063 開会式
「おーっ、ちゃんと届いてんな!」
MBF試合会場に設けられた格納庫の鉄扉を抜け、光一郎が満足げに頷く。
前日、昴星学園から輸送されたカラクリ達が、全長10メートルを超える巨体の威容を以て搭乗者達を出迎えていた。
「いよいよ始まるんだな……」
山王の前に立ち、星也が感慨深げに目を細める。
「…………」
すばるはフロッグマンGを見上げ、緊張した面持ちで固唾を呑み込んでいた。
「今日は頑張ろうね、フェイロー」
朋子がフェイローの方へゆっくりと手を伸ばした後、ニコリと微笑む。
(烈火……)
魔力が通されておらず、白い魔導装甲を纏う烈火。
長年乗り続けてきた愛機と対峙し、夏姫は暫し瞑目する。
(研鑽は積んできた……おそらく今の私の操縦技術は、戦時中よりも上がっているはずだ。夏姫として目覚めてから、無駄にした日は1日たりとて無かった。後は成果を出し切るだけだ)
目を開き、踵を返せば仲間達が集合して夏姫を待っていた。
星也が手を上げて全員に呼び掛ける。
「さぁ、行こう。まずは開会式だ」
格納庫が並ぶ通りを抜け、戦女神の塔の前へ移動する。
そこにはエリア予選に参加する各校の生徒達が、それぞれの制服姿で集合していた。
「いるいる……こいつらが俺たちの対戦相手なんだな」
額に手を当てて周囲を見回し、光一郎は好戦的な笑みを浮かべた。
彼のその視線が、端の方に固まって陣取っている集団に吸い寄せられる。
「なんだぁ? 凄ぇガラの悪ぃ奴らが居るぞ」
夏姫も光一郎が見ている視線の先へ目を移すと、確かに派手に頭髪を染めた反社会的雰囲気を纏った学生の集まりが見えた。
開襟シャツの前を開き、色合いのキツイTシャツを見せつけている。
(光一郎も制服を着崩すタイプだが、あそこまでではないな。風紀の乱れた学校なんだろうか)
物珍しさからか2人で視線を送っていると、向こうの1人がそれに気づいた。
赤髪を逆立てた男が、肩を怒らせて歩み寄って来る。
「なんじゃテメェら、おぉっ!? ガン飛ばしてんじゃねぇぞ!?」
「……あぁ?」
男は下から覗き込むように光一郎を睨みつけている。
対面する光一郎は不快そうに眉を顰め、しかし相手の目から少しも視線を逸らさず睨み返していた。
夏姫はふぅと小さく溜息を吐き、光一郎の服の襟を後ろからグイと引っ張る。
「ぐえっ」
「よせ、光一郎。揉め事は御法度だ」
咳き込む光一郎に注意する夏姫。
ガラの悪い他校の男はその様子を見て、ふんと鼻で笑った。
「女に助けられて命拾いしたなぁ。イキがってんじゃねぇぞ、コラ!」
「……んだとッ!?」
大股開きで去っていく男の背を追いかけようと、光一郎が一歩前へ踏み出す。
だが、彼が追う前に集団の中から男に接触する人影があった。
金色に染めた長い髪に、赤いメッシュを入れた少女だ。
シャツのタイリボンはだらしなく垂れ下がり、スカートは短く太腿が露わになっている。
「オラアッ!」
少女は密着するように男と距離を縮めると、鳩尾にすくい上げるようなアッパーを突き入れた。
男の身体がくの字に曲がり、両膝をアスファルトの地面に着く。
少女は苛立たし気に男の顔を覗き込んだ。
「チー太、てめぇアタシが言った事忘れたのか? 問題起こすな、喧嘩すんな。たった2つの事も覚えられねぇほど、てめぇの脳みそはツルツルだったのか、ああん?」
「いぃ……いやいや、もちろん覚えてますよマキ姐さん。俺はただ挨拶をしにいっただけで……」
「貴様の中ではアレが挨拶だったのか」
少女の後ろにぬっと巨漢が立つ。
身長2メートル近い大男だ。
まだ9月に入ったばかりだというのに学ランを着込み、年期を感じる学生帽を被っている。
「部長……」
部長と呼ばれた大男はチー太の赤い頭頂部にごちりと鉄拳を落とし、それから夏姫達に向き直った。
すっくと背を正し、学帽を脱いで頭を下げる。
「すまなかった、うちの部員が失礼な真似をした。この通り、謝罪する」
巨漢からの素直な謝罪に光一郎は面食らったように「おお……」とだけ反応する。
夏姫は彼の代わりに一歩前に進み出て応対した。
「こちらこそ、すまない。知らぬうちに、不躾な視線を送ってしまっていたようだ。頭を上げてくれ」
夏姫に言われ、巨漢は背を伸ばし学生帽を被り直す。
両者の視線が交差し合った。
「……俺は町山工業高校MBF部部長、楯山修だ。そちらは?」
「昴星学園MBF部、柏陵院夏姫」
