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愁い花  作者: 冷水房隆
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其の二十五


 〽愛しい大爺

  妓女である私が大爺に恋するは 

  愚かな事でありましょう

  なれど

  側に居りたい

  大爺のおもてをいつまでも見ていたい 

  近う近う

  今一歩近うへ

  今宵一夜限りの玉響たまゆらの夢

  嗚呼 蝶の吐息よ


 誰が唄い始めたのか分からないが、胡暗ホゥアンの妓女達の間では、広く知られている一節。

 月夜楼に居た頃、玉花ユィホワもダーコォを想っては、口遊んでいた。

 月夜楼を離れてからは、一度も思い出さなかったのに、何故今になって思い出してしまったのだろう。

 それも、他の男に辱められている時に………

 

 玉花が、何処とも知れない地に軟禁されて、一月が経っていた。

 今は、最初に連れて行かれた卯建小屋ではなく、一角ひとかどの人間が住むに相応しい房間で寝起きしている。

 日が経つに連れ、鴉片の量が増えてもいた。

 そしてこの頃は、玉花を買った客からの苦情も増えた。

 「………おい毛修マオシウ、あの姐さんどうにかして呉れよ」

 この日も、苦情である。

 「何か不具合でも?」

 窓口である毛修は、顔色も変えずに応対する。

 「具合は良いんだけどよ、事の最中が問題なんだよ!

  事が始まれば、何やらぼそぼそと唄い出すし、挿入してる時には俺の事なぞ見ちゃいねぇ! 終始、ダーコォダーコォって、何なんだ一体!? 客を莫迦にしてんのかっ!?」

 客はそう捲し立てた。

 毛修はふと笑い、

 「まぁまぁ旦那、姐さんには灸を据えておきますんで、今日の所は、どうか御勘弁を」

 そう宥めて、どうにか収めた。

 客がぶつぶつと文句を云いながらも帰って行くと、毛修は鬼の様な形相となり、近くに置いてある椅子を蹴り飛ばした。

 その事に驚き、次の間から若い衆が飛び込んで来た。

 「っ! 哥哥グァガ? 何があったんすか!?」

 若い衆の蜀甫シュウフゥは、毛修の荒れたその姿に圧倒しつつも問うた。

 「何でも良い! あの売女ばいた連れて来やがれっ!!」

 当たり散らす様に彼は怒鳴り、蜀甫を追いやる。

 蜀甫は訳も分からず、転がる様に退室して行った。


 胡暗、月夜楼の一室。

 机に向かい、夏飛シアフェイは何やら筆を走らせていた。

 そこへ風香フォンシャンが入って来、それに気付く。

 「小雨シャオユィ、何をしているの?」

 「マァに描いているの。僕のことを忘れないように」

 顔を上げずに、夏飛は答える。

 それを聞き、風香の胸が塞がった。

 何処へ出そうというのか。

 一通だけ届いた文には、玉花の居処は記されていなかったのだ。

 「小雨は大姐の居処を、知っているの?」

 だから思わず、風香はそう訊いてしまった。

 そこで初めて夏飛は顔を上げ、彼女を見る。

 その表情を見て、風香ははっとした。

 夏飛は口を『へ』の字に強く結び、眉間に皺を寄せて零れ落ちて来る涙を、それでも堪えていた。

 「小雨………」

 風香はおろおろと呼び掛け、夏飛に手を伸ばすも、それを払われる。

 「っ!」

 夏飛は、自分が彼女の手を払った、という無意識の行動に驚き、戸惑い、自己嫌悪に陥った。

 そして、困惑している風香を見、恐る恐る立ち上がり、書き掛けの用箋を掴んで二・三歩後退ると、逃げる様に部屋を飛び出して行った。

 「小雨!?」

 その後を、風香の呼び掛ける声が追う。

 夏飛は振り返らず、廊下をぱたぱたと走り抜け、中庭に出ると、楡の木の幹に抱き着いて泣いた。

 動揺する心に浮かぶのは、何なのだろうか……………


 二階の廊下の窓から王陸ワンルゥは、そんな夏飛の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 


 



 今年最後の章です。

 読んで下さり、有難う御座居ました。

 来年も引き続き、御目汚しをお許し下さいませ。


      令和三年師走二十九日

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