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058 ベローチェ


「はぁ!? この大会に出場する!?」


「なんでそんなことに……」


 夏姫の話を聞いた後、光一郎と星也が各々リアクションを取っていた。

 朋子とすばるも驚き、互いの顔を見合わせている。

 

 夏姫はうむと頷き、事の経緯を詳細に語ることにした。


「ベローチェというカラクリの搭乗者が熱中症で倒れたらしい。その代役を買って出たんだ。初めて見る機体で、なかなか面白そうだったからな」


「面白そうって……よくそんなにすんなり話が進んだねぇ」


 朋子は未だ驚きを隠せぬ様子だ。


「運営側もベローチェを不戦敗にするよりは、代役を立てた方がいいと判断したようだ。それに今回の大会の搭乗者は、近隣大学のMBF部員がバイトで集まったものらしい。ひとりくらい高校生が混ざったところで問題はないだろう。元々真剣な興行ではなく、賑やかしの催しみたいなものだしな」


「……まぁ、話の流れは分かったよ。んで、お嬢様が乗ろうっていうベローチェってのは、どんな機体なんだ?」


 夏姫の説明を聞き一応の納得を示したあと、光一郎が疑問符を発した。

 それにすばるが眼鏡のレンズをきらりと光らせる。


「ベローチェはリッツァの第三世代機です。特徴的なのは、その全長。普通のマージギアの平均全長は10メートル強。しかし、ベローチェは7メートル程しかありません」


「ちっちゃいねぇ。小さいと何かメリットがあるの?」


 朋子が驚き、質問を挟む。

 すばるは両腕を組み、難しい顔で首を捻らせた。


「小型化に至った原因は、主にコストを抑えて機体を量産する為です。戦闘面でのメリットは、機動力が高くなる事ですかね。ファイターよりも更に軽量なマージギアですから、その速さには目を見張るものがあります。その機動力を活かしたベローチェ編成部隊の電撃戦は戦史にも残っていますよ。一方、デメリットとしては、低耐久とパワー不足が挙げられます。武器を携行できる通常のMBFならまだしも、元祖MBFでは致命的な欠点でしょう」


 つらつらと薀蓄(うんちく)を連ねるすばる。


「なるほどなぁ、確かに格闘技を競うこの大会では不利だな」


「出場機体一覧に記載されている下馬評にも、一番の大穴として紹介されているよ」


 星也が手に持ったプリントをひらひらと振り、光一郎は肩を竦めた。

 それからニッと口の端を吊り上げる。


「でも、お嬢様が乗るならイケるかもな」


「うん、私もそう思う」


 光一郎の言に、朋子が大きく頷く。

 期待が込められた視線が、4人から夏姫に注がれた。

 夏姫は小さく笑みを浮かべ、手を上げる。


「やるだけやってみるさ。応援よろしく頼む」



 ※  ※  ※



「……狭いな」


 ベローチェの搭乗席に座り、夏姫は素直な所感を呟いた。

 小さな機体に合わせて造られた、窮屈なコクピットだ。

 脚も腕も伸ばすスペースがない。


(……そういえば、()は初めてだな。シュミレーターではなく、現実世界で戦うのは)


 操縦桿を握り締める。

 魔導炉に魔力を注ぎ込み、ベローチェの全身にエネルギーを通わせた。

 白かった魔導装甲が、鮮やかな紅に彩られていく。


「さて……やるか」


 ベローチェの足を一歩動かす。

 ズシンと剥き出しの砂の地面を踏みしめ、コクピットが揺れた。

 テントの正面入口へ移動し、外へ出る。


「さぁ~、やって参りました! リッツァの小さき巨人、ベローチェの登場だ!」


 パラソルの下に長机を並べただけの解説席から、ナレーターの熱の入った煽りが飛ぶ。

 観客達はテントから現れたカラクリを見上げ、拍手を鳴らした。

 ベローチェがロープを飛び越え、赤いポールの前を陣取る。


「次に現れたるは、大国メダリカからの刺客! フロッグマンGだぁッ!」


 テントの幕が開き、装甲をカーキ色に染めたフロッグマンGが現れる。

 観客の歓声を浴びながら通路を歩き、青いポールの前へ移動した。


(フロッグマンGか。慣らし運転には丁度いい相手だな)


 夏姫はベローチェの重心を下げ、構えを取らせた。

 対して、フロッグマンGは虚空にパンチを数発撃ち、チョイチョイと手を振る。


「お~っと、フロッグマンG余裕の態度だ! こんなチビ、軽く捻ってやるとばかりに挑発しております!」


 ナレーターの実況に、観客が笑い声を上げる。

 夏姫は微動だにせず、ただ試合開始を待った。


「さぁ、両雄見合って……今、戦いの火蓋が切って落とされました!」


 カァーンと小気味よいゴングの音が鳴り響く。

 同時にベローチェが前へ飛び出した。

 瞬時にフロッグマンGとの距離を詰め、正拳突きを胸部に見舞う。


「ベローチェ、先制攻撃! しかし、これはぁー……」


 攻撃を受けたフロッグマンGだが、よろめく素振りすら見せず健在だった。

 懐に潜り込んできた獲物に向けて、細長い両腕を高く振り被る。

 手を組んで、ナックルハンマーを振り下ろした。


「フロッグマンG、全くダメージを受けておりません! ベローチェ、絶体絶命!」


(パワーが足りないか、真っ向からの打撃は無駄だな。それならば――)


 頭上から迫りくる拳の槌。

 夏姫はベローチェの上半身を屈ませながら、横へ転がってその攻撃を回避した。

 素早く立ち上がって構え、仕切り直す。


「必死に転がり逃げ惑い、なんとか九死に一生を得ましたベローチェ! しかし、この機体性能の差は絶望的か!」


 ナレーターが煽るような実況を入れる。


(どうやら、解説者の中ではベローチェは弱小機体であり、負けは確定しているようだ。だったら、それを覆してやろうじゃないか)


 夏姫の中に反骨心が頭をもたげる。

 

 再度、ベローチェが前に飛び出した。

 先ほどは反応出来なかったフロッグマンGだが、今度はその動きに合わせて拳を突き出してくる。

 顔面を狙ったそのパンチを横に躱し、手首を掴んだ。


「ハッ!」


 背面を向けながら素早く相手の懐に潜り込んで、膝を曲げる。

 魔力を脚部に集中させ、勢いよく伸ばす。

 背中に乗せて浮かせたフロッグマンGの腕を引き、縦に一回転させた。

 砂塵を撒き散らし、仰向けに倒れるフロッグマンG。


「……ッ!? これはッ!?」


 解説席の実況が追い付かない。

 夏姫はベローチェの体勢をすぐに立て直し、片足を高く上げた。

 踵の魔導装甲を一点強化させ、寝転がったフロッグマンGの肥大した胸部装甲に叩きつける。

 金属が拉げる音が鳴り響き、胸部装甲がグシャリと凹んだ。

 フロッグマンGの魔導装甲から色が失われていく。


「……信じられません。あの巨体を投げ、踵落としを決めてしまいました……ッ、勝者ベローチェ!!」


 解説が我に返り、リングの上に立つ勝者を力強く断言した。

 水着姿の観客達が一斉に歓声を上げる。


「一本背負い、前の元祖MBFの試合経験が活きたな……」


 夏姫は口の端をわずかに上げて笑う。

 惜しみない拍手に包まれながら、夏姫は狭いコクピットの中で勝利の余韻に浸った。

 

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