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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

機械世界は忘れられたい人々を食す

作者: 砂鳥 二彦

 小野町刀我は気付けば見知らぬ部屋にたたずんでいた。


 それまでは確か洗面台に立ち、憂鬱な登校に備えていたはずだった。


「ここはどこだ?」


 刀我はありきたりな反応をしてしまいつつ、周りを見る。


 刀我の周囲には3人の男と1の女性がいる。


 見知らぬ天井の部屋はコンクリートのような材質の壁と床と天井をしていた。灰色の立方体の中、といった表現がしっくりくるだろう。


 天井には部屋を照らすライトが1つあり、部屋に明かりとかげを作っていた。


「ここはどこだ? お前達は誰なんだ?」


 次に慌てて声を出したのは大柄な男だ。上下が青いジャージで竹刀を持ち、体育教師といった風貌だ。


「さて、妙な場所に来たようですね」


 そう飄々(ひょうひょう)とした態度を取っているのは、刀我と同じくらいの歳の男性だ。


 男の目は細く糸目で、肌は色白、黒い髪をした優男やさおとことでもいうのだろうか。


「な、なんなんでしょうか?」


 1人だけピンク色の動物が刺繍されたパジャマで、眠そうな顔と寝癖がひどい少女が慌てていた。


 少女はブロンドの髪を跳ねさせ、誰よりも低い。垂れ目が印象的で柔和な顔の造りをしていた。


「み、皆さんは!? ともかく落ち着いて」


 冷静を保とうとしている男性は制服で一目見てわかる。その男は警察官だ。


 キッチリとした制服と勤勉そうな顔をしていて、警察の持つ装備は標準的なものだった。


 皆がワケもわからず自問と他問を繰り返すうちに、冷静を取り戻しつつあった。


「ここに来た覚えがあるひとはいますか?」


 落ち着いたところで状況判断をしようとしたのは、警官だった。


「僕は知らないですね。皆さんはどうですか?」


 更に話を促したのは、糸目の男だ。


「ま、まずは親交を深めるために自己紹介などしてみてはどうでしょうか?」


 そう言ったのは少女だった。


「名前か? 俺は郷田ごうだ折尾おりおだ。そこの目つきの悪い兄ちゃんは誰だ?」


 体育教師、折尾は刀我に名前を聞いてきた。


 刀我は見ての通り、目つきも悪ければ髪もワルらしく茶髪だ。どちらも生れつきなのだが、勘違いは減らない。そのため、第一印象はいつも最悪だ。


「俺は小野町刀我だ。名前は刀に我。気安く呼んでくれ」


 刀我は自己紹介をしながら精一杯の笑顔をする。


 しかしどうやらかなり緊張していたらしく、非常に歪んだ笑顔になってしまった。特に少女は驚いた顔をして距離を取った。


 非常に傷つく反応だ。


「では私も名乗りましょう。私は警察官の奥上正吾です。よろしくおねがいします」


「僕は有馬アキラ。アキラはカタカナで、よろしく」


 警察官の正吾は型通りの挨拶をして、糸目のアキラは気軽に話しかけた。


「それじゃあ、まずは状況を確認させてくださいね」


 実況見聞のように進行役を務めたのは、警察官の正吾だった。


「私は交番で待機中にこの場所に……。来た方法は皆目見当付きません」


 警察官の正吾は、申し訳なさそうに語った。


「僕も同じだよ。教室にいる間に、急にここへ」


 糸目のアキラは普通にそう話した。


「俺は体育館の倉庫だ。倉庫の整理をしていてな……」


 体育教師の折尾はそう告げた。


「あ、名乗りがまだでしたね。私は浜野マリア。私は目覚めてすぐだったので、この通りなのでして」


 マリアは名乗り忘れたのを思い出していた。


「俺は洗面所で朝の支度をしていた。皆と同じようなものだ」


