6.やっちゃったアリエル
教会から帰宅した父親のキースと母親のアーシャは長男のギルと長女のエマをベビーベッドに寝かせます。リビングでお茶を飲みながら二人で「疲れた、疲れた」と言いながらグダグダしています。もちろんスマイル定食は休みです。
それでもアーシャは子供たちのことを、放っておくことはできません。長男のギルの様子から見に行きます。スヤスヤと寝息を立て幸せそうに寝ています。そのままエマの様子を見に行きます。部屋のドアを開けると、予想外の出来事に自分の目を疑います。部屋の中で、可視化したアリエルが剣を抜いて立っているのです。しかも、エマのベビーベッドのすぐ横で窓の外を睨みながら。
元冒険者のアーシャは我に返ると直ぐにベビーベッドのエマを抱き上げ庇いながら部屋の隅に退避します。
アーシャの守護天使の智天使マリンが慌てて現れアリエルの背後に跪きます。
「姫様、どうされたのですか?」
「そなたの名は?」アリエルは外を睨んだまま聞き返します。
「マリンと申します。階級は智天使です。」
「そなたには、外にいる堕天使の気配がわからぬのか?エマが危険ではないか。」
「もちろん気配は感じます。しかし大丈夫なのです。天使は人間に危害を与えることはできません。」
マリンは慌てて説明します。それを聞いていた母親のアーシャが手の平を向けて言います。
「アリエル王女様、その剣で私の手の平を切ってみてください。」
その手を見て、アリエルも理解できました。確認する意味で手の平にスッと刃を入れます。しかし、霊的な剣では刃が手の平を素通りするだけです。
「なるほど、そういうことじゃな。」
アリエルは剣を鞘に収めます。その気配を感じ取った外の堕天使もいなくなりました。
「天使同士ならお互い霊体なので、互いの剣で危害を与えられます。そして、天使も魔力で実体化すれば人間に危害を与えられます。しかし大量の魔力が必要なのと、堕天使は魔力を与えてくれる人間がいないので、その可能性はほとんどありません。」
「妾は今日、トールソン枢機卿から魔力を貰ったが、あれで実体化は無理なのか?」
「無理ですね。可視化を維持する程度しかできません。」
「そうなのか。しかし、実体化ができるのか。試してみるか。魔法のコマンドを教えるのじゃ?」
試そうとするアリエルをアーシャとマリンが諫めます。
「姫様、いけません。エマはまだ生まれたての赤子です。大量の魔力を使ったらとても危険です。」
でも、アリエルは不思議に思いました。エマの体にはアーシャ並に魔力が溢れています。アリエルは、このことを聞いてみます。
「アーシャ、妾にはエマが十分な魔力を持っているように感じるぞ?」
それは、アリエルに言われるまでもなくアーシャもマリンも気付いていました。
「はい、私もそう思います。」アーシャが答えます。
「そうなのか?」ちょっと拍子抜けです。
「ただ、先程も申し上げましたがエマはまだ生まれたての赤子です。無理はいけません。」
マリンはアリエルを諭します。
「まあ、そうじゃな。」
単純なアリエルは「エマは将来が楽しみじゃなぁ。」とエマを見て喜んでいます。でも、アーシャとマリンは神が関与している理由が分かる気がしました。
この会話をしている最中も、外からしょっちゅう同じ堕天使の気配がします。アリエルが気になりマリンに尋ねます。
「さっきから外が煩いが、いつもこうなのか?」
「いいえ。こんなことは、これまでありません。」
「なら、今日はなぜじゃ?」
「それは、神がエマのために王族の姫様を守護天使にしたことが町中で噂になっているのです。それで、調べに来るのでしょう。既に、堕天使からサタンへ報告されていると思います。」
マリンが端的に答えます。
それを聞いたアリエルは顔色を変えます。
「マリン、それって、非常にまずいのではないか?」
「恐れながら申し上げます。もちろん、非常にまずいことです。姫様は時間通りに降臨して階級と名前だけ名乗って粛々と守護天使になるべきでした。学校でも習ったはずです。」
アリエルの顔色が更に悪くなります。学校では体育と剣術と給食とクラブ活動のバスケ部以外、寝ていたアリエルはもちろん知りません。
「更に申し上げます。先ほど王妃様より連絡があり、神と王と王妃は常に姫様を監視しているそうです。あと、王妃様からのテレパシーフォンは無視するな、とのことです。」
アリエルは吐きそうになりました。
「あー、あー」
エマがアリエル頑張れと応援しているようでした。
「大魔王サタン様、お耳に入れたいことがございます。」
地国の宮廷で玉座に座る大魔王サタンにデズモンド帝国のノリス領土から戻った堕天使の臣下が報告に来ます。サタンは世界中に堕天使の臣下をスパイとして派遣しています。
「何だ、言ってみろ。」さして興味もなさそうに命令します。僻地の貧しいデズモンド帝国など興味がなかったのです。そして、そのような国に派遣される臣下も無能ばかりです。予想通り、要領を得ない報告にサタンも苛ついてきます。
「もう、いい。黙れ。要は、1周間前にエマという女の赤子が生まれ、神がその赤子のためにアリエルという王女を、守護天使にしたんだな?」
「はい、そのとおりです。」
「わかった。もう、よい。下がれ。」
無能な臣下を下がらせます。
サタンは、人類の始祖となるアデム王に、天使の王である自分を選んだのを思い出します。
「王族を守護天使にしたと言うことは、エマが人類の始祖になると言うことか?」
「まさかな。」
自分で自分の考えを否定します。それでも、気になるサタンは臣下の中からエリート2名をデズモンド帝国のノリス領土に派遣してエマとアリエルを調べさせます。
大魔王サタンは天国から追放され地国を創造しました。天国に似せて、とても美しい世界です。天国より劣化版ですが、生命の実を原料にした聖気も満ちています。醜い悪魔が徘徊し、血の池だの地獄の業火だのとはほど遠い世界です。そのような醜い世界は大魔王サタンの美的センスに相応しくありません。
また、大魔王サタンのように神に裏切られたと感じた天使も多くいました。更に、サタンにやり込められた神に失望した天使も多くいます。そのような天使たちと、元熾天使ルーファス王の忠実な家臣たちは、サタンと共に堕落して堕天使となりました。堕天使の数は天使全体の3割です。
大魔王サタンは神とのタイトル防衛戦を予感しました。