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005 マージギア

 

 屋上で手早く弁当を食べ終えた後、夏姫は学園の第二グラウンド傍にある倉庫の方へ足を延ばした。

 目的地に近づくにつれ、肌に感じる魔力の圧が強まってくる。


(この反応――まさかとは思うが……)


 ドクリドクリと心臓が高鳴る。

 こめかみから汗が顎へと伝う。

 高揚と不安が綯い交ぜとなった、心落ち着かない気分だった。

 

 倉庫には両開きの鉄の扉が備え付けられており、その中心が人一人が入れるほどの幅で開かれていた。

 夏姫は扉にそっと手を添え、中を伺い見る。


「――――!」


 言葉を失った。

 

 倉庫の中に巨人が立っていた。

 白い装甲を身に纏った全長十メートルを超える鉄の巨人が、倉庫の中で悠然と立ち、こちらを見下ろしていた。


「カラクリ――」


 見間違うはずがない。

 志島(・・)の感覚では、つい三日前までコレに乗り、戦場を駆けてきたのだ。


 『人型魔導兵器』――戦場での通称は、カラクリ。


「渋い通り名、知ってますね!」


 倉庫の中に入ってカラクリを見上げていると、背後から声を掛けられた。

 振り返れば、白衣を着た女生徒が傍に立っている。


 小柄な少女だった。

 黒フレームの眼鏡を掛けており、長い後ろ髪を団子状に丸めている。

 リボンタイの色はエンジ色、昨年度卒業した三年生のものと同色であることから、彼女が一年生である事が分かる。


「カラクリって、旧ヤマ軍があった頃の通称ですよね。先輩、ミリタリー好きだったりします?」


 ニコニコと人懐こい笑顔を見せる少女。

 夏姫は食い気味に話しかけてくる彼女に対して半歩後ろに下がりながら、首を横に振った。


「いや、特にそういった趣味はないんだが――そうか、今はカラクリと呼ばないのか」


「そんな古い呼び方、誰もしませんよー。今は全世界共通で『マージギア』です」


「マージギア……」


 その呼び名は、メダリカやエイリスの方の言葉だ。

 魔術師を歯車として運用する兵器、『Mage Gear』。

 戦勝国の言葉が祖国の言葉を押しのけて根付いている事に、夏姫はほんの少し寂寥感を覚えた。


「ところで先輩、この格納庫(ドック)に何か御用ですか?」


「ああ、校内で魔力反応を感知してね。何があるのかと立ち寄ってみただけなんだが……」


 夏姫は今一度カラクリを見上げる。


「何故こんなところにカラクリがあるんだ?」


「あれ、ご存知ありませんでしたか? 今年から昴星学園も『マージギア・バトルフィールド』に参加することになったんです! MBFですよ、MBF!」


 夏姫は記憶を引っ張り起こす。


 呑界大戦下において驚異的な戦果をもたらしたカラクリだが、技術の発達によってもはや戦場ではお払い箱となっていた。

 だが、廃棄前のカラクリを利用し戦わせる興行が、終戦以降流行し始める。

 それが発端となり、今ではカラクリ同士によるルールに乗っ取った戦いが一大スポーツとしての座に収まっていた。

 

 それがMBF――マージギア・バトルフィールドである。


「そうか……高校生による全国対抗試合なんかもあるんだったな。時代だな……」


 夏姫のカラクリを見る目が遠いものになる。

 戦時下あれだけ心強くあった人型魔導兵器も、今ではスポーツの道具だ。

 時の流れを感じさせずにはいられない。


「ところで先輩!」


 過去を懐かしんでいた夏姫に、眼鏡の少女がパンと両手を合わせて話しかける。


「先輩、魔力を感知してここまで来たって言いましたよね? つまり、魔導の素質はあるってことですよね?」


「素質……どうだろうな?」


 魔導兵器のエネルギー源は人の持つ魔力だ。

 魔力自体は人間誰しも持って生まれるものだが、その強さや魔導へと変換する素質はまちまちである。

 特に巨大兵器であるカラクリは、魔導の素質が無ければ指一本動かす事が出来ないほど、操作難度の高いものだ。


 大戦期、カラクリに乗る兵士は、一定以上の魔導の素質を持つエリートに限られていた。


()には魔導の素質があったが、夏姫の方はどうかな……徴兵の際に魔力検査を受けて、俺はカラクリ乗りの素質有りと判断されたが、この平和な時代では魔力検査なんて自主的にやらなきゃ無縁のものだからな)


 夏姫は右手を顔の高さ辺りまで上げ、そこに意識を集中し始めた。

 体内を巡る魔力を右手へ集め、炎へと転換する。


「火術一式、『焔』」


 夏姫の右手から炎が生まれ、中空でゴウゴウと燃え盛る。

 その炎の勢い、魔力の消費量を体感で調べた後、手を閉じて術式を掻き消した。


「魔導の素質は全く変わってないな、今もカラクリを動かせそうだ」


 夏姫は一人納得するように頷く。

 そんな彼女に、白衣の少女はキラキラとした瞳を向けていた。


「凄いっ!」


「ん?」


「凄いっ! 凄すぎますよ先輩! 魔導具の補助無しでの魔術の行使、その生み出した火の強さ! 今のプロMBF選手だって真似できるかどうか!」


 両こぶしを握り締め、グイグイ近づいてくる少女。

 夏姫は彼女から更に半歩、引き気味に後退した。


「お、おいおい! ちょっと落ち着け!」


 その夏姫の言葉に少女はハッと我に返り、コホンと咳ばらいをした。

 そして、改まった仕草で右手を胸に当てる。


「先輩、私は一年A組の銀城すばると申します。よろしければ、我がMBF部に入っていただけませんか?」


「私が……MBFの部活を?」


 横目でカラクリを見遣る。


 夏姫の傍で屹立しているのは、ヤマの人型魔導兵器、その第三世代に当たる機体『山王(さんのう)』だ。

 志島秋生が乗っていた機体『烈火』の兄弟機に当たり、近接戦闘を得意とする烈火とは反対に山王は遠距離戦に特化していた。


(良い機体だが、私の好みじゃないな……それに……)


「銀城さん、悪いが私はカラクリに乗るつもりはないよ。もうカラクリで戦うのはごめんなんだ」


 すばるの要請をすっぱりと拒否し、夏姫は彼女に背を向ける。

 

 志島がカラクリに乗っていたのは、あくまで戦争による徴兵のためである。

 喜び勇んで乗ろうとは思わない。

 この格納庫に訪れたのも、どうしてカラクリの魔力反応が学園内にあるのか調べに来ただけだ。


(私の戦争はあの時終わったんだ……あの敗北を以て、カラクリ乗りとしての人生は幕を閉じた。未練はもう……)


「先輩!」


 すばるに呼び止められ、夏姫はハタと足を止めた。

 振り返ると、すばるは白衣のポケットから大きめのタブレットを取り出していた。

 指先で画面を操作した後、夏姫に向けてそれを掲示する。


「――――!」


 液晶に映っていたのは、魔力の翼を生やしたカラクリ。

 志島秋生の人生を終わらせた、あの白き鉄の巨人だった。


 

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