37.吸血鬼さん、勇者ミオーネに困惑する。
次の目標に定めたミオーネだが、捕まえることはすぐに出来た。
場所は分かっており、かつ本人が周囲とは馴染もうとしない一匹狼な性格であることも功を奏し、周囲住民の目を気にせずとも怪しまれることも無かったからだ。
だが、あっさりと捕縛に成功した事実に反して、俺はどうにも困惑する事態に陥っていた。
なんとミオーネは俺の顔を覚えており、そして俺が捕縛を告げると大人しく捕まったからだ。一切の抵抗が無かったのだ。
怪し過ぎたし、それどころか、
「……とうとう、自分を迎えに来てくれたのだな。嬉しいぞセバス」
迎えに来てくれて嬉しい等と言い始めている。
自分の罪を認め、そして俺に復讐されることを望んでいたとでも言うのだろうか?
今までにない反応であり、俺は戸惑い以外の感情を抱けない。
取り合えず、ムーンディアの拠点の地下室に連れて来ているが、首に鎖を繋げても手足を縛っても暴れたり罵声を浴びせようとする様子はまるで無い。
「この首輪……」
「そういえば、俺の首に首輪を着けたこともあったと思ってな。どうだ、俺にしたことをそのまま返される気分は」
「自分がした事と同じ事を……なるほど、つまり逃がす気は無いとそう言いたいわけだ。それも嬉しいな」
一体どういう理屈で、そしてどのような思考回路をミオーネが持っているのか、俺には本気で全く見当がつかない。
おかしくなったフリをして、こちらの隙でも探っているのか?
「……そういえば、先ほどミーアの姿も見かけたが。他の勇者のことを覚えていなさそうな感じであったし、人当たりや口調に変化が見られるが、一体どういうことなのだ?」
地下室に連れて来るまでの間に、ミオーネはティティを見ている。一瞬ではあったのだが、やはり同じ勇者の顔は覚えているらしく、あれがミーアだと気付いたようだ。
丁度良い。
ミオーネには絶望を味わって貰う為に、ティティがどうしてああなったのかを言って聞かせ、そして自らもそうなるのだと言った方が良いだろう。
「そうだな。あれはミーアだ。だが、俺が記憶を奪いそして新たな名を与え、そしてご奉仕という名のえっちをさせている。他の女の勇者も同じような状態にしている。……ミオーネが最後の一人だ」
「なっ……」
ここで初めてミオーネは驚きの表情になった。
ようやくいい感じの反応が出て来たので、ここで畳みかけていく。
「ミオーネにも一生をかけてそういったえっちなご奉仕をして貰う」
「そう……か。まぁ、別に構わないが」
だが、恐らくここで絶望するだろうと考えた俺の予想とは裏腹に、全てを受け入れるとミオーネを言い出した。
今さっき驚いたような表情になったのは、一体何だったのだと言うのだ?
というか、ご奉仕要員になることになぜ反抗しようとしない。
「……怖くないのか?」
「記憶が無くなるのはそれは嫌だが、しかし、お前の傍にいられるのなら。……お前も男だから、ハーレムとかといった願望もあるのだろう。複数の女を囲うことにとやかく言う気は無い。だが、出来れば自分を最初に狙って欲しかった。最後は嫌だったな」
先ほどの驚きは、自分が最後であると分かってそれが嫌だと思ったから……?
これではまるで……その反応はまるで……。
いや、ありえない。こいつも俺を弄んだ一人なのだ。そんなことがあるわけが無い。
俺は揺るぎそうになる自分自身の心を抑えつつ、ミオーネには屈辱を味わって貰うべく、他の女の勇者たちと同じようにその体を強引に貪ることに決めた。
「……自分の体が男が好むような体型かは分からない。だが、それでも求めてくれるのであれば、好きなようにして欲しい。他の誰でも無くセバスにだけ許す」
ミオーネはおかしい。
今までの勇者たちとは何もかもが違い過ぎる。
俺は辱める為に、屈辱を味わって貰う為に襲ったのだが、ミオーネはそうした反応は行為中に一切見せなかった。
純潔でもあったようだが、それを俺に奪われたことについても、「……初めてはお前に捧げるつもりだった。その夢が叶って嬉しい」などと言い出して微笑んでいた。
その光景はさながら、まるで長い時間を掛けて、そしてようやく結ばれた恋人同士の初めての夜のようなものであった。
「ミオーネ、そういえば君はアトルの村を中心に弧を描くように転々としていたようだけれど、それは一体どういう意図が?」
「……アトルの村にお前がいると知って、だからだ。傍にいたかった。偶然を装って会おうとずっと思っていた」
そこまで言われて、俺はさすがに理解してしまった。
分かってしまった。
ミオーネは俺に惚れており、だからこその行動であったのだ、と。
「自分はどうすれば良いのか分からなかった。反応が欲しかった。他の勇者たちと同じようにすることで、それでお前は反応を示してくれるのが、それが自分にとっては喜びであった。嫌がる顔をされても、それでも無反応よりずっと自分は満たされた」
「……」
「だから、お前が自分を女として求めてくれる今が、ただただ今は嬉しくて仕方が無い。……愛してる、セバス」
――嬉しい。
幾度となく口に出されるその単語を聞く度に、俺の心は酷く掻き乱されそうになる。復讐をしているハズなのに、これでは復讐では無いような気がしてくる。
だから俺は、キスでミオーネを黙らせた。もうこれ以上は”嬉しい”を聞きたく無かったのだ。




