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059 関節狙い


 テント内の所定位置に戻り、夏姫はベローチェの窮屈なコクピットから降りた。

 改めて小さな巨人を見上げる。


(想像よりもパワーが低い機体だ。だが、それを補うほどの機動力がある。持ち前の素早さを活かし、攻撃を回避してからのカウンター……勝機は絞られてくるな)


 夏姫は腕を組み、人差し指でたんたんと二の腕の辺りを叩いた。

 先ほどの試合での機体の動きを思い出し、身体に馴染ませているのだ。


「失礼、ちょっといいかい?」


 ベローチェの前で長らく佇んでいると、背後から声を掛けられた。

 振り向けば、Tシャツにハーフパンツというラフな格好をした20歳前後の男が近づいてきていた。

 夏姫は僅かに首を傾げる。


「何か?」


「さっきの試合、あの見事な一本背負いが覚えがあってさ。もしかしてキミ、5月頃にマージギア展示会で元祖MBFの試合をしなかった?」


 男の言葉に夏姫はピクリと眉を動かす。

 その反応を確認し、男は笑みを浮かべて胸に親指を当てた。


「やっぱりキミか。俺だよ、ギガースに乗ってキミに一本背負い決められた大学生だよ。こんなところで会えるなんて奇遇だね」


「あの時の……」


 夏姫は2月程前に訪れたマージギア展示会での出来事を思い出す。

 実際に顔は合わせていなかったが、確かにこの男の乗るギガースと対戦をしていた。

 その時スピーカー越しに聞いた声と、目の前の男の声も一致する。


「キミもバイトかい? 朝の集合の時には見かけなかったけど」


「いや。ベローチェの搭乗者が熱中症で倒れたそうでな、私はその代役をしているだけだ」


「なるほどね……それにしても、数奇な縁だ。こうしてリターンマッチの機会が来るとは思ってもみなかったよ」


 男はちらりとベローチェを横目で一瞥し、肩を竦める。


「ただまぁ、キミが乗る機体がこれっていうのが不満だけどね。貶すつもりはないが、ベローチェは元祖MBFには向いてない機体だ。出来る事なら、真っ当なマージギアに乗るキミと戦いたかったよ」


「……」


 夏姫は男の言に返す言葉を見つけられなかった。

 確かに元祖MBFにおいて、ベローチェは優秀な機体とはいえない。

 烈火と比べたら数段評価を落とさなければならないだろう。


(だが、()()()()()だ。それでこそ、意味がある)


 サタリス。

 夏姫の脳裏に白き因縁のカラクリが浮かび上がる。

 スペックも能力も未知数の相手。

 その差を縮めるには、どんな逆境をも覆せるほどの腕を持たなければなるまい。

 これは、その雪辱戦の為の布石だ。


(こちらがどれだけ劣っていようとも、食らいついてみせるさ。この大会も、その糧にしてみせる)


 夏姫はニィと口の端を上げる。

 闘争本能から出る、野性的な笑みだった。

 

「……どうやら、闘志充分といった感じだね。俺は展示会の時と同じく、ギガースに乗っている。次の試合を楽しみにしているよ」


 男は踵を返し、その場から立ち去って行った。

 残された夏姫は、再びベローチェを見上げる。

 先ほどの試合内容を思い返し、機体の挙動を身体に刻むようにイメージし続けた。



 ※  ※  ※



「さぁ、やって参りました! 第一試合を華麗な投げ技で制しました、小さき巨人ベローチェの登場だ!!」


 夏姫の乗るベローチェがテントの幕内から姿を現すと、観客達が沸き上がり拍手喝采で出迎えた。

 赤コーナーに陣取り、夏姫は相手の入場を待つ。


「続いての入場はぁ――デカァアアアアイ! 全長14メートルを超える、圧巻の巨大さ! ベローチェとの身長差は、実に2倍! ローアのギガースだぁッ!!」


 カラクリの収容に用いているテントの入り口は、10メートル以上確保されているが、立って通る事が出来ず屈んで登場するギガース。

 外で背を伸ばしたその大きさに、観客達が圧倒されたようにどよめく。

 巨体を思わせぬ身のこなしでリングに飛び込み、青コーナーの前に立った。


「さぁ、両雄見合いました! 並べて際立つ背の高さ、まさに大人と子どものようです! 絶望的なまでの体格差、埋める事が出来るのかベローチェ! 注目の一戦が、今スタートです!!」


 カァンと鐘の音が響き渡る。

 それと同時に飛び出したのはギガースだ。

 前方に身を投げ出すように跳躍し、その巨体でベローチェを押し潰さんとする。


「……ッ!」


 夏姫はベローチェを後ろに後退させ、そのフライングボティプレスを躱した。

 ギガースが砂地に倒れ込み、莫大な砂塵が巻き上がる。

 次いで、砂埃の中から、ギガースの手がベローチェに伸びた。

 その手に素早く蹴りを見舞って払い、夏姫は相手から距離を取る。


(あの重量、押し潰されたら負けだ。そして、掴み……この軽量級の機体を掴まれれば最後、おもちゃのように振り回され、叩きつけられて終わりだろう)


