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陰キャな俺が外国人の金髪美少女をスクールカーストから救う話  作者: 新森洋助
第3章 文化祭1日目
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第2話③ エリスの霧と靄

~Interlude~


「じゃあエリス、また後でな」

「うん! 今日は葵といっぱい楽しんできてね!」

「う……べ、別にそういうんじゃねえって。ちょっとあいつの頼みに付き合うだけだ。それに、午前中は準備委員の仕事があるからずっと一緒ってわけじゃないし」

「もう、悠斗ったら照れちゃって。それじゃあ葵がガッカリしちゃうよ? それに、そのお仕事は千秋と一緒なんでしょ? 悠斗、モテモテだねー?」

「か、からかうなよ……。そ、それじゃあな」

「うん! また後でね!」


 エリスは笑顔で大きく手を振り、ミーティングに向かう悠斗の背中を見送る。

 しかし。


「悠斗……」


 気がつけば、自分でも無意識のうちに切なげな声がこぼれ出た。振っていた手も自然に胸の前でキュッと握りしめてしまう。

 なぜ、こんなにも気が晴れないのだろう。心の内が濃い(きり)に覆われているみたいだ。明日は彼と二人で回る約束がちゃんとあるのに。昨日までは……正確には、葵のLINEを見るまでは楽しみで仕方がなかったのに。


『ううん、ダメダメ。元気出していかなきゃ』


 エリスは母国語で自分に喝を入れる。日本の学校に留学してから初めての大きな学校行事だ。楽しまないのはもったいない。


『よーし、まずは劇のリハーサル頑張ろう!』


 腕を突き上げ気合を一つ、体育館に歩き出そうとする。

 そこで、背後から声をかけられた。


「エリス? どうしたの? こんなところで」


 振り返ると、自分の遠縁の親戚にして日本でできた大切な友人、そして彼の幼なじみでもある少女が立っていた。


「あっ、千秋。おはよう! 今日は朝からリハーサルなんだ」

「ええ、おはよう。そうなんだ、最後まで大変ね。……あら? 悠君とは一緒じゃないの?」

「……う、うん。悠斗ならもうミーティングに向かったよ」


 エリスは、もはや豆粒ほどに小さくなった、悠斗の後ろ姿を指差す。


「ああ、そうなのね。悠君、委員を頼んだ時はあんなに嫌そうだったのに」


 千秋は苦笑する。しかし、その言葉とは裏腹に、彼の背中を見つめる表情はとても穏やかだ。


 悠君―――――。


 いつのまにか彼のことをそう呼ぶようになった千秋を、エリスはチラリと横目で見やる。


 自分の国とは違って、日本では他人をファーストネームや愛称で呼ぶのには、それなりの意味があるとクラスの女子たちから聞いていた。おせっかいな友達からは、「あまり男子を馴れ馴れしく下の名前で呼ばないほうがいいよ。勘違いするから」と忠告を受けてもいた。

 日本では、男女間でそう呼ぶとそれだけで好意を持っている、と受け取られたりしてしまうらしい。


 確かに、千秋だけでなく、悠斗も恭弥も司も、相手との親しさによって呼び方を使い分けているように見える。悠斗は幼なじみの千秋にもファミリーネーム呼びだし、葵に至っては自分以外にファーストネームで他人を呼んでいるところを見たことがない。


 ここ(日本)では、相手への呼び名一つで、その人間の人づきあいのスタンスを探ったり、人同士の関係性や距離感を測ったりしている。


(難しいなあ、日本のコミュニケーションって……。でも、だとしたら、千秋が悠斗をそう呼ぶようになったのは―――――)


「……エリス? さっきからどうしたの? 何だか元気なさそうだけど」

「えっ!? そ、そんなことないよ!」


 千秋に顔を覗き込まれたエリスは、慌てて手を振って否定のジェスチャーをする。しかし、千明は納得がいかなかったようで、思い当たったらしい推測を口にした。


「……ひょっとして、昨日の真岡さんが言ったことが気になってるの?」

「え?」

「……違うの? 何だかいきなりだったし、私てっきり……」

「えっと……そ、そう! わたしも葵があんなことを言うなんて、ちょっとびっくりしちゃって」


 その推理は、当たりが半分、外れも半分だった。エリスを今悩ませているのは、悠斗を誘うと宣言した葵だけではない。明らかに態度が柔らかくなった目の前の友人も同じだった。


「確かにね。大胆というか律儀というか……。まあ彼女も、私はあくまでおまけで、エリスに悪いと思って言ってきたんでしょうけど。もしかしたら、真岡さんは悠君からエリスと約束があることを聞いてたのかもね。だからわざわざ仁義を切ったのかも」

「あ……そっか」


 “ジンギをきる”ってどういう意味だっけ、何か日本の怖いおじさんがたくさん出る映画で見たような、などと思いつつも、千秋の言いたいことは理解できた。

 そしてまた、ずるい自分のことも。


「……ごめんね、千秋。わたしが黙ってたせいだよね」

「何で謝るのよ。昨日も言ったけど、そんなの人の自由よ。別に悠君は誰のものでもないんだから。ましてや、最初に誘ったのはエリスなんだし」


 何気なしに放った千秋の言葉には一つ大きな間違いがあり、エリスはとっさに訂正した。……していた。


「あ、実は……誘ってくれたの、悠斗からなんだ」

「……えっ?」


 その内容に、千秋の表情がわずかに強張るのを、エリスは見てしまった。

 しかし、それも一瞬のこと。千秋はすぐに笑顔に戻って、


「……何だ、そうだったのね。だったら、なおさら言う必要ないわよね。仕方ないじゃない」

「う、うん」

「それに、そういうずるさって女子なら少なからず持ってるものじゃない? 何となくだけど、こういうのは国籍とか文化とかあんまり関係ない気がするわ」

「……そうだね」


 エリスもその意見には頷くしかなかった。基本的には感情より論理や正義を優先する性格だとは思ってはいるが、悠斗が絡むと途端に打算めいた自分が顔を出してしまう。


 たった今だって、別に言わなくていいのに、『悠斗から誘ってくれた』とわざわざ口に出してしまった。千秋が傷つくことは十分予想できたのに。これじゃ大事な友達を牽制しているみたいだ。


 わたし、悠斗が思ってるほどいい子なんかじゃないよ――――。


 エリスは自らを苛む罪悪感という(もや)を振り払いたくて、思わずこう言っていた。


「千秋も、これから悠斗とお仕事なんだよね? どうせだったら、一緒に文化祭も回ったらいいんじゃないかな?」


 しかし、千秋はそんなエリスの内心は露知らず、頬をかあっと赤くした。


「な、何でそうなるのよ」

「だって、わたしも葵も約束してるんだし、千秋だけ悠斗と遊べないのは何だか悪いもん」

「だ、だから私に気を遣う必要なんてないって言ってるじゃない。第一、私は悠君となんて別に……」

「イヤってわけじゃないんでしょ? だったらそんなムキになることないよね? 二人は幼なじみなんだもん、仲良くしなくちゃ!」


 エリスが気持ち強めにぐいぐいと押すと、千秋はやがて観念したように「わかったわよ」と折れた。


「……時間があれば、ね。去年の忙しさからして、そんな暇はないと思うけど」

「もう、千秋って素直じゃないよね」


 口ではぶつくさ言いつつも、結局まんざらでもなさそうな千秋の態度に、エリスはさっきまで抱いていた罪の意識が、すうっと晴れていくのを感じる。


 同時に。


 その朱色に染まった千秋の表情に、またしてもあの霧が心を覆っていくことも、また自覚していた。

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