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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

実直型で女性脳の女の子が恋人に別れを切り出して元の鞘に収まるまで

作者: 亜桜 黄身

そりゃあ女の子同士で出かけるのってノンケでもデートって言うし、回し飲みとか気にしない人も少なくないし、下心なしに一緒に温泉入ったりできるし。


「けど、だからってこれはないんじゃない?」


独り言には誰からの返事も返ってこない。一緒に住んでいる人は出掛けてしまっていて、今は一人だ。折角休日が被ったのに。1週間前にシフトがわかる私と違い曜日で休みが固定されている彼女は、先に取り付けている約束を優先してしまった。

人としては正しいけれど、身勝手にも少しは私を優先してよと思ってしまうのは恋人の欲目だろうか。


ぐちぐちとした考えが思考の大半を占める。手にはスマホ。画面にはSNSに投稿された写真の中で、自分の恋人が共通の知人と笑っていた。タグには『#双子コーデ』『#シミラールック』『#春服』……残りは似たようなものが字数制限ギリギリまで使われている。

長ったらしい上に理解できない。双子コーデとふたごコーデとおそろいコーデって三つも言い方変えてタグつける必要あんの? 醜い嫉妬とわかっていても噛みつきたくて仕方がない。

画面の中では共通の知人……私からすれば恋人の友達、恋人からすれば友達である女性が、静香さんに腕を絡ませて笑っている。


「うう……静香さんのばか……」


静香さんは、私の恋人だ。私の仕事先である飲食店にお客さんとして訪れたのが出逢い。

自分が働いているところがレズバーとしてネットで有名なことは知っていたけど、いちいち女性一人客を「この人が?」なんて目で見たりしない。私自身は男性も女性も好きになるタイプだけど、そもそも恋人がほしいと思うことのほうが少なかった。熱しやすく冷めやすいせいか、恋をするのが楽しくてその先にまで目がつかないのだ。

静香さんはそんな私のことを真っ直ぐ見つめて真摯に口説いてきた。

彼女の強い瞳に押し負けて、流されるように付き合ったのが1年前。マンションの賃貸契約更新に合わせて同棲を始めたのが3ヶ月前。どうしようもないことに、私は静香さんが人生で一番好きな人になっていた。


「これって、浮気? 浮気だよね?」


目の前がぐらぐらとする不安感が襲う。今日は晴天で気圧も高いほうだし、生理も少し前に終わったばかりだ。不安的な気持ちをホルモンバランスのせいにも気圧のせいにもできなくて、ただただじっとしていればやり過ごせる気がしなかった。

こんなことなら私も出掛ければよかった。観たい映画があったのに、静香さんと二人で観ようねなんて約束をしてしまったせいで昼間から暇だったのだ。気紛れにたまにしか開かないSNSをスクロールしてたら、ストーリーズで彼女のアカウントが更新されているのを見つけてしまった。多分、知っている人が見ればどこのお店かわかる店内の映像。私も静香さんと行ったことがある。焼肉のランチセット、欲張って200gを頼んだら食べきれなくて静香さんにも食べてもらったっけ。

彼女はあのとき食べていた和牛ユッケのローストビーフ丼を今日も楽しんでいるようだった。


聞こえる笑い声。向かいに座る女の子の笑顔が映る。それを見た瞬間、不思議と手の中の映像がどうでもよくなった。


どうでもよくなったのは映像のことじゃない。彼女と私の関係だ。私は元々恋をするのが楽しくて、静香さんはいつだって私を新鮮にときめかせてくれた。それは一緒に住んだからだって変わらない。

けど、そもそも同じ家に住んでいても日中仕事をしていて土日が休みの彼女と、夜型で休みが不定休の私とではすれ違うことが多かった。付き合う前のほうが、お互い必死に時間をやりくりして夕飯だけでも一緒にいたり、まめに電話をしていたと思う。同じ屋根の下で電話する必要はないけど、会話が減ったの事実だ。