 刀我は皆の最後に事情を説明した。


 そうして自己紹介と状況説明が終わった後、しばらく沈黙が続いた。


「私たちは一体誰に連れて来られたのでしょうか」


 最初に切り出したのは少女のマリアだった。


「そんなの決まっている。そこの目つきの悪い奴の仲間だろ!」


「おい、決め付けるなよ!」


 刀我は体育教師の折尾にあらぬ疑いをかけられ、否定した。


「落ち着いてくださいよ。連れて来たのなら、ここにいるはずがないでしょうに」


「うるさい、糸目! どうせお前もこいつの仲間だろ!」


「い、糸目って。人の気にしていることを」


 体育教師の折尾は刀我に食ってかかる。非常に危険な空気を感じた刀我はついポケットに手が伸びてしまった。


「こいつ、ポケットに何かを隠してやがる! 凶器だ!」


「ポケットに手を入れたくらいで騒ぐなクソ教師!」


 不穏な状況になりつつあるのを感じたのは、どうも刀我だけではなかった。


「どちらも止まりなさい! 撃ちますよ」


「!?」


 場を治めるためなのだろうが、警察官の正吾はいきなり拳銃を抜いて2人に銃口を向けていた。


「お、落ち着けよ」


 体育教師の折尾が怯えながら後退りする。それは刀我も同じだった。


「そうです。2人は距離を取って、そして刀我君はポケットの中のものを正直にだしてください」


「あ、ああ」


 刀我がポケットから出したのは、折りたたみ式のナイフだった。


 体育教師の折尾はやはり、と顔を怒りに歪め。警察官の正吾は真剣な顔をした。


「銃刀法違反ですね。何故これを?」


「俺は臆病なんだ。これはお守りみたいなものでね。その証拠にこれはペーパーナイフだ」


 刀我は皆に見せながら、ゆっくりとナイフを開き、刃に指を押し付ける。


 それでも刀我の指から血が出なかった。


「わかりました。今回は特別に見逃しましょう。没収も考えましたが、見逃します」


「いいのか?」


「私も昔は人に言えないくらいやんちゃな時期がありましたからね」


 警察官は拳銃を仕舞いつつ、苦笑いをした。


 それにしてもいきなり拳銃を抜くとは、この警察官もかなり慌てているらしい。


 平時ならまずは呼びかけ、警棒での威嚇が順序だろう。拳銃は人を殺せる手軽な武器だ。その危険性は本人が最も知っているだろう。


「話は戻りますが、どうしましょうかね」


 糸目のアキラが話を戻した。


「と、とりあえず。そこの扉を出てはどうでしょう?」


 少女のアリアは皆にそう進言する。


 刀我は初めて気づいたが、少女のマリアの後ろに扉があった。


 その扉は錆び付いた金属製のもので、どこかのマンションにありそうな普通の格好だ。


「それしかないようですね」


「なら、さっさと出るべきだ。今の状況を確認するためにもな」


 語気を強めて言ったのは、体育教師の折尾だった。


「では私が最初に様子を見ます。その後は刀我君、マリア君、アキラ君、最後に折尾さんでお願いします」


 警察官の正吾はそういうと、扉に近づき、ノブに手をかける。


 ゆっくりとノブを回すと、扉は開いている。警察官の正吾は警棒を片手に、意を決して扉を開け放った。


「こ、これは」


 皆が急いで扉の外を除くと、そこは奇々怪々な工場の姿だった。




 刀我は実際に工場を見学した経験はない。社会実習の時はいつも風邪を引いて休んでいるからだ。


 だからだろうか。その場所を支配する機械の群れとパイプのうねり、重厚な稼動音や金属の擦れる音には圧倒された。


 そこにはベルトコンベアで次々と運ばれる謎のパーツが流れていた。パーツの形状からでは製作される物体は想像もできない。だが、パーツ単体が抱えるほどもあるので相当の大きさなのだろう。


