05.吸血鬼さん、精神攻撃を始める。
村までの帰り道は特に問題が起きることも無くスムーズであったし、俺もミーアとの楽しい遊びを様々考えながらに馬車を走らせていた。
もちろんだからといって無警戒であったわけではない。周囲にきちんと気を配っていた俺は、近くの山頂付近の積雪に割れ目が出来ているのを発見していた。
新しく降った雪のみが溶けており、その下にある以前に積もった雪がまだ凍ったままの状態である。
天気が良い日が続けばあるいは雪崩が起きるかも知れない。古い雪の上に乗っている新雪が一斉に滑り落ちて来るのだ。
そしてそうなると、雪崩に巻き込まれて山頂付近の魔物たちも降りて来るだろう。
もしも俺が街までの引率を拒否し、若者たちが我慢が出来ず勝手に街まで行っていた場合……大変な危険に直面する可能性が高かったと言える。
俺は若者たちの後学の為にと思い、馬車を走らせながらも事細かに村の外でどういった危険があるのかを話して、そしてどうそれに気づくのかを教えた。
これは本来であれば少しずつじっくりと教えれば良いことであり、いきなり教える必要は無いことだ。
だが、実は俺は永住まで考えたアトルの村を離れるつもりをしており、これから先にじっくりと教える時間が取れそうに無かった。だからこそ、今のうちに出来るだけのことをしようと思っての行動であった。
俺がなぜ村を離れようと思っているのか? その理由についてはとても単純である。ミーアを捕獲して、勇者たちがまだ全員生き残っていることを知ってしまったからだ。
胸のうちに燻る復讐の焔――それが日を追うごとにより大きくなっている。
勇者たち全員に破滅を与えなければ気が済まないし、それにあんな連中をのさばらせるのが世の中の為にならないという義憤もある。
若者たちは当然そんな俺の事情も思惑も何一つとして知らない。しかし、全員が真剣に俺の話に耳を傾けてくれていた。
きちんと聞いて糧にしてくれそうであり、若者たちのその姿勢に俺は安堵した。
さてそして。
若者たちはこれで良いとして、次に考えなければならないのは俺が担っていた荷運びの仕事についてだろうか。
こちらはそう簡単には行かない。何かしらの明確な手を打たなければ、俺が来る前に逆戻りになってしまうだろう。
だが、すぐには良い案が思い浮かばない。
少し考える時間が必要だ。
まぁ……ミーアで遊んでいるうちに良い考えの一つや二つきっと思いつくだろう。
※
村に着いて若者たちをそれぞれの家に送り届けると、俺は食べ物を抱えてのんびりと洞窟へと向かった。中に入ると四つん這いのミーアがびくっと震えながらに鳴いた。
「くぅーん、くぅーん」
「お留守番はちゃんと出来たようだな。……よしよし偉いぞ。ほらお手」
「くぅ~ん」
最近ミーアは犬の真似が達者になって来ている。
お手も上手になってきた。
どうすればより犬に近づけるかの努力が見え隠れしており、良い兆候だと言えるだろう。
いつもならばこれは撫でて褒めてやる所だが……今日はそうするワケにも行かない。
人間の言葉を喋って貰う必要があるからだ。
あの婚約者の話を出して楽しむ時に、犬の鳴き真似だけでは味気ない。
「さて、取り合えず食事を持って来た。三日も四日も飲まず食わずは辛かったろう」
ゆっくりと地面に食べ物を置くと、ミーアは無表情のまま食べ始めた。俺はそれを眺めながら「今日は人間の言葉を喋って良いぞ」と告げた。
ミーアはおそるおそるに俺の様子を窺いつつ、冗談や嘘の類ではない言葉だと理解すると人間の言葉を使い出した。
「お、お食事をありがとうございます……」
「気にする必要はない。それより今日はお前と話をしたい気分でな。……なぁユリウス・ホーネットって知っているよな?」
俺が口にしたのはミーアの婚約者の名前だ。
婚約という深い仲に関する記憶を男性から吸い出したお陰で、当然に彼の素性や名前も含めて何もかもを俺は知っている。
さぁ……お楽しみの時間だ。
「20歳。家業の花屋を将来継ぐ予定の青年でお前の婚約者だ」
「な、なんでそれを知って――」
「――ユリウスとお前が最初に出会ったのは6年前。まだお前が勇者のスキルの一つを持っていることに自分自身気が付いていなかった頃だ。ユリウスは14歳でお前は12歳だった」
俺が淡々と述べるとミーアは歯音を立てながら顔を真っ青にした。
言っていないハズの、俺が絶対に知ることなどありえないハズの情報を持っていることに驚き、そして恐怖を感じているようだ。
良い感じの顔になっている。
これだけでもゾクゾク来るが、これ以上にもっと絶望的な表情を俺は見たいので、立て続けに二人だけの秘密の思い出の暴露を始める。
「惹かれあいつつも微妙な距離を保っていた二人が近づいたのは、お前が勇者であることが判明しあのパーティーに入ることになった時だ。別れの時に本音を言い合った。『あなたのことが好きだった』『僕も君を愛している』。そして、旅が終わって帰って来たら結婚するという約束をした。月明りが輝く夜に時計塔の下で二人きりの時に。……その時にお前は、将来花屋を手伝うことを嬉しそうな顔で承諾していた」
「ふ、二人だけの秘密の思い出を……なんで……どうして……」
「ユリウスが全て教えてくれた」
正確にはユリウスの”記憶”が教えてくれたであるが、そんなネタバレをしてやる必要は無い。
俺はニヤつきながらミーアに近づく。すると、ミーアはキッと睨むような目を俺に向けて来た。
すっかり従順になったかと思っていたが、婚約者の話を出されてカッとなったようだ。随分と反抗的な態度だが、俺はこれを待っていた。
こういうのをへし折るのが楽しいのだ。
「うそ! ユリウスはそんな人じゃない!」
「ならどうして俺は二人きりの秘密を知っているんだろうな? お前からは一切聞いていない。ならもう片方から聞く以外に知る方法なんてないよな?」
「そ、それは……やだ……だってユリウスは……」
「ユリウスはもうお前のことなんてどうでもいいんだ。俺にお前とのことを全て教えてくれたのはだからだ。もう吹っ切れているからこそ全部を教えてくれたと考えるのが普通だろ?」
俺が耳元でそう囁くとミーアは激しく動揺した。そして、先ほど食べたものを嗚咽まじりに吐き出し大量の涙を流しながら這いつくばる。
「ぁ……あぁぁあぁぁぁ!」
それだよその顔が見たかった。
俺は絶望に落とされたミーアの姿に大変満足し、そろそろ最後の仕上げを行っても良い頃合いだと思ったので、行動に移すことにした。
全ての記憶を奪いその身も心も全てを俺に捧げさせる。献身的な愛を捧げさせる。――死ぬまで。
それが最後の仕上げである。
ゴミのように扱い弄んでいた俺に対して、死ぬまで全てを捧げる人生を送らせる……最高の復讐の形の一つだ。




