12.吸血鬼さん、勇者サザンと遭遇する。
何らの苦も無くルヴィグの街に到着した俺は、ティティに安物ではあるが暗器を幾つか買って渡し、近隣で魔物を倒してレベルアップに務めるように伝えた。
魔王の領土内は魔物や魔族が多いとされており、こういった緩衝地帯付近はレベルを上げるには便利が良いのだ。
行き交う人々に冒険者が多く見えるのだが、それも経験値や素材を得ようとする冒険者が多いからである。
とはいえ……ティティはもうレベル100を越えていることもあり、よほどの難敵で無ければいくら倒してもそう簡単にはレベルが上がらない。
勇者パーティーにいた時のように、人々が一種の災害と認識してしまうような敵を倒してどうにかと言ったところか。
まぁ雀の涙ほどの経験値であっても、稼ぎやすいのであれば稼いで貰うのにこした事は無い。
千里の道も一歩からであり、ついでに素材等を剥いで売って貰えれば路銀の足しにもなるので丁度良いと言うのもある。
「というわけで、ティティは今俺が言ったようにするように」
「かしこまりました。……ところで、私が魔物を倒している間旦那さまは何をされるおつもりでしょうか?」
「俺はサザンの消息を探るつもりだよ」
「左様でしたか。……良い結果が出ることを陰ながら私もお祈りいたします」
協力させる都合もあって、経緯は伏せたもののティティにも俺の”勇者への復讐”という目的を教えている。
ティティは自身が勇者のスキルを持っていることで、自分自身も対象である可能性にも気が付いたようだが、そのことを心配をするのでは無く「そうであるのならば、ぜひ折檻を」とせがんで来た。
もうティティへの復讐は完遂も同然であるので、”ティティは対象外”という旨は伝えたものの、なぜか残念そうにされるという……。
仕方ないので、お尻ぺんぺんをしてあげたところ大変喜ばれた。意外とティティはMっ気があるのかも知れない。
まぁそれはともあれ、お互いの役割は定まっている。夕方に再び合流することに決め俺はティティと別れた。
※
「勇者サザン? そういえば、半年くらい前までは偽物がこの街にいたような気は……」
「偽物……?」
「はい。なんでも魔王の領土に入るのに護衛が欲しいとかで、『勇者サザンに助力する者はいないか』と言って回っていた人がいました。ですが、勇者パーティーは壊滅したという話もありましたし、本人に勇者のような凄さも無かったのでサザンの名を騙る偽物ではとなりまして。まぁ顔は似ていたような似ていなかったような……時間が経つと色々と記憶もあやふやになりますから」
「なるほど……。それで、その偽物のサザンはその後どうしたのですか?」
「偽物に違い無いというのが大方の見解でしたし、そもそも元ネタの勇者パーティーも良くない評判も多かったと言う噂が当時流れて来ていまして、ほとんどの者は助力しませんでしたが……一部信じてしまった純粋な若者もいたようで、その者達を護衛に魔王の領土へ入って行ったようです。その後は分かりません。逃げ帰っているかも知れませんね」
昼時の閑散とした酒場の主人に話を聞くと、そんな回答があった。
街の人からは偽物と見られてたいたようだが、その言動から察するに間違いなく本人だろう。
弱いのは俺のスキルの効果によるものであるし、魔王領へ行こうとしていたという点もティティの記憶と一致する。
どうやらサザンはこの街に滞在していたようだ。ただ、境界線を越えて魔王の領土に踏み入って以降の動向は分からなくなっているようだが……。
「まぁ仮に偽物のサザンがこの街に戻って来ていたとしても、本人が言い出さない限り誰にも分かりません。そもそも勇者の顔ですらもう人々は忘れていますので、偽物の顔なんてとても覚えていませんよ」
酒場の主人はそう続けたが、まぁそれはその通りだ。
何かしらの強い感情を抱かない限り、見る機会が無くなれば他人のことなど記憶から薄れていくのが普通である。
勇者パーティーのやりたい放題に苛立ちを持っていたり、多少は恨みに思っていた人達もいただろうが、壊滅したということで留飲を下げた者も多そうだ。そうなれば忘れていく。
拷問も同然な行いという直接的な被害を恒常的に受け、そして復讐心を抱いた俺だから全員の顔を決して忘れずにいられる。
だが、それにしても……”落ち着くまでは表舞台に出ない”という話に勇者たち一同はなっていたハズだが、まだ微妙な時期であった半年前にサザンも良く名を出したものである。
レベルが下がった状態で一人魔王の領土へ入るのを躊躇った結果の、苦肉の策と言うところだろうか?
金で雇える傭兵にしなかったのは、万が一にも反旗を翻され殺され全てを奪われることを危惧した為か。
それともティティのように金が無くなっていたか。
まぁいずれにしろ、ここでサザンの足取りは一旦途絶えた。
後は魔王の領土へ入って探すしか無い――と俺はそう思っていたのだが、しかしながら案外簡単にサザンと遭遇することになる。
※
夕方になりティティと合流を果たした俺は、何やら大きな袋を渡された。
一体何だろうかと思い袋の中身を確認してみると、大量の銀貨銅貨と僅かにだが金貨もいくらか入っていた。
「旦那さまの指示通りに動き、レベルアップの為に魔物を狩りながら素材を取っては換金しましたらこのように……」
どうやら、俺に言われたことを忠実にこなした成果のようだが……想像以上に稼げており、これならば路銀の足しどころか一カ月は質の良い宿に泊まることも出来そうな程だった。
一日でこれと言うことは、毎日やらせていればそこそこ金持ちになれそうだ。俺はそこまで金に執着しないが、不労所得だと思うと悪くはない気分である。
「レベルは上がりませんでしたが……がんばりましたので」
ティティはおずおずとしながら俯くと、頭上を俺に向けて来た。
これは撫でて欲しいというサインだ。
頑張ったことには俺も異論が無いということもあり、レベルが上がらずともご褒美としてティティの頭をなでなでしてやることにした。
「よしよし」
「ふふ……」
嬉しそうに両手を頬にあてるティティを眺めつつ、さてはてと俺は今日の宿を探すことにした。
と、その時である。
ふいにすれ違ったフードで顔を隠している何者かが、こちらを見て「あっ」と声を上げると慌てて近寄って来て、そしてティティの前で止まった。
「ミーア⁉」
ティティのことをミーアと呼ぶ何物かは、被っていたフードを取り素顔を晒した。
「あの……あなたは一体……」
知らない人だと怪訝に眉をしかめたティティの横で、俺は思わず口角が上がるのを抑えきれなかった。
なんという偶然か。
フードの下にあった顔が、俺が探し求めていた人物のものであったからだ。
――サザン。サザン・グッズェがそこにいた。




