、大姐を想うのですか!?」
興奮気味に怨み節が返って来た。
風香にそう云わしめたのは、夏飛が、何処に居るとも知らぬ玉花へ宛てて、文をしたためた事であろう。
夏飛はまだ、数えで五才、母恋しい気持ちもあろう事は、風香とて理解はしている。だが、頭では解していても、どうしても嫉妬心が湧いてしまうのだ。
その蟠りから、夏飛と風香は、以前の様に歩み寄れずに今に至るのである。
そして、このふたりの事は、不本意にも月夜楼内にも知れ渡った為、口さがない雪梨派の妓女達にとって、好都合な話題であり、暇潰しには御誂え向きだ。
その事もまた、芙蓉に溜め息を吐かせたのである。