 そして何より不自然なのは、その工場で作業している人間がどこにもいないのだ。


 普通なら機会の作動を確認する人。機械から運ばれる物品をより分けたり、箱詰にする人。品物の状態を確認する人。


 それらがいて、初めて工場として機能するはずなのだ。


「だ、誰かいないですか!」


 先頭にいた正吾が真っ先に呼びかけるも、機会の音ばかりで誰も返事をしない。


 もしくは音が掻き消されてしまっているのだろうか。


「誰もいないみたいだね」


「マリアさんには分かるのか?」


「マリアでいいよ。これでも耳は人よりもいい方でして、聞き分けくらいはできるわ」


 マリアは小さな胸を大きく張って自慢した。


「じゃあ、そのいい耳で人のいる場所も聞き分けてくれ。それぐらいでもしてもらわないと役に立たないだろ」


 マリアの言葉に辛く当たったのは最後尾の折尾だった。


「それなら、右の方に行くといいと思うわ」


「それは、どうしてですか?」


「右の方が音が多いもの。きっと重要な機械があるのでしょうね」


 マリアの言い分に、皆はなるほど、と思った。


 少なくともそれ以上に根拠のある進行方向もなく、5人はマリアの示す方向へ進みはじめた。


 しばらく行くと、見通しの悪い場所から広い場所に出た。


 広い、といってもそれは見通しの良さだけで、実際は狭い。なぜなら、その広居場所には多くのものが置かれていたからだ。


 ただしその多くも、同じものばかりだった。


「手術台、なのかな」


 口を開いて皆の意見を言ったのはアキラだった。


 アキラの言う通り、手術台のようなものにシートが掛けられている。近くには手術道具を置く移動式の棚もあり、外科手術室か解剖室のような風景だった。


 ただ異様なのは、死体安置所でもこんなに手術台は置かない。例えるなら、戦場の医務室ぐらいだろうか。


「死体、でしょうか。遠回りしましょうよ」


 アキラはまたしても皆の代弁のように話してくれた。


 ただ、1人だけ別の反応をした人物がいた。


「待ってください。人の声が聞こえるわ」


 それはマリアだった。


 マリアは急に正吾よりも前に出て、手術台の間を駆け抜ける。それに驚いた刀我たちはマリアを追いかけて手術台のエリアに入った。


「ここ、ここよ」


 マリアが指し示したのは、端にある手術台だった。


 確かにマリアの指す手術台の上のシートが僅かに動いている。もしかして怪我人なのか。


「私がシーツを退けます。下がって」


 皆言う通りにして、正吾は恐る恐るシーツをめくった。


 シーツをゆっくりと剥いでいくと、見えたのは老人のような男の顔だった。


 男は酷くやつれている。それでもうわ言のように何かをつぶやき、意識はあるようだ。


「だ、大丈夫ですか」


 正吾が人一倍の親切さを垣間見せながら、完全にシーツを取り払ったときだった。


「え、嘘……。イヤアアアアアアアッ!」


 叫んだのは間近で見ていたマリアだった。


 刀我を含む他の人たちの反応も似たようなものだ。アキラは吐きそうに口元を押さえて青ざめ、折尾はわなわなと震えながら驚愕の顔をしている。


 仕事柄、衝撃的な光景に慣れているであろう正吾さえも、開いた口が塞がらない。


 唯一、まともに直視できたのは刀我だけだった。


「人間の、剥製みたいだな」


 一瞬遅れて、刀我は自分の言葉に驚いた。


 自分が冷静に残酷な光景をそうしょうしたからだった。


 手術台に寝かされた男は、刀我の言うような状態だった。


 裸にされているだけではなく、右手を除く全ての四肢がない。首から下腹部までの内臓が見えるように切り開かれ、高校の蛙の解剖実験みたいな風になっていた。


