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057 催し


 浮き輪に腕足を預け、波に任せて揺蕩(たゆた)う。

 

 夏姫は目を瞑り、海を全身で満喫していた。

 光一郎と遠泳し、皆でビーチボールに興じ、少し疲れたとパラソルの下で休憩を取る一同から離れ、今は波に揺れている。


(気持ちいいな……照り付ける日光と、ひんやりとした海水。穏やかな波。海日和だ)


 心地よさに浸っていると、足の裏に何かが触れた。

 上半身をわずかに起こし、足の先を見るも変わったものはない。


(魚か海を漂うゴミにでも触れたか?)


 訝し気に眉をひそめる夏姫。

 間を置いて、今度は腰の辺りをつぅと触れられる感触があった。

 思わず背筋を伸ばす。


「なーつきさん!」


 ザバッと勢いよく海から登場し、夏姫の乗る浮き輪に手を掛けたのは、水中眼鏡を掛けた朋子だった。

 悪戯っぽく笑う彼女に、夏姫は口元を緩める。


「朋子だったのか」


「驚いた?」


 尋ねる朋子に、夏姫は肩を竦めて返す。

 朋子はクスリと笑い、ビーチを指差した。


「そろそろお昼ご飯にしようかって話してたの、戻ろう?」


「ああ、分かった」


 夏姫が浮き輪から出ようとすると、朋子はそれを手で制した。


「いいよ、私が押してあげる」


 夏姫の背中側の浮き輪を押し、朋子がバタ足を始める。

 厚意を受け取り、夏姫は浮き輪に乗ったまま運ばれて行った。


「到着~」


 砂浜に到着し、地に足を着ける。

 中天の太陽が熱した砂は、午前中よりも更に熱くなっていた。

 ビーチパラソルの元に足早で移動する。


「おう、来たな」


 やって来る2人に気づき、傘の日陰で休んでいた光一郎が立ち上がった。

 パラソルの下には彼の他に人は居ない。


「星也とすばるは?」


「昼飯の前にシャワーで汚れを落として来るってよ。お嬢様も足に砂が付いてるぞ。洗った方がいいな」


「賛成。海水が乾くと肌がジャリジャリしちゃうし」


 光一郎が先導し、3人は簡易的なシャワー場に向かった。

 仕切りも天井も無い、サッと身体を流す為だけの場所だ。

 海水と砂を落とし、上着を羽織ってから改めて海の家へ移動した。


「あっ、みなさ~ん!」


 海の家の椅子に腰掛けていたすばるが、こちらに気づいて手を振る。

 その隣では星也がコーラの瓶を傾けていた。


「すまない、待たせたな」


 夏姫が詫び、2人は首を横に振った。

 全員揃ったところで昼食を注文する。

 運ばれてきた料理に舌鼓を打った。


「美味しい! 海の家で食べる料理って何でこんなに美味しく感じるんだろう」


 焼きそばを咀嚼し嚥下した後、朋子が頬に手を当てて絶賛した。

 それに星也が反応する。


「身体が栄養、とりわけ塩分を欲しているからじゃないかな。この日差しの上、水泳でも汗は掻くからね。だからしょっぱい物が美味しく感じるんだ」


「確かに専門店の味にゃ及ばないものの、このラーメン美味いっスよ」


 光一郎が麺を啜って納得したように頷いた。

 すばるはたこ焼きを口に運ぶ手を止め、彼を呆れたように見る。


「光一郎先輩、この暑いのによくラーメン食べますねぇ」


「暑いからこそ熱いものだろ? 海の家の定番といや、ラーメンとおでんが2トップじゃねぇか」


 どんぶりを持ち上げ、醤油ベースのスープを喉を鳴らして飲む光一郎。

 夏姫はフッと小さく笑った。


「2トップかは知らないが、確かに暑い日に熱いものを口にしたい気持ちも分かるな。冷たい麦茶もいいが、あえて熱いほうじ茶を飲むのも悪くない」


 特に中身のない日常会話に花を咲かせる。

 料理を食べ終え、ジュースを飲みながら一息ついていると、すばるが店内の柱に貼られたポスターに目をつけた。


