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061 夏の夜、そして朝


「それでは、柏陵院夏姫さんの元祖MBF大会優勝を祝しまして――」


「「「カンパーイ!!!」」」


 星也が音頭を取り、一同は威勢よくグラスを打ちつけ合った。

 カチンと小気味よい音が辺りに響き渡る。

 炭酸弾けるサイダーを喉で楽しみ、夏姫はふぅと一息吐いた。


 時刻は午後6時過ぎ。

 夏姫達は銀城家の別荘に戻り、キッチンで準備を済ませた後、庭先でバーベキューを始めていた。

 鉄網で焼かれた肉が油を滴らせ、ジュウジュウと食欲の湧く匂いを漂わせている。


「それにしても、あのチビマージギアで本当に勝ち抜くとはなぁ……実際どうだったんだ、あの機体? 良い機体だったのか?」


 鉄串で刺した肉をはふはふと頬張りながら、光一郎が話を振って来た。

 夏姫はふむと少し考え込み、顎に指を当てる。


「そうだな……ベローチェの機体出力は、思っていた以上に低くて難儀したな。だが、体格の小ささ故の機動性の高さは目を見張るものがあった。その強みを活かせば、決して弱くて使えないカラクリというわけではなかったぞ。良い機体だよ、あれは」


「うーん、実際に大会で優勝を果たした人が言うと説得力が違うなぁ」


 横で会話を聞いていた朋子がうんうんと頷く。

 一方、星也は首を横に振って苦笑していた。


「夏姫さんが乗ってしまえば、どんなマージギアも名機になるんじゃないかい? あの機体で敵機を投げ飛ばしたり、関節技を極めたりするなんて、普通の搭乗者じゃ考えられないよ」


「最後の試合は普通にファイターを打撃で打ち負かしてましたしねぇ……。ファイターが防御を捨てて攻撃に特化した機体だとは言え、あれには驚きました」


 試合を思い返しているのだろう、すばるが虚空を遠い目で見つめている。

 夏姫は焼いたタマネギの甘味を味わって嚥下した後、話題を変えた。


「そういえば、皆の大会の優勝予想はどうだったんだ? 私は大会に出場することになったから、予想投票はできなかったんだが……」


「そりゃあもちろん、全員揃ってベローチェに投票しましたよ!」


 すばるが当然だと言わんばかりに胸を張る。

 それに光一郎が大きく頷いた。


「まぁ、お嬢様が乗るっつうなら、投票しない手はないわな。その情報だけで大穴のベローチェが一気に優勝候補に化けたぜ」


「賞品も当たったんだよ! ……と言っても、コンビニで売ってるような花火セットなんだけどね」


 朋子がログハウスの方へ顔を向ける。

 その視線の先を目で追うと、水が張られたバケツと花火が置かれていた。


「後で皆でやろうと思って、準備しておいたんだ」


「花火か……」


 夏姫に花火を生で鑑賞した記憶はなかった。

 家族に連れられて打ち上げ花火の大会へ行ったこともなければ、友人と手持ち花火を楽しんだ思い出もない。


 少し心がざわつく。

 夏姫は胸に手を当てた。


(思い出がなければ、作ればいいんだ……そうだろ、夏姫)


 食事を終え、皆思い思いの花火を手に取った。

 バーベキューで使った着火装置を使用して火を付ければ、色鮮やかな火花が噴出する。

 眩い光と焦げるような匂いが辺りに満ちた。


「綺麗なものだな……」


 夏姫は感嘆するように溜息を吐いた。

 グルリと円を描くように手首を回すと、光が軌跡となって残る。

 美しい炎に魅了されたように目を奪われた。


「うん……花火するのは久しぶりだけど、なんかいいよね。打ち上げ花火みたいな派手さはないけど、しっとり落ち着く感じがする」


 隣に立って、緑色の火花を慈しむように鑑賞する朋子。

 夏姫もそれに同意するように頷く。

 それとほぼ同時に、光一郎が花火を両手に持って大きくグルグルと回し始めた。

 火花が大輪の花を模る。


「ハハハハッ! 二刀流だ!」


「ちょっと、光一郎先輩やめてくださいよー!」


 言葉に反し、すばるも楽しそうにはしゃいでいた。

 夏姫と朋子は互いの顔を見合わせ、思わず噴き出してしまった。

 静かに楽しんでいた自分たちと、はしゃぎ回るあちらの対比が滑稽だったのだ。

 2人でクスクスと笑っていると、釣られるように星也がやって来た。


「何か面白い事でもあったのかい?」


「んー……ん、何でもないよ」


 星也に問われ、朋子は少し考える素振りを見せた後、首を横に振った。

 説明するまでの事でもないし、しても面白さは伝わるまい。

 夏姫もこくりと頷き、肩を竦めた。


「ああ、何でもないさ」


「うーん、そう口裏合わせられると気になるな」


 星也は釈然としない様子だ。

 その彼の様子を見て、夏姫と朋子から再び笑みが零れる。


 若者たちの笑い声が、夏の夜空の下に響いていた。



 ※  ※  ※



 普段からの習慣で朝早くに目が覚めた夏姫は、皆を起こさないように静かにベッドを抜け出した。

 ひとり、砂浜へと向かう。

 さすがに旅行先でまでジョギングをするつもりはないが、軽く体操をするのも悪くないだろう。


「……美しいな」


 海辺に辿り着くと、自然と言葉が口から洩れた。

 早朝の海は薄紫色に染まり、水平線が白んでいた。

 その雄大な光景に心動かされながら、夏姫はグッと伸びをする。

 肩をクルクルと回し、手首と足首を揺らした。


「夏姫さん」


 身体を動かしていると、背後から声を掛けられた。

 振り向けば、星也が砂浜に下りてこちらに近づいてきているのが見える。


「早いね。朝の体操かい?」


「ああ、軽く身体を動かそうと思ってな。すまない、静かに抜け出したつもりだったが、起こしてしまったか?」


「いや、もう目は覚めてたんだ。いつもこのくらいの時間に起きてるからね」


 コキコキと首を鳴らす星也。

 その視線は海原の方へと向けられていた。

 朝の涼やかな潮風が2人の間を抜けていく。


「昨日の大会、見られて良かったよ」


 ぽつりと、星也が言葉を紡ぐ。

 夏姫はその意味が理解できず、首を僅かに傾げた。

 後頭部に手をやりながら、星也は考えを整理し、纏めるように口にする。


「何ていうのかな、夏姫さんの戦い方は必死さが伝わってくるんだ。この一戦は絶対に落とさない、っていう強い意志を感じる。ベローチェという元祖MBFでは不利な機体に乗っても、なお必ず勝とうとする精神。俺も見習いたいと思ったんだ」


 星也は夏姫の瞳をじっと見つめる。

 陽が徐々に出てきた。

 薄暗かった周囲に光が差してくる。


()()をするからには、絶対に勝つ。そうだろう?」


 夏姫は試合という単語を強調しながら、不敵に笑みを浮かべた。

 来月行われる公式大会の事を含み、彼の心持ちを尋ねたのだ。


 星也は拳を握り締め、深く頷いた。


「もちろん、絶対に勝つ」


 星也の答えに、夏姫は満足げに笑みを深める。

 朝の光が2人の姿を柔らかく照らしていた。

 

 

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