 更に内臓も、場所や数がおかしい。


 刀我が覚えているかぎりでは、人間の肺は4つではなく2つのはずだ。心臓の数も2つではなく1つのはずだし、腸はもっと長いと教わったはずだ。


 よく見れば、内臓に継ぎ接ぎのような手術痕がある。これは元からではなく、人工的にされたようだ。


 正吾もマリアも驚きで後ろに下がる中。刀我だけが、手術台の男がこちらを見て何か伝えようとしているのに気づいた。


 刀我は1人だけ前に出て、男の言葉に耳を傾けた。


「ニ……ロ」


 刀我はより耳を近づけた。


「ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ!」


 男の突然の発狂に、刀我は驚いて後退あとずさりした。


 結局、それが命拾いだった。


 手術台の男の上から黒い物体が落ちてきたと思うと、そいつは手術台の男を真ん中から両断した。


 そいつは人間の形をしていた。少なくとも、人間の一部は持っていた。


 頭は濁った灰色のパラボラアンテナ、それが人間の胴体に差し込まれている。


 左手は普通の人間のものなのに、右手にはカマキリのような大鎌をもっている。その大鎌で男諸とも手術台を切り裂いたようだ。


 次に足もおかしい。何故か普通の人とは違う逆関節だと思ったら、それは腕だ。足の長さになるように継ぎ足された腕の集まりだ。


 たぶん、そんな人間の身体を部分的に持っている生き物は人と言えない。


 そいつは化け物だ。


「う、動くな! 撃つぞ!」


 口調を変えて怯えたように吠えたのは、正吾だった。


 警察官特有のリボルバー式の拳銃を構え、パラボラ男を威嚇した。


「一歩でも動いてみろ。発砲するからな! 俺は人を撃ったことがある。脅しじゃないからな! 聞いているのか!」


 正吾は両手で拳銃を包み込み、今にも発砲しそうな気配だった。


 ただその拳銃のトリガーが引き絞られる時は、来なかった。


 ふっ、と。目の前のパラボラ男が正吾の目の前に移動したかと思えば、正吾は防刃ジャケットごと袈裟に斬られていた。


 正吾は拳銃を持ったまま、驚いた顔をしつつ、斬られた自分の身体を見送っていた。


 次の瞬間、正吾の首がはねられて、マリアの足元にゴンッと鉄の床を叩いて落ちてきた。


「え? ふえっ?」


 マリアは泣き出しもせず、腰砕けにひざまづく。そのアヒル座りした股間の間から、薄い着色をした液体がチョロチョロと流れ出していた。


 人が死んだ。その事実が刀我たちに混乱を与えるのは、そう遅い話ではなかった。


「う、うおおおおおお!」


 折尾が叫び出したかと思うと、いきなりアキラを背中から押してあさっての方向に走り出した。


 押されたアキラはバランスを崩してつまづき、パラボラ男の前に倒れ込んだ。


「あ、いや、その……」


 パラボラ男は何もいわず、ギギッと音を立ててアンテナの中央をアキラに向けた。


 アキラは自分は死ぬと感じたのだろう。諦めたように顔を覆い、懺悔のように首が下げられた。


 そんな状況でも、刀我の身体はまともに動いていた。


「こっちを見ろ! パラボラ男!」


 刀我は移動式の棚に置かれた手術道具の中から、一番大きそうなハンマーを選んでパラボラ男に投げる。


 パラボラ男はアンテナにハンマーがぶつかり、アキラから刀我の方を向いた。


「これもだ!」


 刀我は移動式の棚をパラボラ男目掛けて押す。すると、パラボラ男は完全にこちらに向き直り、突進してきた移動式の棚を裂いた。


 ――来る!