「真夏の元祖MBF大会……?」


 大きく記載された文章を読み上げるすばる。

 見れば、様々なカラクリが並んだ構図のポスターに煽り文が記載されていた。


『魔術・重火器を使わない真剣(ガチンコ)勝負! 真夏の砂浜を制するのはどの機体か!? 予想正解者から抽選で豪華景品プレゼント!』


 夏姫は景気よくカラフルな文字色で書かれた文を目で追い、それから皆の方へ顔を向け直した。


「開催は今日の午後からになっているな。どうする?」


 夏姫の問いに全員が目配せする。

 やがてその顔に小さな笑みが浮かんだ。


「面白そうだ、行ってみよう」


「賛成!」


 星也が立ち上がり、朋子もそれに続く。

 会計を済ませ、一行は浜の外れの方まで足を伸ばした。

 そこには一際目を引く巨大な緑色のテントと、砂地に杭を打ってロープを張った即席のリングがあった。


「へぇ、ここで試合すんのか」


 リングの周りには既に人が集まってきている。

 熱気に煽られ、光一郎は野性的に口の端を持ち上げた。


「優勝機体の予想投票を受け付けていまーす! 予想正解者から抽選で豪華景品プレゼントしまーす!」


 テント前で水着姿の女性たちがイベントの案内をしている。

 投票券の近くには今回の大会に出場する機体を紹介する紙が配られていた。


「出場するマージギアは8機。優勝予想の大本命はローアのギガース、対抗はエイリスのファイターか」


「悩ましいですね。フロッグマンGを応援したい気持ちもありますが、やっぱり純粋な前衛機体の方が元祖MBFは有利ですし……」


 星也とすばるが難しい顔をして予想を立てている。


「このギガースって夏姫さんと元祖MBFで試合した機体だよね。あの試合は凄かったなぁ」


「やっぱりビーストシリーズの出場はねぇか。じゃあ、このデカブツで決まりだな」


 朋子は思い返すように目を瞑り、光一郎はすぐに本命であるギガースに投票を決めたようだった。


(さて、私はどのカラクリに投票しようか……機体のスペックは搭乗者によって覆せるものだ。機体だけを見ても、どれが優勝するかなんて断定できるものではないが……)


 紙面に視線を落とし考え込んでいると、テントの中から何やら慌ただしい声が聞こえてきた。

 怪訝に思い、入口の幕を手で除けて中の様子を窺う。

 

 テントの中には元祖MBFに出場するカラクリが並び立っていた。

 その巨人たちの一体の前で、イベント運営者なのであろう、揃って黄色のTシャツを着た男たちが集まっている。


「どうするんだよ! パイロットが熱中症で倒れちまったんだぞ!」


「仕方ないじゃないですか。このベローチェは不戦敗ということで……」


「もう投票済みなんだよ! このマージギア、人気は最低だけど大穴狙いで投票してる人もいるんだ!」


「ベローチェの不参加をアナウンスして、投票した人にもう一度投票のし直しをお願いして……また時間が掛かるぞ」


 今後の方針を談合する男達。

 夏姫は彼らの横に移動し、真正面からカラクリと向き合った。

 ひらひらと手を振り、フッと微笑む。


「こんなカラクリもあるのか。初めて見たが、面白い機体だ」


 リッツァの第3世代機、ベローチェ。

 機体の全長は7メートル強。

 一般的なカラクリよりも3メートルほど背の低い、小さな巨人だ。


「……って、君! 何してんの、一般人がここに入っちゃ駄目だよ!」


 運営者の一人が夏姫に気づき、追い出そうと近づいてくる。

 それを手のひらで制し、夏姫は彼らに向き直った。


「搭乗者が倒れたのだろう、私が代わりに乗ろう」


 堂々と夏姫は言い放つ。

 男達は突然の闖入者である少女を前に気圧され、顔を見合わせた。


 

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