04.吸血鬼さん、好青年を助ける。
街には二日後の昼に到着した。
荷台の若者たちに「街ですよ」と声を掛けると、待っていましたと言わんばかりに勢い良く降りてあっという間に散った。
「夕方までに戻って来て下さいねー!」
若者たちの後ろ姿にそう声を掛けると、みんなが手を上げて答えてくれる。
きちんと決め事は守る子たちだから、返事をくれたということは伝えた通りの頃までには戻って来てくれるだろう。
「さて、俺は何をして時間を潰しますかね……」
肩を竦めながら、馬車を繋ぎ場に連れて行くと、夕方まで何をして過ごすかについて俺は考えることにした。
俺自身は街に用は無いし、ギャンブルや風俗と言った遊びにもあまり興味が無い。若者たちが戻り次第にすぐに帰路に着くことを考えると、酒を飲むわけにもいかない。
どうやら、ぼうっとして過ごす以外には無さそうだ。
俺は手ごろな公園を見つけるとベンチにごろんと転がった。
空高く昇った眩しいほどの太陽が、なんとも言えない温もりを降り注いでくる。
そのせいで俺は次第にウトウトとし始めた。
※
「すみません。すみません」
そんな声掛けと共に誰かが俺を揺さぶって来て、それで目が覚めた。
瞼を擦りながら「一体誰だろうか」とぼやけた焦点を合わせると、見慣れぬ男性が目の前にいた。
「あの……なんでしょうか」
「お休みのところ申し訳ありません。ただ、私もそのかなり切羽詰まっていまして、色々な人に聞き込みをしているところでして……」
「はぁ……聞き込みですか?」
「はい。実は婚約者を探しているんです。死んだ可能性が高いとは言われたのですが、ふとした時に風の噂で似たような容姿の女の子を見かけたという話を聞きまして……それを頼りにこの街までやって来たのです。しかし、ここで消息がつかめなくなったんです。藁にも縋る思いなんです」
なにやら重い事情があるようだ。
俺は努めて真剣な表情で男性に向き合った。
すると、男性は言った。
「ミーアという子なんです。美しく、そしてとても強い女の子なんです。そこらへんの魔物なんか敵ではないくらいに。……死んだなんて私は信じない。あぁ今頃どこで何をしているのか」
ミーアという名前に俺の耳がピクリと動く。
犬として調教しているあの女と同名であったからだ。
いや……特徴から察するに同名というよりも本人かも知れない。
今は弱くなったとはいえ、俺が経験値を吸う前であればとても強いというのは条件に合致するし、美しいと言うのもその通りではある。
薄紫色の髪が映える美少女だ。
この男性が言う婚約者があのミーアである可能性は高い。
ミーアに婚約者がいるという話を俺は聞いたことが無いが……あいつがその手のことを俺に教えるとも思えない。黙っていただけだろうな。
まぁ同名の他人である確率もゼロでは無いので、念のために確認は取っておく。
「……もしかしてそのミーアと言う子は、あの勇者パーティーに在籍していたミーアでは? 強く美しいミーアと言えばそれしか思い当たりませんし。死んだ可能性が高いと言うのは、世界中に広まった勇者パーティーの壊滅の報せのことかと推察しますが」
俺が淡々と訊くと、男性は今にも泣きそうな顔で肩を掴んで来た。
「――は、はいその通りです! そのミーアです! どこにいるのか知りませんか⁉」
当たりだ。この男性はあのミーアの婚約者でビンゴである。
「お願いします! 教えて下さい!」
そう懇願されても、俺は知らないフリしかしない。教えるわけがない。あいつもう俺の犬で玩具なのだから。
まぁそれはともあれ。
この婚約者の存在は間違いなくミーアを精神的に追い詰めて遊ぶのに使える。
新しい刺激は率先して取り入れていかないとな。
だが……物事には節度というものも必要である。俺はこの婚約者本人を痛めつけるようなことはしない。
この婚約者は俺に何もしていないからだ。
弄ぶ相手を見誤ることだけはしない。俺は見境のない異常者ではない。これは俺なりの矜持だ。
「すみません。勇者ミーアがどこにいるのかは私には分かりません」
「そう……ですか」
「しかし、もしもどこかで見かけましたら、あなたが探していたということはお伝えしましょう」
「あ、ありがとうございます! お願いします! お願いします!」
男性は何度も何度も地に頭を擦りつけて感謝を述べた。心底惚れて心配しているらしく、会いたくて会いたくて仕方ないと言った感じだ。
しかし、見た感じこの男性は好青年に見えるのだが、なぜミーアのような女に惚れてしまったのか。
あるいは本性を知らないのかも知れない。
ミーアは腐った性根のズル賢い女であるから、秘め事の一つや二つや三つや四つくらいしているだろうしな。
俺は声を大にして伝えてあげたい。君にはもっと良い女性がいるよ、と。
だから俺は、悪女ミーアに騙されているであろう男性の為にも、別れる際にスキル【吸血鬼】を使い”記憶を吸う”効果を発動させた。
「うっ……なんだ……あれ……私は……どうしてこんな街に……?」
ちうちう、ちうちう――と、俺はミーアに関する男性の記憶を全て吸い出していく。数秒後にはミーアのことをすっかりと忘れた男性が、怪訝そうに首を捻って踵を返していた。
惨いことはしないつもりだったが、あの女の本性を知らずに追い求めている男性を見ていると、そのままにしている方がずっと惨いと思った。
二度と会えない悪女を追いかけるよりも、全てを忘れてイチからやり直した方が良い。きっとそれが男性の為にもなる。
これは男性を救う行為でもあるから痛めつけるには該当しないし、それに、そもそも俺がミーアを弄ぶ為に婚約者関連の情報を得るのに必要なことでもあった。こればかりは避けては通れない。
「おっと……もうこんな時間」
ふいに夕日が指して、そろそろ若者たちが戻って来る頃になっていた。
俺は急いで馬車まで向かう。
すると、既に若者たちは各々の用事を済ませていたようで、全員きちんと集まっていた。
「もーセバス遅い」
「驚いたなぁセバスさんが一番最後に来るとは」
「珍しいよね。セバスさんって遅刻とか絶対にしないイメージだったから」
色々あったとはいえ、夕方までに戻るようにと言った俺自身がまさかの遅刻をしてしまうとは……。
ここは素直に謝るべきだろう。
大人の俺がこういう時に変な言い訳をすれば、若者たちも「自分に非があっても言い訳すれば済む」という風に学習してしまうからだ。
素直に頭を垂れて「遅れてすみませんでした」と告げると、若者たちは慌てた様子で次々に俺を擁護し始めた。
「セバスさんが謝る必要ないっすよ」
「そうよ。もともとは私たちが無理言って連れて来て貰ったんだし……」
「何かを言う権利は僕らには無いよね」
「頭を上げてセバスさん。私たち感謝こそすれ怒ってないわ。そんな風にされたら困っちゃう」
なんと良い子たちだろうか。俺が見本になどならなくても、きちんとした立派な人間として育ち始めている。
別に俺は親でも何でもないがこの成長に涙ぐましい気持ちになりつつ、馬車を走らせた。
あとは帰るだけだ。
そして……吸い出した男性のミーアに関する記憶を使ってミーアを弄ぶのだ。
どんな顔が見れるのだろうか?
考えただけで果ててしまいそうだ。