006 握手
すばるが差し出したタブレットの液晶には、魔力の翼を背中に生やした白きカラクリが映し出されていた。
夏姫はそのシルエットを食い入るように見詰める。
だが、すぐにその姿は消えてしまい、場面が飛んだ。
「マージギア・バトルフィールド! 全国の高校生による熱い試合が今年も開催されます! 詳細は――」
タブレットからナレーターの熱っぽい声が聞こえる。
どうやらすばるが見せたのは、MBF高校生大会のプロモーションビデオのようだった。
次々に映し出される数多のカラクリ達。
だが、そのどれもが夏姫の意識をすり抜けていく。
「止めてくれ」
「えっ? 先輩、実はこの後の――」
「止めて、もう一度動画を頭から見せて欲しい」
有無を言わせぬ夏姫にたじろぎながら、すばるはタブレットを操作した。
動画の頭、再び純白のカラクリが現れる。
「ここで停止してくれ」
「あっ、はい」
すばるは画面をタップし、動画を停止させる。
夏姫はそのどこか女性的なシルエットの白きカラクリをじっと見つめた。
(ああ……こいつだ。間違いない。こいつは俺を殺したあの機体だ!)
「銀城さん、この機体の詳細は?」
「えーと、これはメダリカの第四世代機『サタリス』です。飛行する人型のマージギアは、この機体のみだと言われています」
「サタリス……」
夏姫は画面上のサタリスをじっと見つめた。
それが、志島が最期に見た光景――上空でこちらを悠然と見下ろすサタリスと重なる。
ドクリと、心臓が跳ねるように鼓動した。
(あの時、俺はコイツに殺された。全身全霊、全ての力を以てしても、俺の剣はコイツに届かなかった――)
志島秋生は中等学校を卒業後、陸軍士官学校へ編入させられた。
人型魔導兵器乗りの素質有りという判定通り、そこで半年ほどカラクリ乗りとしての訓練を受ける。
それから戦死したあの瞬間まで、志島はずっとカラクリに乗り、カラクリと戦い、カラクリと共にある日々を送ってきた。
戦場で修羅場を切り抜ける度、志島の中にはある種のプライドが芽生えていった。
曰く、「俺より上手くカラクリを操れるものはいない」と。
事実、志島が所属していた部隊の中で彼はエースとして一目置かれ、激戦地に配置されても生き延び戦果を挙げてきた。
そのプライドを圧し折ったのが、件の白きカラクリ――サタリスである。
多数の敵に囲まれて敗れるならまだしも、一対一の戦闘で負けた事が、志島の矜持に深い傷をつけていた。
(俺の人生はカラクリ乗りとしての人生だったと言っても過言じゃない――その唯一の誇りを、汚されたままじゃいられない!)
夏姫はタブレットの液晶から視線を外し、すばるの瞳を真っすぐに見つめた。
「銀城さん、私はこいつと戦いたい。MBFの大会に出たら、こいつと戦えるのか?」
「サタリスと……ですか?」
すばるは若干目を伏せ、顎に指を添えて考える。
「不可能ではありませんが……難しいでしょうね。サタリスはワンオフ機、量産機ではありません。そして、その唯一のサタリスを現在所有しているのは、昨年メダリカの全国大会を勝ち抜いた優勝校なんです」
「メダリカの大会? ヤマの学校が所有しているわけじゃないのか? では、何故ヤマの全国大会のPVにサタリスが映っているんだ?」
「ヤマの優勝校とメダリカの優勝校の親善試合が、昨年行われたんですよ。まぁ、結果はヤマの惨敗でしたがね。その時出てきたのが、映像のサタリスです。初めて見た時は肝を抜かれましたよ。飛行するマージギアが存在するなんて夢にも思いませんでした」
「サタリスを見たのは去年が初めてだったのか?」
「ええ、サタリスの存在自体はMBFの機体名鑑で確認できましたが、操作難度が群を抜いて高いので大戦からこっち、動かせた人がいなかったんです。まさに幻のマージギア、といったところでしょうか」
「つまり、去年サタリスを動かせる生徒が偶然入学してきたから、日の目を浴びたという事か」
夏姫の口の端が、ほんの少しだけ上がった。
(なんという僥倖だろう。死してなお、この手で雪辱を果たす機会に恵まれるとは……俺の記憶が現世に甦った意味は、これにあったとしか思えない)
夏姫はすばるに手を差し出す。
「前言撤回するよ、私もMBFに参加させてもらう。この学園を優勝させ、親善試合に出てみせる」
「本気ですか、先輩!? いや、入部してくれるのは嬉しいのですが……今年からMBFに参加する新参校が、いきなり優勝なんて……」
口ごもるすばるの傍に、夏姫はズイと歩み寄った。
「やるさ。私は三年生だからな、サタリスと戦うにはもう猶予がない。だから――」
すばるの手を取り、強引に握手を交わす。
夏姫の瞳には、熱気に満ちた光が差していた。
「三年D組、柏陵院夏姫だ。よろしく頼む、すばる」
夏姫はすばるを名前で呼んだ。
昴星学園において、名前呼びは親愛と友好の証を意味する。
仲間として力を合わせようという、意思表示だ。
「あ……はい! よろしくお願いします、夏姫先輩!」
すばるは喜色に彩られた笑顔を作り、それに応えた。
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