01.吸血鬼さん、勇者ミーアを捕獲する。
勇者壊滅の報せは後に大々的に各国で宣言され、世界を脅かす魔王討伐は、いずれ産まれるであろう新たな勇者に託される事になったそうだ。
それまでの間は世界は混沌に落ちることになる……とかなんとか言い出す人もいたが、まぁそんなことはない。
人々は以前からそれぞれ知恵と力を出し合って対処しており、今も同じようにして何ら変化は無い。勇者の気まぐれで助けられる事もあるボーナスが消えたのは大変かも知れないが、それくらいだ。
世界もいつも通りに平常運転である。
そして、俺ものんびりとした人生という目標を達成する為に、アトルという小さな村で交易の流通を担う仕事をする日々を送っている。
村の特産品や保存食などを街まで持って行き、そして帰り荷を積んで帰って来るいわゆる運送屋さんだ。
「セバスよ本当に助かる。お主が来てから流通がスムーズに行くようになった。ワシが知る限り過去数十年の中で今が一番豊かじゃ」
「ワシの育てた麦がこんなに金になるとは、夢のようじゃあ」
「年寄りたちの言う通りだな。戦える運送屋ってのもいい。俺たち農民は戦えるヤツがそんなにいない。それっぽいスキルを持っているヤツでも実践はからっきしだ」
「そうだな。道中の魔物を考えれば運ぶだけでも命がけだし、安全を確保するなら高い金を払って護衛を雇わないといけない。セバスは一人でなんでも出来るのに、高い金も請求して来ない。お陰で俺たちは蓄財も出来るようになった」
俺が来てからいつも笑顔でいられるようになった、と村民から常々感謝されるが、俺の方こそアトルの村には感謝したい気持ちでいっぱいだ。
今まで色々な田舎村には寄って見たが、どこも客としては歓迎されても住民になりたいと言うと難色を示されて来た。
そんな中、流れ者の俺を一切疑うことなく「住みたいと言うのであればこの村に住むといい。拒む理由は何も無い」と受け入れてくれたのがこの村だった。
村民が笑顔でいられるのは、俺が何かしたからではなく、元々の気質が優しいからに過ぎないのが分かる。
温い木漏れ日のような時間が過ぎるこの村が俺は大好きだ。だから、このままここで穏やかに一生を過ごしたいと思っている。
しかし――とある日に俺は予期せぬ人物と出会う事となり、そして己が内のドス黒い衝動に突き動かされることになる。
※
その日いつも通りの仕事をしている最中であった。街と村を結ぶ街道で、俺の操作する馬車の前で顔を隠した一人の盗賊が現れた。
「――荷物を全て置いていけ!」
田舎の村にだけ繋がる街道ゆえに、魔物は出るが盗賊は何気に珍しい。
それも声が女のものだ。
これが単なる魔物であったのならば有無も言わさずに消し飛ばすのだが、少し興味がそそられた。
「死ね!」
盗賊が俺に飛び掛かって来る。普通の人から見れば早い方かも知れないその動きは、しかし俺の目には止まっているようにしか見えない。
「威勢が良いのは口先だけか。弱すぎる」
現在の俺は全てがおかしい領域に達していることもあり、集中すれば時が止まったような感覚に身を置くことが出来た。
俺は俺にだけ許された止まったような時間の中で、ゆっくりと余裕を持って盗賊を縛りあげた。
「なっ⁉ 私が捕縛されてる⁉ 今の一瞬で⁉」
「……こんな田舎に盗賊とは一体どういう了見だ?」
俺は盗賊が顔を隠す為に巻いている頭巾を剥ぎ――その下にあった顔に目を丸くした。なんと、この盗賊は勇者パーティの一員のミーアだった。
「……お前ミーアか。勇者パーティーの」
呟くように俺が問うと、ミーアも俺が誰かに気づいたらしい。「あっ」と声を上げた。
「あ、あんた確か玩具のっ――お、おぇぇぇ」
生きていたと知った瞬間に、俺の中の復讐心が一気に復活し燃え上がった。
無意識のうちに握り拳を作ると腹を殴った。
すると、めり込むような音と共にミーアが嘔吐した。
「っっうぇおぇぇ……げほっ……げほっ」
「まさか生きていたとはな。嬉しい誤算だ。……他にも生きている連中はいるのか?」
「……」
「どうした答えろ。……うん?」
ミーアの様子がおかしい。よく見ると気絶していた。
俺の一撃が重すぎたようで、嘔吐しきると同時に意識を失ったらしい。
ついつい力を入れ過ぎてしまったようだ。
「ちっ……」
俺は舌打ちしながらミーアを担いだ。
早急に起こして尋問を始めたいが……村の人たちに見られるワケにも行かない。
「……洞窟を使うか」
街道の途中の脇道に逸れ、しばらく入り組んだ山道を歩くとそこには小さな洞窟がある。
山を一つ越えた先にある別の村に荷物を運んで欲しい、と以前に村長に頼まれた際に道中で偶然に見つけた秘密の場所だ。
小さな部屋二つ分くらいの広さの洞窟で、入口が極端に狭く屈まないと入れない為に、魔物が入って来て荒らされる恐れも無い場所でもある。
ひとまずミーアをそこに放り投げ、一旦仕事を終わらせた報告をしてから楽しむとしよう。