堂々と名乗り上げる夏姫を前に、フッと楯山の口元が緩む。
踵を返して背を向け、彼は集団の元へ帰って行った。
「何事もなく済んで良かったよ」
事の成り行きをすぐ傍で見守っていた星也が、肩の力を抜いて安堵の溜息を吐いた。
その隣ですばるも盛大な溜息を吐く。
「はぁ~……もう、心臓に悪すぎですよ~。なにしてるんですか、光一郎先輩!」
「俺だけかよ!? お嬢様だって向こう見てて、因縁つけられてただろ!?」
「その後いがみ合いしてた光一郎君は良くなかった、って私も思うなぁ」
すばると朋子に責められ、光一郎がたじろいでいる。
夏姫はその光景を後目に、星也に質問した。
「あの学校は有名なのか?」
「荒れた学校ってことでも有名だけど、MBF部のレベルも高い事で知られているよ。エリア予選を勝ち抜いた事はなかったけどね」
「そりゃあ、このエリアには天津学園がありましたから」
星也の説明にすばるが口を挟む。
夏姫はわずかに首を傾げた。
「天津学園?」
「前年の全国大会優勝校ですよ。高校MBFが発足してから、エリア予選では負けなし。万年全国大会進出校。このエリアの他校にとっては、立ち塞がる大きな壁でした」
すばるの声のトーンが若干下がる。
星也は頷き、周囲の生徒達の姿を見回した。
「やはり、噂通り天津学園は出場辞退したようだね。生徒の姿が見えない」
「メダリカとのエキシビジョンマッチで惨敗を喫し、部員の心が折れた……という話だったか」
白き魔導装甲を纏い、魔力の翼で天を駆けるカラクリ『サタリス』。
たった一機のカラクリに手も足も出せずに負けた昨年の選手達の心境は、一度敗北味わった夏姫にもよく理解できた。
「ん、それじゃあ今年のエリア予選は7校でやるんだ? それってつまり――」
朋子がそこまで喋ったところで、キィンという耳障りなハウリング音が辺りに響いた。
思わず音がした方へ目を向けると、マイクを持った壮年の男性がタワーを背に立っていた。
「えー、静粛に。これより全国高校MBF大会、関東Aエリア予選の開会式を行います。まずは全世界MBF連盟ヤマ国関東支部長より御挨拶を――」
開会式が始まり、長い肩書を持った老人の挨拶が続く。
それを礼儀正しく傾聴する者も居れば、町山工業高校の生徒達のようにそっぽを向いて聞き流している者も居た。
「――ありがとうございました。全世界MBF連盟ヤマ国関東支部長よりの御挨拶でした。続きまして、えー、前年度エリア予選優勝校である天津学園よりトロフィーの返還と選手宣誓の予定でしたが、天津学園が出場を辞退した為、今年度の選手宣誓は中止いたします。トロフィーはこちらに返還済みです」
マイクを持っている男が、片手で優勝トロフィーを持ち上げ、無事返還されたことを強調する。
「それでは続きまして、トーナメントの組み合わせを決める抽選に移ります。各校の代表者は前に来てください」
アナウンスに従い、星也が集団を離れ前方へ進んでいく。
マイクを持った男の傍に、大きなトーナメント表が貼られたボードが運ばれてきた。
それを見て、夏姫はふむと頷く。
「……天津学園が不出場。ということは、不戦勝する学校が出てくるという事か」
トーナメント表には、試合をせずとも2回戦へ進出できる枠が用意されていた。
場に残った選手たちの目がギラつく。
「あの枠を引ければラッキー、ってわけだ」
「お兄様、頑張ってください」
光一郎がニヤリと笑い、すばるは両手を組んで目を閉じた。
前に出た各校の代表達が、箱の中からクジを引いていく。
「うちは……通常枠かぁ。一回戦の相手は、東浜水産高校だね」
星也が引いたクジの結果に、朋子が少しだけ残念そうな表情を見せる。
夏姫はそれに小さく笑い、すばるの方へ顔を向けた。
「すばる、相手校の事を知っているか?」
「はい、知っていますよ。東浜水産は全機フロッグマンGで固めていることで有名ですから」
「はぁ!? 全機フロッグマンG!?」
光一郎が驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げた。
夏姫もその言葉にぴくりと眉を動かす。
「それはまた、偏った編成だな」
「中衛機が5枚、これはこれで恐ろしい編成なんですよ……」
すばるが緊張からか、ゴクリと喉を鳴らす。
戦いの時は、すぐそこまで迫ってきていた。
よろしければ評価・ブックマークをお願いします。