 そう感じた刀我は後ろに跳んだ。


 その途端、目の前の空間が切り裂かれる。それはいつのまにか近づいたパラボラ男の斬撃だった。


 刀我はパラボラ男の攻撃を見切ったのだ。


 見えない。だけど感じられる。


 刀我は目でパラボラ男を追うのは最初から諦め、正吾が殺されたときの間合いを思い出していた。


 パラボラ男の特殊な歩法、それは特異なあの足のような腕のような逆関節のおかげだ。


 逆関節をバネのように使い、跳ぶように動いて近づく。それがパラボラ男の行動だった。


 逆に今判明したのは、連続で跳べないという事実だ。もし跳べるなら距離を取ろうとしている刀我の背中は真っ二つになっているはずだ。


「瞬間的な強さはあっても、持久力はないのか。なら――」


 刀我はパラボラ男から十分に距離を取ると、反撃に入る。


 手術台が移動式なのを確認していたので、ストッパーを外してそのままパラボラ男に向かって転がしたのだ。


 パラボラ男もただ待っているのではなく、自分に向かって来る手術台を上に乗っている人間ごと断ち切る。しかしそれは何度もできるものではない。


 刀我が複数の手術台を向かわせると、ついにパラボラ男の腰に手術台を当てたのだ。


「……!」


 パラボラ男はがくりと足を崩す。どうやら効いたらしい。


 刀我は今だとばかりに遠回りでマリアとアキラの元へと戻った。


「走れるか?」


「ぼ、僕は大丈夫だけど、マリアさんが……」


 マリアは完全に腰を抜かしてしまい、歩ける状態ではない。


 ならば他の移動手段が必要だ。


「手術台、は大きすぎるか。他には――」


 刀我が周りを見渡すと、ちょうどいいものを発見する。


 それは車いすだ。金属製でサビが酷いが、動かすのはできる。


「少し我慢してくれ」


 刀我は急いでマリアを抱き寄せると、車いすに乗せた。


 車いすに乗せられたマリアはまだ恐怖心が残って呆然とした顔で、刀我の顔を不思議そうに見ていた。


「行くぞ! アキラ」


「は、はい!」


 刀我は軋む車いすを押し、アキラとともにその場を離れるのであった。


 その後ろ姿を、パラボラ男は叫ぶでも怒るでもなく、ジッと見送っていた。




 刀我とアキラはしばらく走った後、やっと一息をついた。


「刀我さんは、凄いね。あんな状況で冷静に動けるなんて」


 アキラは刀我を褒めるつもりでそう言った。


 ただ刀我は、その言葉に別の印象を受けた。


「俺が冷静だって?」


「普通は警官が切り刻まれて、死体みたいな人間がしゃべるような状況で動けませんよ。刀我さんはこんな状況に慣れているのかな?」


「それは、ありえない」


 刀我は全く普通の一般人だ。どちらかと言えばその中でもなまけ者の方で、率先して動くタイプではない。


 なのにこの世界では、この状況では迷いなく動けた。それは本来川に住む淡水魚が元の自然に戻されたように、活き活きとだ。


 考えてみれば刀我は異常だ。恐怖と独特の緊張で身体がすくむような場面で、1人だけまともに動けた。


 そんなのはまるで、まるっきり異常者だ。


「偶然だよ。偶然」


 刀我は自分自信に言い聞かせるように、言葉を返した。


「しかしこれからどうしましょうか? 頼りになる警官も頼りになりそうだった体育教師もいなくなってしまいました」


「そうだな。武器の方は調達できたけどな」


「武器? いつのまに……」


 刀我はポケットに突っ込んでいた警棒と拳銃をアキラに見せる。役に立つと思って咄嗟に死んだ警官から拝借したのだ。


「本当に、冷静だね。刀我さんは」


「……」


 刀我は何もいわず、拳銃の方をアキラに押し付けた。


「いいんですか?」


「妥当だろ? 俺はあのパラボラ男の前でもまともに動ける。会ってすぐに酷だと思うが、後ろは任す」


「ゲームセンターで似たようなものを触ったことはありますが……。どうして僕を信頼してくれるんだい?」


「信頼じゃない。妥当な配置を選んだだけだ」


 アキラは刀我の合理的な考えに、驚嘆きょうたんと尊敬の顔をして頷き、拳銃を受けとった。


「弾は5発だけだ。あまり外すなよ」


「やってみます」


 アキラは決心のこもった顔で拳銃の所作を確認した。


「さて、武器は揃ったがこんなもので倒せるワケがない。どう逃げるかだな」


 刀我がこれからの計画に頭を悩ましていると、前の方から声が聞こえた。


「あの、これ」


「マリア! もう大丈夫なのか?」


「足の方はまだ動きません。その前にこれを」


 マリアが差し出したのは古びたレシーバーだった。


「!? どこでこれを」


「車いすにくくりつけられてたわ。それよりもそれから声が聞こえたの」


 刀我は驚きつつも、レシーバーをオンにして声を発した。


「こちら……刀我だ。誰かいるなら返事をしてくれ」


