07.吸血鬼さん、服と靴を買ってあげる。
完全に俺のものになったことに合わせて、俺は今度はティティの身なりを整えることを考え始めた。
ティティが着ていた盗賊時の服や靴が、痛めつける過程でボロボロになり破けていたからだ。
これはこれで男の欲をそそるのだが、眷属化したことでティティを傍に置いての行動が増えることを考えるとさすがにこれを普段着には出来ない。
というワケでだ。
俺は翌日になって布を羽織らせたティティを連れて街まで来たのであった。
今現在レベル1のティティを歩かせても時間が掛かり、かといって馬車を出す程でも無いので俺が抱えて走って来た。
馬車で片道2~3日掛かる道だが、俺の足ならば少し急げば一時間もあれば到着する。
「だ、旦那さま……抱っこなんて嬉しすぎて死にそうです……」
顔を赤らめながら、ティティは俺の胸に顔を埋めた。もうすっかりと俺に惚れてしまっている。
こうして素直で純真であれば可愛いと言うのに、どうして記憶を失う以前はああも捻じ曲がっていたのか。
記憶を辿る限りでは、勇者パーティーに入ってから徐々におかしくなっていったようだが……力と権力に溺れてしまったようだ。
まぁいずれにしろ、今はもう俺の玩具で下僕で奉仕係という事実に変わりは無い。俺の為に今後の人生を全て捧げさせるだけであり、それ以下でも以上でも無い存在だ。
「……さて、それではティティの服と靴を買おうか」
俺が街に来た理由を告げると、ティティが驚いたように目を丸くした。まさか自分の為に街にまで来たと思っていなかったようだ。
「驚くことは無いよ。随分とボロボロだから新しいのが必要だと思っただけだから」
「そんな……私の為にそこまでしなくとも」
「ボロボロな格好のティティと一緒にいると、俺の性格が道行く人から疑われてしまうよ。俺を極悪人にしたいと?」
「し、失礼致しました。そのようなことは決して……」
「俺の為に服が必要と言うのを理解してくれたかな?」
ティティがこくこくと何度も頷いたのを見て、俺はやれやれとため息を吐きながら洋服店に入る。女物の服はよく分からないので、店員とティティ本人に任せて店の外で待つことにした。
なお、店員からはボロボロな服装のティティを連れていたことで怪訝そうな顔をされたものの、「事故に遭ってこんな状態になってしまったのですが、このままには出来ないと思いまして」と小声で話しかけて誤魔化した。
ティティにあらかじめ布を羽織らせていたこともあって、店員の目には俺が賊や人攫いの類では無い紳士に映ったようで、それで納得して貰えた。
「ふぅ……」
洋服店の壁に背を預けて空を見上げると、どんよりとした重そうな雲で覆われていた。ちらちらと降り始めた小さな雪が、俺の頬に当たっては小さな水滴になった。
冬独特の陰気な天気ではあるが個人的には嫌いではない――というのはさておいて。ティティが出て来るまでの間、ひとまず吸い出した勇者関連の情報を整理しようと思う。
まず、ティティが勇者パーティーを離れることになった時期は、俺が”経験値を吸う”を使ってから半月後のことだ。
レベルが下がって行く現象に戸惑い、どうしようも無くなった勇者たちは解散という道を選んでいた。そして、お互いに一定期間は表舞台に出ないことを取り決めたようだ。
理由はティティが以前に言っていた通りに、今まで好き勝手やっていた事への因果応報を恐れてである。ほとぼりが冷め、自分たちの顔を誰もが忘れるまでは静かにするべきという結論に至っていた。
俺がアトルの村に住むようになったのが、勇者パーティーから捨てられてから半年後である。そして、村民の信頼を得るまでに更にそこから半年ほどが経過しているので、つまりあの時から一年が経過している。
人の噂もなんとやらと言うので、恐らく大部分の人は勇者パーティーの顔など忘れているだろう。
そろそろ普通の生活をしようとする者も現れるかも知れず、実際にそういった面で怪しそうなヤツもいるが……それとは別に変な動向のヤツが一人いたようだ。
男の勇者のサザン・グッズェである。ティティの記憶を振り返ると、こいつは解散時に意味深な言葉を述べていた。
この身に降りかかった謎の現象をどうにかする方法を探す為に、魔王領に行って見るつもりだ――そう言っていたようなのだ。
魔王領に俺の【吸血鬼】の効果をどうにか出来る術が転がっている可能性は……正直俺には分からない。魔王領など行った事が無いからだ。
そこに万が一の可能性が無いとは言い切れない。
ティティの記憶のお陰で、俺は知らなかった勇者たちの持つスキルについて全員分を知った。
しかしながら、勇者同士でも互いに秘匿している部分もあったらしく、スキル名しか判明はしなかったのだが……それでも名称から効果の大方の方向性は分かる。
サザンは【賢の勇者】というスキルを持っていたようで、恐らくこのスキルは特別な知恵か知識を得ることが出来る代物だ。
レベルが下がり切る前に、まだスキルの効果が色々と使える内にヒントぐらいは得ていた可能性が高い。
探る、という言い方から完全に把握したわけでは無いようだが、今までスルーしていた魔王の領分にあえて踏み込む判断をしているのが気になるのだ。
単純な私怨で言えば、俺をサンドバッグにする指揮を執っていたパーティーのリーダー的立場であったアレクを真っ先に狙いたいが、冷静に考えたのならば後回しで構わない。
復讐を完遂する為には先手で立ち回り、標的の優先順位を間違えずに行動していくことがマストだ。
まずはサザン。こいつだ。次の獲物はこいつにする。
俺が二人目の復讐相手を決めると、洋服店の中から新品の服に着替えたティティがひょこりと出て来た。
「旦那さま……いかが……でしょうか?」
一体全体どうしてその格好になったのかは分からないが、タイトスカートのメイド服である。
暖かそうな黒タイツが太ももまでを覆い、靴も一新されて真新しいロングブーツになっていた。