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008 試合


 夏姫は移動階段を上り、山王の胸部にあるコクピットに乗り込んだ。

 座席に深く腰掛け、目を閉じて一呼吸置く。


「……やるか」


 前傾姿勢になり、二つの操縦桿を握りしめる。

 手のひらに魔力を集中させる。

 山王の魔導炉が稼働を始め、膨大な魔力の血流が鉄の巨人に通いだした。


「これは――」


 非常灯の赤い薄明りしかなかったコクピット内が、急に明るくなった。

 360度、全ての視界が確保されている。

 格納庫内の様子が、上下左右、背後すらも確認できた。


「驚いた……全周モニターなのか」


「ビックリしましたか、先輩?」


 すばるの声がどこからともなく聞こえてくる。

 次いで、前方のモニターの隅に白衣姿の少女の姿がワイプで映し出された。


「へぇ、今のカラクリは通信に映像までつけられるんだな」


「大戦期にはなかった技術ですけどね。MBFではコクピット周りの物は全て最新鋭のパーツが使われるんです。コクピット自体の強度も折り紙つきですから、旧世代のマージギアに破壊されることはありません。だからスポーツとして成立するんですよ」


 なるほど、と相槌を打っていると、眼下のモニターがすばるの姿を捉えた。

 彼女は全長四メートルほどの作業用人型機械『クラフトマン』に乗り、車輪の着いたコンテナを引っ張ってきていた。

 その巨大な箱を山王の前へ運び終えると、すばるはタブレットを操作する。


 コンテナの天井部がパカリと開き、中からカラクリ用の巨大なアサルトライフルが姿を現した。


「先輩、現在我が部にある外部兵装は、このアサルトライフルが一丁だけです。とりあえず、これを装備していただけますか?」


「アサルトライフル……」


 夏姫は暫し思案した後、首を横に振った。


「折角用意して貰って悪いんだが……すまない、すばる。私はこのままでいい」


「このままって……山王の内部兵装は、右手の魔力放射装置のみですよ? 魔力を使わず射撃できるアサルトライフルは邪魔にならないはずですが……」


「ああ、だが私はどうも銃器が苦手でな。このまま行かせて欲しい」


「分かりました。先輩がそう言われるなら、それで構いません」


 すばるはクラフトマンから降り、夏姫の乗る山王を見上げた。

 ほぅ、と彼女は吐息を漏らす。


「それにしても、鮮やかな赤い装甲……綺麗ですね、先輩」


 言われ、夏姫はモニターに映る山王の装甲を見る。

 先ほどまで白かったそれは、燃えるような深紅に染まっていた。


「魔導合金で出来た装甲は魔力を通すと、その魔力が秘める力に応じて色を変える。私は火の属性の術は得意だが、他はそれほどでもなくてね。こうして、炎のような色が一辺倒に表れてしまう」


「いえ、ほぼ単色のカラーリングですが、それがとても良いです! そこが逆に渋いんです、先輩!」


 すばるは眼鏡の縁に手を当て、山王の姿を熱い眼差しを送っている。

 いつまででも眺めていそうな彼女の我を返させる為、夏姫は一つ咳払いをした。


「コホン……ところで一つ聞いていいかい、すばる?」


「あっ、はい……失礼しました。何でしょうか?」


 すばるが目の焦点を合わせ、白衣の前を引っ張って姿勢を正した。


「聞きたいのは、サタリスの装甲の色の事だ……何故あの機体の装甲には色が無いんだ? 装甲が白のまま動くカラクリなんて、私は聞いたことがない」


「ああ、そうですよね、不思議ですよね! 当然、あんなマージギア、今まで確認された事はありませんでした。サタリスの所有校にも、各所から問い合わせが殺到したようです。が、その回答はありませんでした」


「機密というわけか」


「ええ。MBF連盟の機体名鑑に記されたスペックが全てだ、との事です。装甲の魔導合金も既存のものと変わらないので、何故装甲が白のままマージギアが動くのか、依然謎のままです」


 夏姫はジャングルの地で戦った、サタリスの姿を思い浮かべる。

 純白の装甲、光迸る魔力の翼、不可視の衝撃波と障壁――

 そのすべてが脳裏に鮮明に蘇る。


(いいさ、装甲の色など些末な疑問だ。私は、ただもう一度試してみたいだけだ。己の力が本当にアイツに届かないのかを)


 夏姫が気炎を燃やす。

 それに反応して、山王の装甲の一部が熱された鉄のように赤白く染まった。


「すばる、早速試合を開始しよう。機体と武装を揃え、大会を勝ち抜く。その為に、今は試合だ」


「はい、先輩。では、対戦相手のマッチングを開始します。1対1、ステージはランダム。シミュレータを用いた模擬戦闘ですが、その感覚はリアルと変わりはありません」


 ご武運をお祈りします、とすばるは最後に付け足し、タブレットを操作した。


 コクピット内のモニターが漆黒に染まり、周囲が闇に包まれる。

 やがてマッチング終了の表示がモニターに映し出され、カウントダウンが始まった。



 3、2、1―― Fight!



 全周モニターに映像が映し出される。


 山王はよく晴れた青空の下、広いグラウンドの上に立っていた。

 周囲には無人の観客席があり、山王の前方にはカーキ色の装甲を纏ったカラクリが距離を置いて佇んでいる。


(フロッグマンか!)

 

 胸部装甲が厚く、手足が細長い歪なシルエットをしたカラクリ『フロッグマン』は、山王を視認するや否やアサルトライフルを構えた。

 その銃口が火を噴き、弾丸が連射される。


「そんなものッ!」


 夏姫は魔導炉に魔力を注ぎ込み、機体の装甲強度を高めた。

 深紅の装甲が銃弾の雨を弾き飛ばす。

 跳弾が地面を抉り、辺りに土煙が舞った。


(やはり……アサルトライフル程度の火力、短時間ならば装甲強度を上げるだけで対処出来てしまう。勝負を決めるならやはり――)


 夏姫は山王の下半身を落とし、左手を前へ、右手を腰の位置へ引いた。

 全身全霊の力を、右手に集中させる。


「一撃必殺ッ!」


 気合と共に、夏姫は山王の右手を前へ突き出した。

 その手に仕込まれた魔力放射装置が夏姫の魔力を纏め、一条の光線として敵機に放たれる。

 

 フロッグマンは急速に迫りくる魔力の奔流を前に、射撃を止めた。

 咄嗟に身を引いて、アサルトライフルを前へ突き出し、盾のように構える。

 だがその抵抗は虚しく、夏姫の放ったレーザーはライフルの銃身を容易く叩き折り、そのままフロッグマンの分厚い胸部装甲を刺し貫いた。

 

 フロッグマンの装甲が色を失い、その巨体は音を立てて地面に倒れ伏す。


《WINNER 柏陵院夏姫》


 モニターに勝者の名が表示され、抑揚のないナレーションがコクピットの中に木霊した。

 夏姫は操縦桿から手を放し、背もたれに上半身を預ける。


「まずは一勝、だな」


 目を閉じ、胸に手を当てて深呼吸をする。

 

 魔力の消費で、心臓が早鐘を打っている。

 実際に動いてもいないのに、身体が発熱し、汗が頬を伝った。

 

 夏姫はほんの少しだけ口の端を上げる。

 戦場で味わう勝利と同じ昂揚感が、そこにはあった。


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