14.吸血鬼さん、一挙両得の案を思いつく。
「どうやってサザンを起こそうかな。……そうだ」
ただ起こすだけでは芸が無いということもあり、俺はふと目についた腐朽した木材に湧く蛆虫をピンセットで摘まむと適当な器に乗せた。
「だ、旦那さま……何を……?」
ティティが鼻をつまみながら眉をひそめている。
俺が何をしようとしているのか察してはいるが、気持ち悪すぎて目に入れたく無く、それゆえに本気でやるつもりなのか半信半疑らしい。
気持ちは理解するが、復讐に関しては常に本気なのが俺だ。やるに決まっている。
「勇者サザンにとびきりのディナーを与えようと思ってね」
蛆虫が容器一杯になった所で、俺は朗らかに笑いながらサザンに近づく。そして、容器の中に入れた蛆虫を再びピンセットで摘まむと――
※
「う゛ぇぇぇ゛え゛ぇぇぇっ‼」
サザンの汚らしい悲鳴が響くと同時に、床に巻き散らかった蛆虫が蠢いた。
「勇者サザン、君の為に用意したディナーを吐き出すとは失礼だね」
ようやくお目覚めになったサザンに俺はそう問いかける。すると、サザンは呼吸を荒くしながら俺を見据えた。
「な、なんだここはっ……誰だお前はっ……そして私に何を食わせたっ⁉」
サザンは事態が良く分からず混乱しているようで、どうして自分が今の状況にいるのかの推測すら立てられないようだ。
これがあの【賢の勇者】かと思うと……嬉しくて仕方が無い。
レベル減少に伴いスキルの補助が消えれば【賢の勇者】とてこの程度でしかなく、そしてここまで陥れたのが他ならぬこの俺なのだ。
ある種の達成感が込み上げては来たが、しかしこれだけで俺の留飲が下がりきったりなどはしない。まだまだ復讐は始まったばかりである。
さしあたってはまず俺のことを思い出して貰いたいが……その前に注意事項を伝えて置かないといけないな。
「勇者サザン、沢山のご質問して頂いたのは結構なのだが、君は一つ勘違いをしている。この場で質問をしても良いのは俺だけだ」
俺がピンセットで新たな蛆虫を摘まむと、サザンは「うっ」とのけぞりながら口を閉じた。
ここまでして、ようやく何を先ほど口に入れられたのかに気づいたようだ。そして、俺の機嫌に自身の全てが委ねられていることにも。
「さて、勇者サザン。君は俺のことを覚えていないようだが、俺は君のことを良く覚えている。……君は俺を痛めつける為の様々な方法を考案してくれていたね。そして自分の考えた弄びで苦しむ俺を見て笑い転げていた」
「私が弄びを考案――まさかセバスか、お前あの荷物持ちのセバス」
「思い出してくれたようで助かる。そうでなくては復讐のしがいも無い」
「復讐? 復讐だと? そういえば、ミーアもなぜそんなメイド服でセバスに付き従うような真似を……? セバスお前は一体何をし――」
「――質問をしても良いのは俺だけだ、と言ったハズだが」
俺がセバスだと気付いた瞬間にサザンが調子に乗り始め、最初の俺の注意を忘れたようなので取り合えず腹を一発殴った。
「が、がはっ……ぐふっ……」
力の加減はしたが、それでもひ弱なサザンには堪えたようで、痛みに耐え呼吸を整えるので精いっぱいになっている。
少しは立場を理解してくれていたと思っていたのだが、やれやれだ。まぁ良い体で覚えて貰うとしよう。
※
存分に痛めつけ蛆虫も使って苛めてやった結果、サザンが逆質問をしてくる事は無くなった。
だが、それと同時に俺の質問に答えることも無くなった。
時折にティティの方を見ては助けを請うような目はしたが、「気持ち悪いのでこちらを見ないで下さい」と言われ何の意味も無いと分かると、その瞳から光を消していよいよ本格的にただの置物も同然となる。
「勇者たちはレベルが急に下がる謎の現象に悩まされていたそうだが……【賢の勇者】の君なら、何か対策や原因を思いついたりはしなかったのかな? 後学の為にも教えて欲しい」
「……」
「君からの質問は禁止したが、俺の質問には答えて貰わないと困るのだがね」
「……」
根性があると言うべきか、それとも単に全てを諦めた状態なのか。
本人では無いので何を考えているのかは分からないが、しかし、こうも反応が無いとなるとこちらとしては何も楽しく無い。
絶望した顔や慟哭が聞けず少々物足りないが、ここらへんで記憶を吸って始末をつけても良いのかも知れない。
「色々と聞きたかったのだが、こうもだんまりを決め込まれると俺も疲れて来る。……仕方ない。君を殺して次を探すとしよう。そういえば、君は気絶する前にユスハがどうのと言っていたね。そのことも聞きたかったんだが……これでは答えてくれなさそうだ。まぁいい。近くにいるのかも知れない。次はユスハを標的に――」
と、俺が言ったその時であった。”ユスハ”という単語にサザンが反応を示し、涙を流しながら次のように言った。
「や、やめろ。許して欲しい。謝る。私を殺すのも構わない。だからユスハだけは」
今まで何も言わなかったサザンが、急に一体どうしたことか? 仲間を想っての言動……というわけでは無さそうだ。
純粋に仲間を助けたくてと言うのであれば、ティティに対しても同じような自己犠牲を発揮していないとおかしいからである。
サザンはティティについて幾らかは気にしたが、こういう風に食い下がるような事は無かった。
もしかすると、サザンはユスハに仲間以上の感情を抱いているのかも知れない。
俺は顎に手を当てながら、以前にティティから吸い出した記憶を再び眺めてみることにした。
勇者関連の記憶以外は全て破棄しているが、サザンとユスハについては勇者なので当然残っている。
そこで、俺はある面白い事実に気づく。
俺を捨てて以降レベル減少に悩む勇者パーティーであったが、その中でサザンは人知れずユスハのことを気に掛けていたようなのだ。
注視しなければ分からないので見落としていたが、ティティの視界の端に時折に映るサザンはいつもある方向に視線を向けており、そこには必ずユスハがいた。
恐らくサザンはユスハに惚れている。
そして、ユスハもサザンのことを地味に気に掛けている様子があり、つまり二人は両片思いのような状態であったようだ。これは面白い情報だ。
俺は諦めかけていたサザンの絶望の表情を見つつ、同時にユスハに対しても復讐を成しえる一挙両得の案を思いつく。
ユスハを探し出してサザンの目の前で――あぁ、考えただけでゾクゾクして来る。




