昔のはなし
わたしには、愛しの愛しのダーリンがいた。
まるで造り物のように整った顔に、細身だけどしっかりとした体つき。
サラサラした綺麗な赤髪を靡かせて剣をふるう姿はまさにヒーローで、多くの人の心を奪う。
わたしもその「多くの人」のひとりで、でもちょっと違うのは、わたしの存在は彼にとって「悪」だったってこと。
それでもわたしはどうしようもなく好きになっちゃって、猛アタックして、彼も呆れた顔をしながらも返事をしてくれるようになった。
でも、わたしはその愛しのダーリンに殺されてしまった。
ことの発端は、彼が団長を務める騎士団の人たちが次々と毒によって倒れたこと。
幸い亡くなった人はいなかったものの、多くの騎士の人たちが倒れたせいで攻め入ってきた敵国に多くの国民がケガをした。
国民の中には亡くなった人もいて、その事件の首謀者がわたしだと疑われた。
言っとくけど、わたしは悪の存在って言っても極悪非道なことをしてたわけじゃなくて、偉い研究者に頼まれてちょっと魔力を込めた薬を作ってただけなのよ。
その薬が何に使われてるかは知らされてなくて、聞こうとすれば必ず傷をつけられるから聞くのをやめて、ひたすら薬を作る日々。
だからわたしが疑われるのも無理ないけど、本当にやってない。
騎士の人たちが倒れる原因になった毒はわたしの知らない種類のものだったし、わたしの魔力は一切込められてなかった。
それでも一度ついたイメージは恐ろしいもので、騎士団長である彼がわたしに剣を向けた。
やってない、と言った。
だけど、彼があまりに苦しそうに、辛そうに顔を歪めてるから、わたしはそれ以上なにも言えなくて。
むしろ、わたしを殺すことで彼が楽になるなら。
どうせなんの楽しみもない人生なら、いっそのことこの人に殺される方が幸せかもしれない。
そう考えたわたしは、振り上げられた剣を見上げて、目を閉じた。
完全に意識がなくなる直前に、初めて彼に名前を呼んでもらえた気がして、わたしは結果幸せな気持ちで人生を終えた。