 刀我は一瞬名前を名乗るか迷った。けれども今はそんな心配に構っている時間などない。


 しばらく無線は、受信していないテレビのようにザーっと雑音が入るも、返事が返ってきた。


「こちら少女人形。誰かいるのか?」


 刀我はやった! と思った。人がいる。それならまだ救済の余地はあるのだ。


「いるぞ! 今変質者に追われている。助けてくれ!」


「……新人か。事情は察した。お前は生き残りたいか?」


「そ、そりゃ生き残りたいに決まってるだろ」


「そうか。ならばこの区画で支柱のように最も大きなパイプの元に来い。そこで合流だ」


 無線の女性は、淡々とこちらに命令してきた。


 あまりにも察しの良さと命令口調に刀我は驚き、聞き直した。


「1番大きなパイプだな。それにしてもアンタは……」


「時間がない。まずは動け。アイツらに感づかれる。ただし無線は肌身離さず持っておけ。アイツらの接近をしらせてくれる。死ぬなよ」


 女性はそう言うと、さっさと無線を切った。


「おい、いろいろ教えてくれ! ここは何なんだ? アイツらは何物なんだ!?」


 刀我はレシーバーに話しかけるも、返事はない。切られたようだ。


「でも目標はできたね」


「ああ。だがここは見晴らしが悪い。どうやって大きなパイプを見つける?」


「そこは任せてください」


 アキラは簡単に言うと、近くの縦に長いパイプを掴む。


 そうすると、するりするりと猿のように登り、あっという間にてっぺんへと登りつめた。


「見えました」


 アキラは報告すると、特殊部隊のようにストンっと降りてきた。


「この方角だね。急ごう」


「み、身軽だな。お前は」


「刀我さんの特技ほどではないよ」


 刀我は、特技なものか、と思った。


 ともかく目標の決まった3人はアキラの案内通りに進んだ。


 途中で何度かアキラが方向を確認し、かなりの距離を歩いた。


「だいぶ近づきましたよ」


「そうか、ありがとう」


 刀我はどちらかと言えば事務的にアキラと接していたが、どうもアキラの方は違うらしい。


「刀我さん、話を聞いてもらってもいいかな?」


「なんだ? 弱気なら聞かないぞ」


「それとは別のことだよ。ちょっとした昔話さ」


 アキラは不安からなのか、刀我に身の上の話をしだした。


「僕は最近、命の恩人とも言える友人を亡くしてしまったんだ。ただの事故だよ」


「……」


 刀我は重い話だと分かりつつも、黙って話に耳を貸した。


「僕は、本当はもっと昔に死ぬ人間だったんだ。それなのに友人は命をして、僕を救ってくれた。彼は僕の生きる理由だった。それなのに、死んでしまったんだ」


 アキラは話を続けた。


「僕は死のうとしたんだ。後追い自殺をしようと思ってね」


「そこまでかよ」


 刀我は呆れるワケにも慰めるでもなく、ただ驚いた。


「それは私も同じよ」


「マリア?」


 マリアは車いすに乗りながら、重苦しい空気をまとっていた。


「私がいた場所は家、って言ったわよね。実はそこで首吊り自殺しようとしていたの」


「――おいおい」


 刀我は、死にたがりばかりかよ、と顔をしかめたいのを我慢した。


「イジメられていたの。私。人の陰口とかよく聞こえるし、秘密の話もね。気持ち悪がられていたの。だからあの日の朝、突然死のうと思ったの」


「なのに死ねなかったのか。ここに送られて」


 マリアは刀我の言葉に同意した。


「死にたい。でもこんな場所で、あんな死に方で死にたくないの。贅沢のようだけど、死に場所は自分で決めたい……」


 マリアはまぶたに涙を貯めて、悲しげに語った。


 そういうものなのか、と刀我は思った。


 刀我は死にたいと思ったときはない。ただあの洗面所で別の願いを想っていた。


 すべての人間に忘れられてしまいたい。忘れられて、新しい生活をしてみたい。


 それが刀我の些細ささいな願望だった。


「刀我さん? どうかしましたか?」


 アキラが刀我の顔色をうかがい、覗き込んできた。


「なんでもない。急ぐぞ」


 アキラはくだらない思い出を頭から打ち消し、現状に戻った。


「見えてきたわ」


 マリアの言う通り、刀我たちの目の前には巨大なパイプの大樹が床と天井を繋いでいた。


 それは幾重にも巻き付いたパイプの集合体で、まるで地獄の怨嗟えんさから救いを求める人々のように上へと手を伸ばしているようだった。


「もうすぐだ。これなら」


 これならパラボラ男から逃げられる。そういおうとした時だった。


 無線から、悲鳴のようなノイズが響いたのだ。


「俺を置いていこうとは酷い奴らだな」


 刀我たちの行く手を遮るように正面に立っていたのは、逃げ出した体育教師の折尾だった。


 しかし、折尾の様子は変だ。それは精神状態だけではない。


