中編
今日は王家主催のお茶会が催されている。貴族間の親睦を深めるため、という名目で様々な爵位の家が集められているが、実際のところはフィリップ王子殿下の顔見せと、未来の王妃候補、側近候補探しであろう。
当然、我がリッチモンド家も招待を受けているわけで、弟のアーサーはおさな過ぎるため欠席だが、私は母と一緒にお茶会へ行くことになった。本心を言えば絶対に行きたくなかったのであるが、王家の招待を断るわけにもいかない上に、何より両親が不審がる。まさかフィリップ殿下に惚れられたら死ぬとか言えないし、仕方なしに参加することになった。
実を言うと、私とフィリップ殿下は今までほとんど会ったことがない。二、三歳の時に一緒に遊んだりしていたことがあったらしいが、四歳ごろから私の公爵令嬢としての教育が始まりそれ以降はほとんど顔を合わせたことが無かった。なので、ほぼ初対面であると言って差し支えないだろう。
よって、彼に惚れられないためには今日の印象がとても大事である。このお茶会中に上手く悪女として彼に印象付けねばならない。彼には悪いが、少し嫌な思いをしてもらうとしよう。
そう心に決めて参加したお茶会で、私はフィリップ殿下と再会したわけであるが、かなり誤算があった。フィリップ殿下が超かわいいのである。サラサラの茶髪に、髪より少し暗い茶色の瞳、人見知りなのか王妃の後ろに隠れながら挨拶してくれる彼は、そう天使!もはや天使である。前世アラサーの母性をキュンキュン揺さぶってくる。
そうやってポーとしていた私を大人が見ていたからか、はたまた爵位のせいか、私はフィリップ殿下の隣の席になった。座る姿も超かわいい!
はっ、いけない。今日は彼をいじめなきゃいけないんだった。丁度彼が少し紅茶をこぼしたのでジャブを打ってみることにした。
「ほほ、紅茶を飲むこともできないなんて、フィリップ殿下は本当に情けない方ですわ!」
思った以上に大きな声が出たせいか、会場はシーンと静まりかえってしまった。しかし、私はそんなことは気にならない。なぜならフィリップ殿下が超可愛いからだ!恥ずかしそうに俯いて、両手をぎゅっと握りしめていて、その様子はとても庇護欲をそそって、か、可愛い!慰めてあげたい!ぎゅってしたい!頭の中で前世私が悶絶している。
しばらくポーとしていたが、はっと意識を取り戻した。いや、いけないいけない。ここで絆されたら私が死んでしまう。
「ふふ、言い返すこともできないんですの?本当に王子としての教育をうけていらっしゃるの?」
扇で口元のニヤケを隠しながら、もう少し詰ってみる。
「えっと…、その……。」
殿下は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わず更に俯いて涙をこぼしそうになった。
もう私の脳内はお花畑である。フィリップ可愛い!ゲームをしている時はただの気弱な王子だと思っていたが、これはヤバい。気弱なショタの破壊力すごい!家に持ち帰りたい!
その後私は慌てた従者にそのテーブルから引き離されて、母の監視のもと過ごし、お茶会は終わった。周囲の視線はもとより、母からの視線がめちゃくちゃ痛かった。ごめんなさい、お母様。でもしょうがないの。こうしないと私死んじゃうし。
そんなわけでフィリップ殿下にはなかなか悪印象を与えることができたと思うのだが、なぜかお茶会以降頻繁に彼と顔を合わせることになった。
本当はあんまり会いたくないわけだが、行く先々のお茶会でなぜがフィリップ殿下がいるのである。仕方ないので、会うたびに彼を「あら、そんなことも知らないのですね」とか、「男のくせに剣術もできないなんて情けないですわ」とか罵って、その度に彼の可愛らしさに悶絶するを繰り返していた。
そんなことをしばらく繰り返していたせいか、いつの間にかリッチモンド家のご令嬢は性格がきつく、王家に対しても反抗的な態度をとる烈女だと言われるようになった。私としては、嫌われたいのはフィリップ殿下だけであるので他の方々に横暴に振舞った覚えが無いのだが、フィリップ殿下への態度が苛烈過ぎたせいか、性格の悪い女として嫌厭されるようになった。
まあしかし、それ自体は予期していたし構わないと思っていたのだが、評判のせいでお友達が全くできないのは少し悲しかった。
対外的なアマリアの評判は最悪のはずなのだが、なぜかフィリップ殿下との接触はその後も続いた。いや、王家もこれだけ悪評が立っているんだから会わないようにすればいいのにと思うのだが、なぜか頻繁に会う。
フィリップ殿下自身はというと私と会うと「ひっ…!」と悲鳴を上げるようになった。それがまた可愛らしくて嗜虐心をくすぐるのだが、そこはにやけるのをぐっと抑えて、厭味な発言を繰り返した。
そうやって、ついに私は運命の17歳の誕生日を迎えたのである。
ヒーローが登場しましたが、まだちゃんと喋っていません。