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10.吸血鬼さん、少女の心が分からない。

 翌日になって、俺は村長の自宅を訪ねると村を出ていくと伝えた。


 詳しくは言えないが個人的な事情があることを述べ、俺の代わりとしてルードに白羽の矢を立てて馬車の扱いを教え、道具を使いレベルを上げて道中も一人でなんとかなるようにしたという説明も行った。


 村長は黙って最後まで話を聞いてくれた。そして、最後に一滴の涙を流した。


「去った後のことまで考えてくれたことに感謝こそすれ、引き止めはせん。薄々は察しておった。お主のような出来た青年がこんな辺鄙な村に来るのは何か訳アリなのだろう、と」


「村長……俺はこの村が大好きです。村の皆のことも家族のように思っています。ですから、どれくらい時間が掛かるか分かりませんが、もしも全てが終わったのなら……また戻って来ても良いでしょうか? 来るなと言うのであれば二度と顔はお見せしません」


「お主が村の皆を家族のようだと言ったように、村の皆もまたお主のことを家族のように思っておる。であればこそ、もうこの村はお主の郷里じゃ。戻って来ることに何の問題もありはせん。……待っておるぞセバスよ」


 ――もうここは俺の郷里。村長のその言葉が、俺の胸の奥底にじんわりと沁み込んで来る。


「……ありがとうございます」


 俺は感謝の言葉を口に出してゆっくりと頷き――その時であった。

 がしゃん、と金物が床に落ちる音が響き渡り、俺と村長は同時に音がした場所を見た。


「今の話……なに?」


 そこにいたのはコゼットである。

 どうやら、俺と村長の話を偶然にも食事を運んでいる最中に聞いてしまったらしい。

 床に転がっていた金物は鍋であり、その中身がぶちまかっている。


「セバスが……いなくなっちゃうの?」


 コゼットはなぜか激しく動揺しているようで、そのまま涙ぐんで走り去った。

 俺は一瞬呆気に取られる。

 しかし、様子がおかしいコゼットをそのままにも出来ないので、驚いたままの村長に一旦会釈をして慌てて後を追いかけた。





 俺は身体能力が異次元の領域ということもあり、すぐに追いついた。夕焼けに吹いた風になびくコゼットの亜麻色の髪に鼻先をくすぐられつつ、ひとまず肩を掴んで止める。


「コゼット……どうしたのですか急に」

「だって……」


 俺が理由を問うと、コゼットは俯いてひっくひっくと泣き出した。こんな時にどうすれば良いのかが俺には分からない。


 取り合えず抱きしめて背中をさすってみる。すると、効果があったらしく次第にコゼットが落ち着きを取り戻し始めて、ぽつりぽつりと喋り出した。


「……嫌だよ、セバスがいなくなっちゃうの。街にも行けなくなっちゃう」

「それは大丈夫ですよ。当面はルードに託しましたから」


「ルードは頭が悪いからすぐ大変なことになるよ」

「そんなことありませんよ。意外と真面目で素直ですからルードは」


「……ルードじゃ私のワガママ聞いてくれないよ。セバスは困ったような顔するけど、最後にはちゃんと聞いてくれるもん」

「素直に『お願い』と言えばルードも邪険にはしませんよ。皮肉を言ったりするのを少し控えましょう。コゼットは可愛いですから、ルードも素直に言われればお願いを聞いてくれますよ」


「……可愛い? 私可愛い?」

「はい」

「じゃあそんな可愛い私を置いてどこかへ行ったりしないでよ……」


 いつもワガママなお願いをしてくるのがコゼットだが、今日はいつにもまして食い下がって来る。俺の胸でずっと泣き続けている。


 いつの間にか……随分と慕われてしまったものだ。恐らくコゼットはお兄さん的な存在がいなくなる事が嫌なのだろう。


 村には俺と同じくらいの年の大人がおらず、コゼットは一人娘である。


 周りはお爺ちゃんお婆ちゃんか、父親と母親くらいの年齢の人かあるいは同年代の少年少女ばかりであり、兄や姉に該当する年齢の者は俺しかいないのだ。


「セバスと離れ離れで一生会えないなんて嫌だよ……」


 だが、コゼットは一つ勘違いをしている。だから俺はそれを訂正することにした。


「何かおかしな勘違いをされているようですが……用事が済めば俺はここへ帰って来る気でいますよ?」

「……え?」

「何年か掛かるのか、あるいは予想しているよりも早く終わるのか……それは分かりませんが、すべきことが終われば俺は帰って来ます。村長もそれで構わないと言っていました。この村はもう俺の故郷なのだから、と」


 俺がそう言うと、コゼットはポカンと口を開いて瞬きを数度繰り返した後に、急に顔を真っ赤に染め上げて横を向いた。


「そ、そう……戻ってくるんだ。ちゃんと」

「はい。用事が済めば。それにしても、コゼットにまさかここまで慕われているとは……」


「私の気持ち……気づかれちゃった」

「えぇ。まさかお兄ちゃん子だとは」


「……へ?」

「兄のような立場の俺がいなくなることで取り乱すなんて、お兄ちゃん子以外には考えられません」


 俺が肩を竦めて息を吐くと、コゼットがなぜか睨んで来た。そして俺の横腹を一回小突くと、ぷんすかと怒りながら自宅の方角へ歩いて行く。


「馬鹿馬鹿馬鹿!」

「コ、コゼット……?」

「怪我とかしないで元気に帰って来てね! 待ってるから!」

「は、はぁ……」


 表情や態度がころころと変わるのは、年頃の娘だからだろうか?

 コゼットは確か今年で15だ。

 その辺りの年の女の子は何を考えているのか、俺には良く分からない。


 怪我をしないようにと心配してくれているのだから、そんなに怒っていないのだけは理解出来るが……。


 まぁ何はともあれ、後ほど村長の家に様子を窺いに行くと、コゼットは泣きじゃくっていたのが嘘のようにいつも通りになっていた。


 少しだけ騒いだことを恥ずかしそうにはしていたが、それぐらいだ。驚いていた村長も深い安堵のため息を吐いていた。


 騒動はこれにて解決といったところだろうか。

 俺は家に帰ると、出立の準備を進めつつ夜にはティティのご奉仕を受けることにした。


「……旦那さま?」

「どうかしたかな?」

「いえ……なんでもありません」


 ご奉仕を始める直前に、ティティがなぜか鼻をひくつかせる。体は洗っているし別に臭くは無いと思うので、理由は良く分からない。


 きっとたまたまだ。現に翌日のご奉仕の時にはティティは匂いを嗅いで来ず、何かを気にしたような様子は消えていた。

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