「折尾……その右腕はどうした?」


「お目が高いな。これはそこらへんに流れているパーツだ」


 折尾の右腕はなく、代わりにパラボラ男がしていた右腕と同じ、カマキリのような大鎌を植付けていた。


「俺もまさかくっつくとは思わなくてな。驚いたよ。だがこれさえあれば、誰を怖がる必要もない」


「待て、折尾。俺たちは争う理由などないはずだぞ」


「そちらには、な。こちらにはあるんだよ」


 折尾はそう言うと、舌なめずりをしてマリアを見つめた。


「マリアを寄越せ。そうすれば見逃してやる」


「何のためにだ! それにお断りだ。女性を売り渡すほど俺たちは落ちぶれてやいない!」


「おお、勇敢だな。だが俺の見たものを見れば、その考え方も変わるだろうな」


 折尾は完全に精神に異常を来している。説得していても、それが無駄だと感じた。


「あの化け物はな。元々人なんだ」


「――そうか」


 刀我は薄々感じていた。解剖された生きた人間、それに人の部位を持つ機械。そこから行き着く結論はひとつだ。


「俺は人が改造される様を見た。脳髄が引きずり出されて培養液に入れられるのも、妊婦の腹を切り開いて胎児を取り出すのもな。しかも奴らは人間じゃない」


「人間じゃなくて、なんだ?」


「機械だよ」


 折尾はこちらに近づきながら答えた。


「ここには犠牲者になる人間と実験を繰り返す機械しかいない。奴らは人間を研究しているんだ。理解するためにな」


「理解?」


「理解だ。奴らは自分たちと人間を融合させて、精神的にも肉体的にも情報を共有しようとしている。奴らは親切心で未開の人間を改造しているんだ。この機械に繋がってから、俺には分かる」


 折尾はそういうと、まるで赤子を撫でるように右手の大鎌を触った。


「だから俺は、俺を理解してもらうために俺の本能のままに生きようと思う。あの体育館倉庫でしたようなことをな」


「ってことはつまり……」


 刀我は合点がいった。マリアを欲する理由。体育館で隠れてしていた何か。それは1つの陰湿な行為を思い浮かべらせた。


「生徒を、レイプしたのか」


「そうだ。女子生徒は俺の餌だ。俺の男を活性化してくれる栄養分だ。だからここでも同じようなことをするんだ」


「狂ってるよ。アンタは」


 刀我は車いすのマリアの前に立つと、警棒を手にした。


 アキラも当然、拳銃を抜いて構えている。


「この雄の化身のような俺に逆らうのか。なら、死ね!」


 折尾は叫ぶと、刀我たちに突進してきた。


 ただし、その猛進は少し進んだだけだった。


「がっ――!」


 折尾の上から、あのパラボラ男が降ってきたのだ。パラボラ男はちょうど折尾にのしかかり、その背骨を砕いた。


 そしてそのまま、パラボラ男の大鎌は折尾の首を瞬時にはねたのだ。


「ピンチがピンチになったようだな」


 その幸運は何の解決にもなっていない。


 刀我たちは引き続き、パラボラ男と相対した。


「マリア! 立てるか」


「大丈夫よ」


 刀我は席の空いた車いすを掴むと、押した。パラボラ男に向かってだ。


 パラボラ男は真正面に迫った車いすをあっさりと刻むと、構わずひたひたよ歩いてくる。


「アキラ、すまないが拳銃を返してくれ。作戦がある!」


「作戦とはなんだい?」


「俺を囮に2人を先に進ませる。そこで無線の人に助けを求めるんだ」


「そんな、危険だよ」


 それは危険だ。確かに自殺行為だ。


 だけれども、それが最善手なのだ。


「わ、私は残るわ」


「残ってどうする? 囮になってくれるのか? 邪魔になるだけだ。行ってくれ」


 刀我はアキラから拳銃を受けとると、安全装置を外して引き金に指をかけた。


「いけえええええええ!」


 刀我は吠えた。吠えつつ、撃った。


 銃弾はパラボラ男にかすりもしなかったが、気は引けたようだ。


 刀我は拳銃で引き付けつつ、左に移動する。その間隙をぬって、アキラとマリアは右側の隙間を抜けていった。


「さて、これで2人きりだな」


 刀我は残り3発の拳銃と警棒を構えた。


「俺は、楽しんでいるのかもな」


 刀我は恐怖とは異なる胸の高まりを感じ、自嘲気味に笑った。




 刀我の作戦はとてもシンプルで、難しいものだった。


 常にパラボラ男の間合いの外ギリギリにいる。それだけだ。


 もしあまり離れすぎると、アキラとマリアを追う可能性がある。そうなれば望みは尽きる。


 それ以前に無線の相手がここに向かってくれるかという疑問もあるが、今は無視だ。


 刀我はパラボラ男の気が逸れると拳銃を撃ち、意識を戻させる。


 拳銃を撃つうちに、銃弾が1発だけ胴体に当たった。だがパラボラ男は腹に空いた穴をまるで気にした様子はない。


 痛覚はないのだろうか。聴覚は? 視覚はあるようだが、可視光なのか?


