060 喝采
「負けたよ。本当に強いな、キミは」
夏姫がベローチェの狭いコクピットから降り、柔らかいペットボトルのミネラルウォーターで喉を潤していると、ギガースの搭乗者が声を掛けてきた。
夏姫は少し頭を下げて礼をする。
「いい試合だった。貴重な経験が積めたよ」
「あれだけ関節を狙って破壊していく試合は他にはないだろうね。確かに貴重な経験だ」
はっはっはっ、と男は大仰な素振りで楽しそうに笑った。
それから傍に佇むベローチェを横目で見上げる。
「ギガースの機体もボロボロだが、こっちはどうだい? 試合中、左腕が上がらなかったようだけど」
「左肩のジョイント部分が潰れてしまったようだ。応急修理は不可能だと魔技師に言われた。次の試合はこのままで出なければならない」
「そうか。決勝戦は厳しい展開になりそうだな」
男の言に夏姫はフッと微笑む。
「……望むところさ」
どれだけ窮地に立たされようと、勝機を見出してみせる。
夏姫の瞳には、闘志の光が滾っていた。
「決勝戦、まもなく始まりまーす! ベローチェパイロットはリングへ向かってください!」
黒いTシャツを着た運営の若者が、遠くから腕を振って夏姫を呼ぶ。
夏姫は手を軽く上げてそれに答え、それからギガースの搭乗者に会釈をした。
「それでは、行ってくる」
「ここまで来たら優勝しちゃいなよ。武運を祈ってる」
励ましの言葉を背中に受け、夏姫は移動階段のタラップを踏んだ。
ベローチェの胸部にあるハッチに手を掛け、狭いコクピットに潜り込む。
3度目となる搭乗だが、この窮屈さにだけは慣れない。
「……さぁ、これで最後だ。行こうか、ベローチェ」
操縦桿を握り締め、魔導炉に魔力を注ぎ込む。
ベローチェの装甲が鮮やかな紅に彩られた。
テントの幕を右手で押し、外へ出る。
「さぁ、皆様お待たせいたしました! 一体誰が真面目にこの機体の決勝進出を予想できたでしょうか!? 優勝候補筆頭のギガースを下し、堂々の登場たッ! リッツァの小さき巨人、ベローチェ!!」
解説席からの実況に煽られ、集まった観客達が沸き立つ。
その人数は先ほどの試合の時よりも増えているようだ。
大勢の観客達の注視の中、ベローチェがロープで区切られただけの砂地の通路を歩く。
リングのロープを飛び越え、赤コーナーの前に陣取った。
「続いての登場は、エイリスの近接戦闘特化機体、ファイターです! その強さ、まさに折り紙つき! 今大会でも危なげなく決勝まで辿り着きました! このまま優勝をかっ攫うことが出来るのか!」
決勝戦の相手は、フルフェイスのヘルメットを被ったようなヘッドパーツが特徴的なカラクリ『ファイター』だった。
魔導装甲を赤と緑に染めた敵機が、青コーナーに移動する。
「さぁ、両雄見合いました……これが最後の試合となります! 今、運命のゴングが鳴らされました!」
カァンと小気味のよい鐘の音が鳴り響く。
同時に、ファイターが速攻を仕掛けてきた。
ベローチェの左肩が故障している事を知っているのであろう、こちらの左側に回りながら距離を詰めてくる。
(相手の弱点を突くのは当然だな……しかし、これは露骨すぎる)
夏姫はベローチェの重心を下ろし、相手の攻撃を待ち受けた。
ファイターが一気に間合いを縮め、右ストレートを撃ち放つ。
魔力による出力強化を加えた、稲妻のような超高速の一撃だ。
「――シッ!」
ベローチェが動く。
目にも止まらぬファイターの右ストレート、その伸びてきた手首部分にショートアッパーを正確にぶち込んだ。
ファイターの脇が開かれる。
夏姫は間髪置かずにベローチェの脚部に魔力を集中させ、敵機の脇腹に爪先を叩き込んだ。
体勢を崩しかけたファイターが、なんとか足に踏ん張りを効かせて持ち直す。
数歩後退りして距離を取った。
「高速の打撃戦、皆様お見えになられましたでしょうか! ファイターの拳をベローチェがアッパーで迎撃し、続けざまに回し蹴りを繰り出しました! なんという高度な戦い、片時たりとも目が離せません!」
あまりの速さに理解が追い付かなかった観客達が、実況の解説により歓声を上げた。
夏姫はベローチェの重心を落とし、右腕を上げて構える。
一方のファイターは、しっかりと脇を固めるようにファイティングポーズを取り、身体を左右に揺らしてステップを踏んでいた。
(ファイターの搭乗者は、こちらを舐めていた。ベローチェの故障を事前に知っていたのだろう。それに加え、こちらを格下の機体と侮って速攻で勝負を決めにきた。攻撃が左から来ると絞って対応すれば、迎撃は難しくはない。まぁ、それももう期待できそうにないが)
ファイターは先ほどとは打って変わって慎重にこちらの様子を窺っている。
闇雲に突っ込んでくるような愚行は、もう犯さないだろう。
(ファイターは軽装甲高機動型の機体。ベローチェの打撃でも充分にダメージは与えられるようだ。今度はこちらから仕掛けるとしよう)
決断から行動まで、刹那の時間も必要無し。
夏姫はベローチェの踵を浮かせ、一気にファイターとの距離を縮めた。
相手の懐深くまで潜り込み、両腕のガードの上に膝蹴りをぶちかます。
衝撃を逃すように、ファイターは上半身を後ろに逸らした。
「ハッ!」
夏姫はベローチェの蹴り足をすぐに下ろし、ファイターの足の後ろへ差し込んだ。
全身の体重を預けるようにして、敵機を腕で押し込む。
詰められた距離を一旦開こうと、ファイターが後ろへ下がろうとした勢いも手伝い、簡単に相手の足を刈って砂地に倒すことに成功した。
(これで最後の試合だ! 壊れても構わない、全力で行くぞ!!)
倒れたファイターの両腕を足でしっかりと挟むように固定して馬乗りになり、ベローチェが右腕を天高くかざした。
握りしめた拳に全身全霊の魔力を集中させる。
ギリギリと指の関節から異音が鳴った。
「食らえッ!」
ファイターの胸部装甲に、高所から拳が叩き込まれる。
魔導装甲がひび割れ、大きく凹んだ。
一拍の間を置いて、ファイターの装甲から色が失われる。
「ッ、決着ーッ! 真夏の元祖MBF大会! 数ある死闘を制し、勝ち残ったのは――リッツァのベローチェだ!!!」
実況者が勝者を声高に宣言し、割れんばかりの拍手が砂浜に巻き起こった。
夏姫はベローチェを立ち上がらせ、再び右の拳を高く天にかざす。
今度は攻撃の為ではなく、勝利を誇示する為に。
暫くの間、ビーチに拍手の音が鳴り止むことはなかった。
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