細かい不満が溢れて止まらない。例えば、彼女のSNSに私の姿が登場することはない。学生時代からの知り合いが多く繋がるアカウントで『同性の恋人』を大っぴらに紹介できないのだと申し訳なさそうに言っていた。それは仕方ないと思う。私は言えるけど、自分が大丈夫だから相手にも同じことを強要なんてできない。世間にはちょっと過干渉な近所の人や、子供を私物のように扱う親や、遠慮を知らない赤の他人なんて生き物が多くいる。どうでもいい人の言葉なんて無視すればいいけど、そもそも突っ掛かられないように、付け入る隙を与えないことって大事だと思う。


「こうして考えると、私と静香さんって価値観が合わないんだよね」


価値観の相違。便利な言葉だ。世の中のカップルが別れ話に持ち出す理由No. 1だと思う。

ブラックアウトしていた画面に目を滑らせる。ロック画面では静香さんが私に笑っていた。これも設定を変えなければいけない。先ほど見ていたのとは別のSNSを開き、トークの一番上にいる『朝凪 静香』

の上をタップする。最後にした会話は昨日で、今日の予定に関することだった。

『夕飯はどうするの?』

『遅くなりそう。玄関はチェーン外して先に寝ててください』

言葉の最後に「ごめんなさい」と謝るあざらしのスタンプが押されている。その上に短いメッセージを送った。

『別れましょう』

ほぼリアルタイムで更新している別のSNSを確認する限り、彼女はこのメッセージにすぐに気づくだろう。5分ほど見つめたが、既読はつかなかった。




デート用のちょっと良い服に身を包み、デートするときと同じようにたっぷり時間をかけて身支度をする。

骨格ウェーブの私が最高に似合う高い位置にウエストがあるワンピースは、私のスタイルを実物よりも良く見せてくれる。そろそろ染めなければいけない髪は頰のあたりから下は巻いて、どうしようもない生え際は帽子を被って誤魔化した。ワンピースはノースリーブでレース調の清楚なものだから、麦わら帽子でも違和感はないはずだ。

少し赤みの強いアイカラー、普段使いと別けているデパコスのチーク、先日買ったばかりで新品のリップカラー。どれも静香さんのために買い揃えたもので、半分くらい彼女の好みが反映されている。

少し迷って、リップカラーは彼女が褒めてくれたものとは別の色を手に取った。ふるふるに整えた唇にリップブラシを滑らせ、トレンドのブラウンで引き締めた印象にする。


外は暑かった。こんな日に焼肉なんてよく食べる気になったものだ。私が静香さんと行った季節も暑かった気がするけれど、あのときは彼女との食事なら何だってよかった。

先にご飯を食べようか。でも、今日一日で用事を全て済ませるならそんな時間は取れないだろう。

考えながら駅へと向かう。取り敢えずどこでもいいから、不動産屋に行きたかったからだ。

賃貸の世帯主は静香さん、私の続柄は同居人。幸い家賃支払いでトラブルになることもないし、再契約をする必要もないだろう。私が荷物をまとめて出ていけばいい話だ。だから、必要なのは私が出て行ったあと暮らす場所だけ。

今日一日で賃貸契約を結んで、残りの時間で荷造りをする。いつもだらだらと過ごしてしまう休日の過ごし方としてはなかなか有意義だと思う。


結局、私は不動産屋より先にカフェに入った。探す家の条件をまとめていなかったからだ。

思いつきを即行動に移す即決型の自分の生き方は気に入っているけれど、流石に考える時間を持たずに動くと大事故に繋がる。静香さんと暮らす前に住んでいたところなんて、街灯が少ないし近所のコンビニが徒歩20分先の駅前しかなくて夜道が怖かった。


「えーっと……2階以上、オートロック、バストイレ別、洗濯機室内置き……」


不動産のサイトで細かいチェック項目にチェックを入れていく。予算も視野に入れると木造の住宅も出てきたけれど、女手一つの引越しと考えるならやっぱりエレベーターのあるマンションのほうがいいかもしれない。高くついてもオートロックは外せないし、選り好みするとネットカフェみたいに小さな家ばかり出てくる。