 いろいろな疑問が生まれるけれども、検証できる時間はない。


「よしっ。このまま」


 刀我がそろそろ自分が逃げる算段をしていた時だった。


 ――ボトッ。


 刀我の後ろで、泥がしたたるような音がした。


 刀我が横目で後ろを確認すると、そこにはまた化け物がいた。


 下半身はゲル状の何か。上半身は完全に機械だ。


 ゲルの方はまるで人間を煮詰めて作ったプリンのような色つやで気持ち悪い。機械の方はカカシのようにパーツが細い。


 ただその手の先には丸鋸まるのこが付いており、目の前の刀我を引き裂こうと回転していた。


「なんだよ。希望を持つのも禁止なのか? この場所は」


 刀我はついに諦めた。ただし生きるのを諦めたワケではない。


 血路を開くため、生き残るため、傷ついてでも挑みかかる準備ができたのだ。


「さあ、本気で本気の果たし合いだ。覚悟を決めろ」


 刀我がパラボラ男に突貫するために、足を踏ん張ったときだった。


「無理をするな。人間」


 空から降ってきたのはハープのような声だけではなかった。


 パラボラ男がいきなり縦に割れ、間から可憐な女性が表れた。


 女性は刀我より年上だろうか、朱色の鎧のようなドレスを着ていて、鮮やかだった。


 顔立ちは西洋人形のように整い、色白だ。碧眼が蛍光色のように明かりがつき、亡霊のように揺れていた。


 身体は細身だけれど、手に持っているのは大きな剣だ。その剣で今し方パラボラ男を仕留めたのだ。


「1つ」


 ドレスの女性は刀我のそばを駆け抜ける。その足はパラボラ男ほどではないが、速い。


 対するカカシ男は丸鋸を前面にだしてドレスの女性を待ち構えるも、女性は螺旋状に回転しながら避けた。


 更に大剣が身体の動きに沿わせて、丸鋸を、腕を、身体を刻む。


 ドレスの女性が通りすぎたとき、カカシ男は不定形にばらされていた。


「大丈夫かい? 刀我さん」


「刀我、無事!?」


 後から駆け寄ってきたのはアキラとマリアだ。どうやら無線の主の女性を間に合わせたのは2人のようだ。


「助かった」


 刀我は全身から緊張が抜けて尻餅をついた。


「休みたいのは分かるが、移動する」


 ドレスの女性は、休もうとしていた刀我を急かした。


「どうしてだ?」


「他のネクロメックが集まる可能性がある。移動しなければ数十体に襲われる可能性もある」


「数十!?」


 刀我はさすがにあのネクロメックなるものを数十も相手できないので、素早く立ち上がった。


 ドレスの女性は刀我たちを先導しながら、語った。


「私はカタルシア。少女人形と言われる人間に作られた機械よ」


「機械!?」


 言われてみればカタルシアは人間にしては完璧過ぎる。それにあのネクロメックを倒した実力は尋常ではない。


「結論から話す。君たちは平行世界から連れて来られた犠牲者で、ここは平行世界だ」


「……はっ?」


 刀我たちは事情が飲み込めず、ポカンとした顔をした。


「ここに来た理由だけ話す。選ばれたのはちゃんと理由がある。それは君たちが『元の世界にいたくないと思った』からだ」


「元の世界に?」


 刀我は思い出す。マリアもアキラも自殺を考えていたので、当てはまる。


 警官の正吾はどうだろうか? 最後に人を撃った経験があると言っていたなら、自責の念があったかもしれない。


 折尾はどうだろう。体育館倉庫で女子生徒をレイプした後なら、隠蔽するために脅すか、もしくは雲隠れしたいと思ったのかも知れない。


 それと自分はどうだろうか。


 刀我は洗面器を前にして、学校や日常に対してこう思っていたはずだ。


 こんな退屈な世界から忘れられたい、と。


サイレントヒルの世界観やデッドスペースなどを参考に書いてみました

ホラーは受け付けない人が多いと聞きますが、琴線にひっかかると幸いです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観がしっかり作り込まれていて、簡潔で丁寧な文体で描かれる登場人物やクリーチャーのビジュアルや性格、アクションシーンがイメージしやすく、純粋に楽しめる作品でした
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