其の二十七
黒い影が、夜の闇を切り裂いて行く。
寝静まった安曇。
影は四つ。
四つの影は辻で二手に別れた。
東へ行くのは、安曇に塒を置く馮渉と弘敬。西へ行くのは、胡暗に塒を置く侠羽と葛榴であり、赤蛇の団員だ。
何れも「青年」と呼ぶに相応しい程の、若い男達。
影達は、頭目の命で、夜陰を駆ける……………
………………石均はその日、中央官衙に呼び出された。
用件は、先に起きた胡暗の火災、その火災に遭った被災者の捜索であった。
災害から一月以上も経っており、また、届け出のない住人もある事から、管轄の役人達では捜索は難航であり、遂には、顔役の石均に御鉢が回って来たのであった。
「で? 大哥、引き受けたのですかい?」
戻って来た石均から話を聞き、その意外な事に目を丸めつつ、侠羽がそう訊いた。
「先の火災に重きを置き、慰藉して見舞金を振る舞おうなんざ、しかもそれを提起したのが皇太子だってんだから、度肝を抜かれたぜ」
石均は呵々と笑い、煙草を燻らす。
「ほう、そりゃまた、稀有な皇族もあったもんだ」
関心した様に両腕を組み、侠羽は云う。
「皇族ってのはよ、上等な人間にしか興味ねぇと思っていたが、それを聞いて、その皇太子ってのが気に入ったぜ」
石均は満足そうに笑った。
「まぁ俺は、大哥に従いますよ」
侠羽もふと笑う。
火災に遭った住人総ての行方を追うのは、役人達が云う程、困難ではなかった。
胡暗の住人は、特に訳あって流れて来た者達は、御上の狗である役人を毛嫌う傾向にあるから、それ故に非協力的であったのだろう。
それでも、追うのが難しい者達もあった。
その中に、白花と詩雨の名。
報告を受けた石均は、その名を聞き、表情を変えた。
安曇で逢った時を想い出したのだ。
報告をした馮渉もまた、あの時あの場に居たから、彼も白花の名に気付いてはいたが、それよりも気になるのは、あの時の斉有素の存在である。
人前で、しかも往来の多い場所で、斉有素が因縁を付けていたのは珍しく、だから余計に強く印象に残っていた。
「………そういや、あれから斉の旦那、安曇で見ねぇな」
ふと、石均は云う。
「云われてみりゃ、そうですね」
その言葉に、はっとする馮渉。
そして、もうひとり、近頃こそこそと姿を消している者があるのにも、気付いた。
毛修だ。
毛修には大小の前科が幾つかある。
斉有素の行方も知れない。
胡暗で大規模な火災が起こった後、財産を失い、路頭に迷う者が多い今、このふたりが結託して、何か後ろ暗い事をやっているのではないかと、つい勘繰ってしまう。
「………被災者の捜索と同時進行で、毛修が裏で何をやってるのか探れ」
石均は命じた。
その最中、花京の薬舗に住み込みで働いていた女性、その名も白花が、行方不明になっていると情報が入って来た。
これは、いよいよ怪しい。
毛修が犯した大小の前の中には、素人女に身を売らせていたのもある。
それに、白花と斉有素は昔の因縁もある。そこを毛修が付け込んだのだろうか。
白花は、素人離れした色気がある。商品としては打って付けだ。
「毛修の悪癖が擽られたか」
石均はそう云い、にやりとした。
頭目のその表情を見て、侠羽と馮渉は、背中に冷たいものを感じずにはいられなかった。
「被災者の捜索は打ち切りだ。
毛修と斉有素、それと、白花姐さんの件に関わった者全員を連れて来い。必ず、生きた儘でだ」
石均の命を受け、早速侠羽と馮渉は、それぞれの弟分である、葛榴と弘敬と共に行動へ移った。
………………馮渉と弘敬は辻を東、斉有素の栖へ駆ける。
侠羽と葛榴は辻の西、子絽が面の割れていない毛修の弟分の蜀甫の跡を付け、悪事と共に暴いた隠れ家へ駆けた。




