41.吸血鬼さん、勇者フォルドゥークと二人きりになる。
「まずは俺からだ!」
「いいや俺が先にやるんだ!」
サミュエルの登場と共に周囲が一斉に名乗りをあげる。
勝負は一曲3分一本勝負で行われるらしく、順番に次から次へとサミュエルとのバトルが始まった。
俺は一連の流れを観察した。やる事は完全トレースと決まっているが、場の雰囲気や流れも知っておかないと、そのせいで減点のような扱いを受ける可能性もあるからだ。
「さすがは親衛隊長と言われるだけある。……くそっ、俺の負けだ」
「なんて華麗で肉感的なダンスなんだ。荒々しさが俺の売りだったが……これじゃあ俺の売りがただのガサツにしか見えなくなっちまう」
「ダンスで相手のダンスを翻弄する。これがサミュエルかっ……」
勝負が終わる度に、ここの連中は熱い展開であったかのように語っているが、事の本質は男と寝る権利を得る為に男たちがダンスをしているに過ぎない。
まぁそれはさておき。俺も色々と一連の流れを把握した。
「さぁ次に僕とやり合う勇気ある者は誰だい?」
俺はゆっくりと壇上へ上がる。これが勝負をするという表明になるからだ。
「おっと……見ない顔だね。新入りかい?」
「そんなことは勝負に関係がない。さっさと始めようか」
「これは随分と威勢が良い新入りだ。僕のダンスを見ていたと思うけれど、それでも勝てると? なるほど自信があるようだね。いいだろう。君を最後の相手にしよう。――ミュージック・スタート!」
イントロが流れ始める。
徐々に音量が上がって行くにつれ、サミュエルがリズムを取り始めたので、俺も寸分違わずにトレースしていく。
「おっと……まさか僕の動きを真似しようと言うのかい? それは超高等技術だよ? 僕の動きを鏡映しになんて簡単に出来やしない。……もしも最後まで出来たら君の勝ちで構わないさ」
サミュエルは不敵な笑みを浮かべる。
ありがたいことに、完全トレースしたら俺の勝ちで良いらしい。それだけ自信があると言うことなのだろうが……まぁ今回は相手が悪かったな。
「――さぁ僕の動きにどこまで付いて来れるかな?」
「――全部だよ」
俺はサミュエルの一挙手一投足の全てを、一分の隙無くブレ無く完璧に真似ていった。
※
「なんてことだ。す、全て寸分違わずに僕の動きだった。即興の振り付けまであったのに、それも完璧に……」
よろめきながら、サミュエルはがくりと膝を落とした。
「全て真似たら俺の勝ちで良い、と君は言った」
俺がぽんぽんとサミュエルの肩を叩くと、大歓声が上がった。飛び入りの見慣れない顔が勝ったことが、それほどまでに凄いことであったようだ。
もちろん俺としてはまったく嬉しくは無い。
だが、これでフォルドゥークと二人きりになることが出来る。浚う最大のチャンスを獲得出来たのであって、その点については喜ばしいことだ。
「行くといい。この奥でフォルドゥークさまが待っている」
「分かった」
俺は悔しそうに下唇を噛むサミュエルを一瞥しながら、颯爽と奥へと向かって歩いていく。暗い廊下を突き進み、その先にあったのは一つの扉だ。
中に入ると、薄暗い蜜柑と林檎が入り混じったような光で満たされており、中央には大きなベッドが一つあった。
フォルドゥークはこちらに背中を見せたまま窓の外を眺めていたが、扉が開く音にはきちんと気づいていたらしく、ゆっくりと振り返った。
「あらら、今日はサミュエルかと思ったら……あの子負けたのね。あなた見ない顔だけれど、あのサミュエルを倒すなんて将来有望なメンズね」
「……」
「と・こ・ろ・で、ダンスは求愛の証という話は知っているかしら? 煌びやかな羽を持つ美しき鳥たちは、踊ることで相手に愛を示すのよ。私がダンス勝負をさせているのもそれに倣ってのこと。……さぁ今宵の求愛を勝ち取ったあなたをたっぷり愛してあげるわ。こちらに来なさい」
フォルドゥークはベッドの上に横たわると、くいっくいっと俺を呼んだ。
俺はそのまま近づくと、まずその顔面に一発握り拳を食らわせてやることにした。
「――はぶしっ⁉」
良い感じにフォルドークが宙を舞った。加減はしつつもそれなりに重い一撃にしたこともあり、フォルドゥークは床に落ちると共に気絶して痙攣した。