 もちろん打撃もマトモに食らうことは許されない。

 脆いベローチェにとって、相手の攻撃全てが一撃必殺の死神の鎌だ。

 夏姫はゴクリと唾を呑み込み、改めてベローチェに構えを取らせた。


「大迫力のボディプレスから逃れ、ベローチェが相手に一撃を加えました。しかし、当然のようにギガースはノーダメージであります。さぁ、次はどちらが仕掛けるのでしょうか!」


 炎天下の砂浜で、カラクリ同士が睨み合う。

 ジリジリと距離を詰め、今度はベローチェが前に出た。

 向かい来る小さな機体に対し、ギガースが再度倒れ込んでくる。


(拳や蹴りを使わない気か? 相手の攻撃の勢いを利用した投げ技を警戒しているのか……それならば!)


 ベローチェの脚部に魔力を集中させ、機動力を高める。

 斜め前方へ疾走し、相手のボディプレスを躱した。

 同時に倒れ込んだギガースの右膝裏に目掛けエルボーを突き立てる。

 敵機の関節部が異音を上げた。


「おっと! またもやベローチェがボディプレスを回避! 続けざまにエルボーを叩き込みました! これは効いたかギガース!?」


 解説席からの実況に熱が帯びる。

 ギガースが身体を反転させ立ち上がった。

 途端、ガクリと右半身が下がる。


(効いた……動作の為に魔導装甲を薄めに設計せざるを得ない関節部を狙えば、この機体出力でも破壊は可能か)


 ギガースは左足で体勢を立て直し、重心を片側に寄せた。

 そして、左手を広げベローチェに伸ばしてくる。

 その丸太のように太い腕にベローチェが飛びついた。

 両足を二の腕から肩の方へ巻き付くように固定し、手首を両手で掴み取り、背中を思い切り逸らす。

 ベキリと、ギガースの左腕が有らぬ方向へ折れ曲がった。


「折ったぁ! ベローチェ、ギガースの腕を圧し折りましたぁ!」


 だが、ギガースも一方的にやられてはいない。

 

 腕を折った後にすぐさまギガースから離れ、距離を置こうとしたベローチェ。

 ギガースは折られぶらついた左腕を思い切り振るい、そのベローチェの肩にぶち当てた。

 ベローチェが衝撃に宙を飛び、砂の地面に倒れ込む。


「くっ……!」


 夏姫は強く歯噛みした。

 折った腕の方へ距離を取れば安全、と意識を左腕から外してしまっていた。

 カラクリに痛覚などないのだ。

 折れた腕であろうと構わず使ってくるのは、予測して然るべきだった。


(肩の動作に異常が出ている……左腕が上がらない)


 右腕で上半身を起こし、立ち上がって何とか体勢を整えるベローチェ。

 その左肩はダラリと下がり、腕はピクリとも動かない。


「ギガースの攻撃をまともに食らい、ベローチェどうやら左肩を故障した模様です! 両機ともにダメージ有り、試合の行方は未だ分かりません!」


 使える右腕だけを上げ、ベローチェが腰を低くして構える。

 ギガースは右腕を横に広げ、片足で地面を蹴って勢いよく前方へ突っ込んだ。

 ベローチェの胸部を刈り取るように狙った倒れ込みのラリアットだ。


「シッ!」


 夏姫は全霊の魔力を魔導炉に送り込んだ。

 

 ――電光石火。

 

 ベローチェが神速の速さでギガースの上を取り、首に足を掛けた。

 そして、足を固定し相手の背中の方へ倒れ込む。

 ギガースの首が伸びきり、そしてゴキリという音と共に圧し折られた。


(カラクリの操作は、人形を魔力で操る魔術を大本とする。人の形であることが、この魔術において重要な要素だ。首を圧し折られたカラクリは、最早人の形と同じとは言えない。エネルギーの循環に致命的な滞りが発生し、もう動けまい)


 倒れ伏したギガースから離れ、ベローチェが立ち上がる。

 首を折られたギガースは身じろぐ事も出来ず、やがてその装甲から彩を失った。


「――なんとッ! この壮絶な死闘を制したのはッ、小さき巨人ベローチェだぁッ!」

 

 夏姫は実況の勝利宣言に合わせ、ベローチェの右手を天高くかざした。

 同時に観客達が歓声を上げ、大きな拍手が巻き起こる。


「……勝った。紙一重だったな」


 魔力の消費で身体が熱く火照っている。

 額の汗を手の甲で拭い、夏姫は息を大きく吸い、細く吐き出した。


 残るは後1試合、決勝のみである。


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