現実が厳しい。懐は心許ないけど、いっそ引っ越すのもありかもしれない。少なくとも東京23区から外れれば、今の予算でももっと選択肢が広がるはずだ。

ランチの時間から外れて入ったお店でパンケーキを切り分けながら考える。


「あ、すみません追加注文お願いします。カフェモカ一つ」


普段はブラック無糖のコーヒーだけど、チートデイだって今決めた。

静香さんと付き合う前は、失恋する度にその日一日だけやけ食いをしていた。人を好きになりやすい私はすぐ恋に落ちるし、失恋も早い。好きになったあとに彼女がいることを知ったり、薬指に指輪をしていたり。付き合うことを前提に考えていないせいか、女性を好きになることも多かった。多分、女性で付き合うのは静香さんが最初で最後になるだろう。


白い泡の上に綺麗な模様を描くチョコシロップをスプーンで崩しながら、現れたドロドロに溶けた生クリームの下で湯気を立てる水面を揺らす。口をつけたら舌を火傷した。

ピリピリとした痛みを感じると、急に疲れた気分になってしまった。空きっ腹に入れたもったりとしたパンケーキも原因かもしれない。

画面をスクロールする手を止めて、暗くしたスマホの画面をテーブルの上に伏せて置く。


私に必要なのは、即決の行動力よりも少し動きを止めて考える冷静さかもしれない。

今も十分若いけど、例えば学生のときのようには動き回れない。今日だって本当は今夜は帰らないくらいのつもりで家を出てきたのに、明日の出勤を考えたら大人しく帰るしかなさそうだ。明日も明後日も、次の休日までは無理だろう。自分だけの事情で無断欠勤をするほど、無責任で無鉄砲にはなれなかった。


「……本でも持ってくればよかったな」


私は本を読まないけど、静香さんはよく読む。電子書籍を好んでいるらしく、どれくらいの量を読んでいるのかはわからない。でも、気に入ったものは紙のものを買い直すくらいだからよっぽどの本好きだろう。

大事なコレクションだろうに、私にも読んでいいよと言う。読んでほしくても無理強いはしない言い方だ。だから私は彼女の勧めた本を一冊も読んだことがない。


家を出てから1時間経つ頃には、『別れましょう』と言ったことを後悔し始めていた。もう既読はついているだろうか。ついていなければメッセージを取り消せばいい。でも、確かめるのが怖い。

何より、私が先ほど感じた“どうでもいい”という感情はまだ消えていないのだ。

心はもう残ってないけど、状況から別れを切り出したことを後悔している。どうせ同じ家に住んでいても生活リズムが合わないのだから、いっそのこと着実に下準備をしてから別れを告げるべきだった。でも、恋人を相手にそこまで不誠実にはなりきれない。


悶々とした気持ちを抱えて視線を落とすと、テーブルの上では食べかけのパンケーキがじっとしている。

熱々の生地に生クリームがトッピングされたパンケーキはドロドロになって皿を汚していた。同じくらい崩れたカフェモカも湯気が消えている。食欲のなくなる見た目だが、すぐに食べなかった私のせいだ。ただ作業のようにどちらも口に流し込んだ。

お皿の上が空になったら次はどこに行こう。今日中に引っ越すのはあまり現実的ではないと気づいてしまった。静香さんと別れるならそう遠くないうちにあの家を出ていくことは避けられないけれど、今日でなくてもいいかもしれない。


既読はついただろうか。

そう思い、確かめるためスマホを持ち上げた手に別の手が重ねられた。


「貴女、可愛いね。リップは透明感のある薄いピンクにしたらもっと可愛くなるよ」

「し、静香さん……?」


空いている向かいの席には彼女がいた。目が合うと、彼女は出逢った頃と同じ強い瞳で真っ直ぐ私を射抜く。


「びっくりしちゃった。メッセージ、見てない?」


言葉につられて中途半端に持ち上げたままの画面を見る。一番の新着通知は不在着信。3分前。スレッドは一つに纏まっているが、下方に『他15件のメッセージ』という文字が読めた。


