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062 予選初日


 夏休みが終わり、1週間程の時が流れた。

 昴星学園に植えられた桜の木には青々とした葉が生い茂り、幹にとまるセミ達が大合唱を奏でている。


「明日の試合、絶対に応援に行きます……頑張ってください」


「ああ、ありがとう。励みになるよ」


 ヤマ国の第二王子、新乃宮礼司が下校のため玄関口に向かうと、下駄箱の前で柏陵院夏姫の姿を見つけた。

 三白眼の長身な女子生徒の前で、柔らかな笑みを浮かべて会話している。

 礼司は思わず眉を顰め、忌々し気に目を細めた。


(あの女……)


 右手を強く握りしめる。

 手のひらに爪が食い込むほど、強く強く握りしめた。


(なんだその笑みは……以前のお前はそんな笑顔など誰にも見せなかっただろう! 変わったとでも言うつもりか!? 反省したとでも!? お前がいくら変わろうと試みようと、過去は変えられんのだぞ!)


 夏姫達が下足に靴を履き替え、玄関を通って外へ去っていく。

 その後ろ姿を礼司は睨みつけるように見つめ続けていた。


「礼司様」


 不意に、斜め後ろから声を掛けられた。

 振り返らずとも相手は分かる。


「香取か……」


 夏の学生服を身に纏った小柄な少年。

 礼司の近侍である香取である。

 彼は主人の視線の先を目で追いながら尋ねる。


「明日からMBF部の公式大会、その地方予選が始まるようですが……例の資料はお使いにならないのですか?」


 香取の問いに礼司は口の端を吊り上げた。

 狂気染みた笑みを面に貼りつかせ、彼は答える。


「俺は星也とあの女の才能を誰よりも買っている……地方予選などで躓くような奴らではないとな。今は学園の多くの生徒が、MBF部の活動になど関心を抱いてはいない。致命的なダメージを与えるのならば、もう少し奴らが注目を集めた後が効果的だろう」


「……承知いたしました」


 小柄な近侍が慇懃に頭を下げる。

 礼司は彼に一瞥も向けず、ただただ暗い愉悦の笑みを浮かべ続けていた。



 ※  ※  ※



 午前7時48分。

 清く澄み渡った青い空が、天に広がっている。

 遠く発達した白い積乱雲が、夏の風景に彩を添えていた。


「さて……ついに始まるね。高校MBF公式大会が」


 MBF連盟公認魔技師である白田の運転するバンに乗った夏姫達は、試合会場へ向けて高速道路を走っていた。

 助手席に座る星也が、バックミラー越しに部員の顔を見ながら話しかける。


「公式大会は、まずエリア予選が行われる。予選を突破した学校がそのエリアの代表となり、全国大会で覇を競い合うんだ」


「私たちがいるのは、関東Aエリアですね。関東は学校の数が多いのでAとBにグループが分けられ、勝ち抜いた2校が全国大会に進出できます」


 星也の説明に、すばるが口を挟んだ。


 夏姫達の住むヤマ国は、東西南北に細く弓なりに伸びる列島を国土としている。

 その昔、国を真ん中から縦断するように大きな関所が設けられ、その名残から、東を関東、西を関西と地域が分けられていた。

 昴星学園は首都圏内に位置し、関東のエリアに属している。

 

「各エリアには8校のMBF部が設立されている。関東Aも8校、関東Bも8校。つまり、トーナメントを3回勝ち抜けば予選突破となるわけだ。今日はその1回戦、気合を入れて行こう」


 星也が最後の〆に握り拳をかかげ、部員達を鼓舞する。

 後ろの席に座った面々はお互いに視線を交わし合い、「オー」と声を合わせてそれに答えた。


「そろそろ会場に到着しますよ。タワーが見えて参りました」


 車を運転する白田が皆に声を掛ける。

 高速道路をひた走る車窓から、全長500メートルを超える巨大な尖塔が見えてきた。


「あれがMBFを生観戦する為のタワーかぁ、デケェなぁ」


 助手席の背もたれに掴まって中腰になりながら、光一郎が感心するようにタワーを眺めていた。

 白田が細い目を更に細め、柔和な笑みを浮かべる。


「あれは別名『戦女神の塔』と呼ばれているんですよ。西洋の女神に戦闘を照覧していただく為に建てられたのです」


「へぇー……MBFって神様を楽しませる催しみたいなものなんですか?」


「初めはただの興行であったMBFも、時が流れるにつれて儀礼を重んじるようになり、戦う事自体に敬意を払うようになったのです。皆様にも戦の女神に恥じぬ戦いを期待しております」


 朋子が相槌を入れると、白田はゆっくりと頷いて答えた。

 夏姫はその言葉にフッと小さく乾いた笑いを漏らす。


(カラクリ同士の戦いが、神への供物か。おそらく、兵器を流用してスポーツに興じる事に反感を示す人々へのプロパガンダだろうな)


 夏姫は近頃、スマートフォンでMBFの動画を検索して視聴することが多くなっていた。

 その際に、兵器を用いて戦い合う野蛮な行為がスポーツなのかという議論がよく目についたものだ。

 そういう人々の声から視線を逸らすお題目、それが戦女神云々なのだろう。


(MBFは戦争ではない。恨みや憎しみのない純然たる戦いだ。それは神に奉じるものではなく、己の糧とすべき物だろう)


 夏姫の脳裏に浮かぶのは、魔力の翼を生やす白のカラクリ。

 一日たりとも思い出さぬ日は無い、因縁の相手。


(そう……恨みも憎しみもない。ただ、もう一度だけ、己の力を試させて欲しい。それだけが今の()の願いだ)


 高速道路を下り、徐々に近づくタワーを前に、夏姫は大きく身震いした。

 武者震いだ。

 

(いよいよ始まる……この大会を勝ち抜き、絶対に奴との再戦のキップを掴んで見せる)


 胸の内に大志を抱き、闘志を燃やす。

 白田の運転するバンが、吸い込まれるように会場に入って行った。



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