06.吸血鬼さん、仕上げをする。
婚約者ユリウスはミーアにとって最後の心の支えであった。
捕獲され体を痛めつけられてなお、愛しいその人物の名をミーアは決して口にしなかったことがそれを証明している。俺に知られてはいけない――そう思っての最後の抵抗。
だが、そんな努力もむなしく俺は偶然にもユリウスと出会った。神は俺に味方したのだ。
「……」
ミーアの瞳の焦点は元通りにならず、溢れる涙がとめどなく頬を伝い、漏れる吐息が冬の寒さを象徴するかのように空気中に白く霧散している。
ガチガチと鳴る歯音が素晴らしい演奏のように俺の心に染み入って行く。
肉体と精神を壊して得る復讐の達成感はもう十二分に満喫した。次は人生そのものを俺の物にする最後の仕上げを行い、それでひとまずミーアについては終わりだ。
俺は早速スキル【吸血鬼】を発動させミーアの記憶を吸い出すことにした。一部だけを抜き取ったユリウスの時とは違い今回は全てである。
――ちうちう、ちうちう。
ミーアが産まれてから今に至るまでの人生の記録そのものを全て吸い出していく。
俺は味わうようにそれらを眺めながら、今後に必要なもの――主に勇者関連の記憶――とそれ以外のものに分け、後者は特別に必要なものではないのですべて破棄した。
記憶を吸い出された者はその記憶の全てを失う。改竄の類とは違い、記憶そのものを吸い出すので決して取り戻すことは出来ない。
「……私はだれ? ……あなたはだれ?」
気が付くと、あっという間にもぬけの殻のミーアが出来上がった。全ての記憶を吸い出したが為に自らの名前さえ覚えていない。
さて、ここから最後の一工夫だ。俺はここで【吸血鬼】のスキルの中の一つの”眷属化”を使うことにした。
これは使い方に条件がある少々特殊な代物で、①スキルで記憶を全て吸い出す。②体液を取り込ませる。という二点をクリアしなければならない。
こうした前準備が必要なうえに眷属化が出来るのは五名までと制限もあり、使い勝手は良く無いが……しかしその効果は絶大だ。
眷属化した人物は俺の言うことを100%信じるようになり、決して裏切らないお人形も同然にすることが出来る。
ちなみに取り込ませる体液は俺のものならなんでも良いし、その方法も自由である。【吸血鬼】というスキル名にあやかって俺の血を飲ませるでも構わないが……今回はそうではない方法で取り込ませようか。
「やっと目が覚めたんだね。俺は君の旦那さまだよ」
「旦那……さま?」
「あぁなんということだ。記憶を失ってしまったとは。……でも大丈夫だ。例え記憶が無くなっても俺は君の旦那さまだ」
「……」
「実感が無いみたいだね。……そうだ、いつもしていることをしよう。そうすればきっと体が思い出す」
俺はきょとんとしたままのミーアを押し倒した。
※
とろん……と幸せそうに目尻を下げたミーアが俺の腕の中にいる。
眷属化が成功し俺の言うことをなんでも信じるようになった結果、俺が旦那さまであると完璧に信じ、そして今しがたの行為も”愛を確かめる為に記憶を失う前からいつもしていた事”として受け取っているのだ。
「旦那さま……」
なんと素晴らしい事か。俺は愉悦に浸りながらも、この女はもはやミーアでは無くなったとして新たな名前をつけてやることにした。
どんな名前が良いだろうか? そういえば最近お手てが上手になって来ていたな。おてて……てて……ててぃ――そうだティティにしよう。
安直な連想ゲームのような名づけだが、響きは可愛らしいしそう悪くは無い。
「ティティもようやく俺との関係を思い出してくれたようだ」
「はい、旦那さまにはいつも愛して貰っていました。そうであった気がします。ところで……ティティとは?」
「君の名前だ」
「私の名前……ティティ……」
自分の名前を反芻するように繰り返すと、ティティは眠くなって来たらしくウトウトし始めた。記憶を失う以前に俺によって痛めつけられ蓄積した疲れが溜まっていたようだ。
取り合えず毛布を掛けてやる。記憶を失いミーアでは無くなったのだから、使い倒す気はしているが体調を気遣うぐらいはしてやらんでも無いのだ。
そういえば……これは思わぬメリットであったのだが、ティティは勇者だけあって潜在能力がとても高く、”経験値を吸う”を解除して育てれば色々と便利な駒としても機能しそうだった。
嬉しい誤算だ。
そして、もちろんこれだけが良い点では無く、元々の目的であった夜のご奉仕をさせるにも不足が無いのも良い。見た目も美少女で体つきも悪くないからだ。
俺の言うことをなんでも聞くようになったことで、今までのように無理やりせずとも、ティティから自発的に丁寧なご奉仕をしてくれるようになる。今から楽しみだ。
ちなみに……記憶を見ていて分かったのだが、どうやらティティは処女でキスもまだした事が無い生娘であったようだ。
初めてのキスも処女も、旅を終えてからユリウスに捧げるつもりであったらしい。
思い返して見れば、俺が犬の発情期を助けてやろうと思った時に血が出ていた気がする。行為の前に痛めつけていたせいかと思い気にしていなかったが、そうではなく処女であったからのようだ。
あの時どんな気分だったのだろうか? 今はもう問いただすことは出来ないが、屈辱であったのだけは確かだろうな。