49.吸血鬼さん、全てを知る。
被害者への謝罪を行わせ、それに加えてなぶり続けたこともあって、俺自身の留飲もだいぶ下がって来た。その頃だ。俺は自身のスキルに新たな使い方が増えていることに気づいた。
――”生命力を吸う”。
これはどうにも、アレクが”神の末席”スキルを獲得する為に行ったあの術が原因で、誘発か触発されるような形で顕現したようだ。
意外なスキルの成長ではあったが、何はともあれこれは好都合だ。”逆流”と組み合わせれば、アレクから吸い出した生命力を人々に還すことが出来る。
出来れば今しばらくアレクへの拷問を楽しみたくはあったが、そうこうしているうちに民衆の命が尽きてしまう可能性もあるので、それは出来ない。
まぁいい。真っ向から鼻っ柱をへし折ることが出来て俺も十分に楽しめた。
「これで……これで命は助けてくれるんだよな?」
「そんな約束をした覚えはない」
「う、うそを吐いたな!」
「お前じゃないんだ。ウソなど吐かない。もう一度言う。俺はそんな約束をしていない。……思い出せ。俺はお前の問いに対してこう言った。『自分が交渉出来る立場にあると思うな。……やれ』」
「そ、そんな……あぁあ……ぃ……ぁあ」
俺はアレクの懇願を無視し、その生命力を余すことなく吸った。そして、アレクが干からびたミイラになり死ぬ寸前に耳元で囁いた。
「ところで……俺のことを覚えているか?」
「……ぃぁ?」
「お前が散々弄んだ、荷物持ちのセバスだよ」
俺がそう言うと、アレクは一瞬だけ目を見開いた。言われてようやく思い出したようだ。
「……ぇ……ぁ……ぅ?」
「これは俺自身の復讐であり、そして聖都の罪無き民を巻き込んだお前への鉄槌だ」
「ぁ……ひ……」
アレクは己の咎を最後には認めたのか、大量の涙を流しながら絶命した。
これで……これで俺の復讐はその全てが終わりを告げた。あと残っているのは最後のアフターフォローだ。
俺はアレクの亡骸を粉々に砕いて塵にすると、すぐさまに”逆流”を使い民衆へ生命力を注ぎ込んだ。すると、一気に大量に”逆流”を行った為か、周囲に不思議な現象が起きた。
本来であれば”逆流”は目に見えないハズだ。しかし、俺が逆流させた生命力がしゃぼん玉のような形を取ってあたり一面に広がり、民の体へと触れるとその身の中へと入っていったのだ。
「私たちは一体……」
「なんだこれは……とても暖かい……」
「綺麗……」
人々が干からびた状態から徐々に元の姿へと戻っていく。すっかりと元通りだが……あともう一工夫が必要だな。
俺は周りの民衆全ての記憶を吸い出し破棄することにした。今日の出来事を始まりから終わりまで全てだ。
ちなみに、アレクの付き人をしていた神官と魔術師については、またよからぬことを考えないように今回に関する記憶を連鎖的に全て破棄した。
街並みも人々も全てが元通りになっていくのを見届け、俺はホッと一息を吐いてそそくさとこの場を後にすることにした――のだが、一人の子どもが俺を見て言った言葉に足を止めた。
「……天使さまみたい」
一体どういう意味だろうかと怪訝に思いながら、俺はまだ自分が”戦闘形態”を解除していないことに気づいた。
慌てて元の姿に戻ろうとした俺だが、何か変な違和感がある。どうして”戦闘形態”の姿を天使みたいと言われたのか?
その答えについては、俺は自分自身の体を見下ろして知った。
あれほどおぞましい形であった”戦闘形態”であったハズだが、一体どういうことか、俺は純白のローブと仮面を身に着けある種の神々しさを纏っていた。悪鬼羅刹の雰囲気など微塵も残っていない。
それはまるで、子どもが言ったように天使のような姿である。
俺は慌てて自らのステータスとスキルを確認する。すると、表記の一切が消えており、代わりにメッセージが現れた。
――セバス・アルフレッド。あなたはその、えっちな欲望には忠実気味ではありましたが、結果的にスキル【吸血鬼】を正しく使用されました。
――このスキルは、世界を正常に維持する為の、一つの抑止力を想定して与えられるものです。
――権力者はその特異な力を我が物とするべく、見つけ次第に殺害処分することで、己が手中の者に割り当てられるようにと考えていたようですが……決してそれに見つかることなく、道に狂い道徳の荒れた勇者たちを、よくぞ諫めてくれました。
――あなたには資格があります。スキル名による疑似的なものではなく、真なる”神々の一員”となる資格があります。
それは、突然にもたらされたスキル【吸血鬼】にまつわる秘密であった。
あまりにいきなり過ぎて、色々と俺も困惑したが……しかし、ステータスはこの世界における絶対的なものである。
誰もが信じて疑わない指針であり、神が作りし法則として人々の間では常識として浸透している。その点を考慮するのならば、このメッセージはつまり、”本物の神”が送って来たもので間違いない。
信じがたい事ではあるが、今までの状況と強すぎるスキル【吸血鬼】の整合性を取って行くと、自然と納得は出来てしまった。
レベルを簡単に上げることが出来て、かつ魔王や勇者すらも容易に倒せるなんて普通に考えて異常なのだ。
俺自身もこれはありえない力だと思っていた。
だが、あらゆる物事への”抑止力”であるからこそ過剰な強さを持つスキルだとすれば腑に落ちた。
そして、見つけ次第に問答無用で殺処分の件も理解が出来た。これほどの力を権力者が欲しないわけが無い、ということである。
世界でただ一人にしか与えられない固有スキルだからこそ、”危険”という言葉で装飾して見つけ次第に殺すことで、自らが手に入れるまでスキルのサイクルを無理やりに動かそうとしたのだ。
――あなたは選ぶことが出来ます。スキル【吸血鬼】を持ったままこの世界で生き、そして普通の人間と同じくいつしか一生を終えるか。それとも神々となり永遠たる世界の調整者の一員となるか。
神は俺に選択を求めた。俺自身が”神”になるか、それとも”人間”として生きるかを選べと言うのだ。
永遠という言葉は魅力的ではあるが……俺は別に神になりたいわけではない。
今までの俺は”復讐者”であり、そしてそれが全て終わったのであればただの”人間”でしか無く、それで良いと思っている。
それに、眷属たちを置き去りにするわけにもいかない。
このまま去ってしまえば、俺は子どもを孕ませるだけ孕ませて逃げた無責任な男になってしまうからな。
自分のした事については責任を取らないといけない。そうしなければ、俺自身が憎み恨んだ勇者たちと同じだ。
俺には俺なりの矜持と美学がある。今までも……そしてこれからもそれが変わることは無い。
だから、俺の答えは悩むまでもなく決まっていた。