「ごめんなさい、気づかなかった」

「でも、お陰で出掛けてるんだろうなって見当ついたから」


やっと私から視線が外れる。店内を歩いていた店員を呼び止めた静香さんは「アイスティー、一つ」と注文した。


「どうしてここにいるってわかったの?」

「私と付き合う前言ったじゃない、失恋したらここの季節限定パンケーキに決めてるって」


そうだったっけ。静香さんはいつも私との細かな会話も覚えてくれている。それが嬉しかったはずなのに、今はなんとなく居心地が悪かった。

全てを知られている気分になる。私が彼女にまだ話していないことって、何かあっただろうか。


「でもね、私はまだ終わらせる気ないの」

「……今日の、あれって浮気じゃないの?」

「愛紗だって、お店でよく一人で来た女の子に声掛けられてるじゃない」

「声掛けられるのは私だけじゃないよ。変なことされるわけじゃないし、愛想よくしたって変な話じゃないでしょ」

「ごめんね、心配になるの。そうやって口説き落としたのが私だし」

「それはいいよ。でも、浮気だってのは否定しないんだね」


きっと私は傷ついた表情をしている。それでも、目の前に座る静香さんは困ったように微笑んでそれを否定しなかった。


「どうして違うって言ってくれないのよ……」


涙の滲んだ声で詰る。スマホを握る手に力が入りすぎて、指先が白くなっていた。指と指を絡めるように静香さんのほっそりとした手のひらが重ねられる。


「あれはそんなつもりじゃなかった。私は友達に恋愛感情を持たないし、向こうもそのつもりだって決めつけてた。あの子は私がビアンだって知らないはずだしね……今日、あの子に告白された」


静香さんはそこで一度話を止めた。数歩前から向かってきた店員の存在に気づいたようだった。

受け取ったアイスティーにガムシロップを入れてかき混ぜながら、滔々と話を続ける。


「勿論断ったわ。でも、私の距離感が不適切だったのかもしれない。私がそれに気づかなかったから、あの子のことを傷つけてしまった。どうしたらいいか分からなくなって少しスマホから目を離したら……その間に愛紗から別れを切り出されていたんだもの。本当に困っちゃった」

「うわ、浮気じゃ……ない、の?」


一度に喋ろうとすると泣き声も出てしまいそうで、つっかえながらそれを聞く。静香さんはアイスティーから目を離し、真っ直ぐと私を見つめた。熱っぽくて、私を慈しむ澄んだ茶色い瞳。少しヘーゼルに寄った自然の色合いは、目鼻のはっきりした顔立ちの彼女によく似合っている。


「愛紗が浮気じゃないと判断してくれるなら」


私が思い込んで、話も聞かずに別れを切り出したのに。静香さんはどこまでも下手に出て私に許しを乞う。


「不甲斐ない私のこと、許してくれる?」

「私こそ、勝手なことばかり言ってごめんなさい……」


ぼろぼろと涙を流す私の頬に静香さんの指が滑った。誰も私たちを気にしていないカフェの一席で、一瞬だけ静香さんの顔が私の耳に寄せられる。


「今日みたいにお洒落して、私好みのリップを塗ってデートしてくれたら許してあげる」


縦皺の目立たない潤った唇が頬にくっ付きそうだった。それが触れるスレスレで止まると、代わりにくすくすと笑い声が漏れる。


「もう、揶揄ってるの?」

「可愛いんだもの」


思わずストローに吸いつく唇に視線がいってしまう。彼女は何事もないかのように「帰ったらキスしようね」と言った。


「静香さんって、私のどこが好きなの?」

「そうね……例えばそのワンピース、私は好きだし愛紗に似合ってるけど、貴女って元々パンツスタイルのほうが好きだったじゃない?」

「そうだよ。クローゼットも化粧ポーチも、静香さんの好きそうなもので埋まっちゃったんだから」

「純粋で染まりやすくて可愛い子。だから好きなの」


静香さんの物言いはいちいちストレートだ。情熱的に口説き落とすから、私は流されるように気づけば付き合っていた。

今だって、出逢った頃と同じように心臓が高鳴ってる。


「あんなことを言わせたのって、私の努力が足りてなかったんだわ。愛紗が私のことを好きじゃなくなったって、それでいいの。愛紗が何度だって私に恋するくらい魅力的でいれば、問題ないんだもの」


綺麗に笑う彼女を見て、私はまた恋に落ちる音を聞いた。

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