056 海
照り付ける陽光を反射し、煌めく青い海。
砂浜に寄せては引いていく白波。
匂い立つ潮の香り。
「海だーッ!」
バスから降りた光一郎が両腕を上げ、海原に向かって叫んだ。
それを聞いた昴星学園MBF部の面々は、若干眉を顰めながらも、明るい笑顔を浮かべている。
旅行初日、晴天に恵まれた行楽日和である。
「電車からバスに乗り継いで1時間半か。割と近かったな」
遠く遥かな水平線を眺めながら、夏姫は潮風に飛ばされぬように帽子を押さえた。
白いワンピースの裾が緩やかにはためく。
「外れの方と言っても、一応都内だからね。日帰りでも来られる場所だよ」
「綺麗なとこだねぇ。都心から離れると、この海も違って見えるね」
星也が夏姫の言を拾い、会話を広げる。
その隣で朋子は、長時間の交通機関の利用で固まっていた身体をほぐすように伸びをしていた。
「皆さーん、今日泊る家はこちらですよー!」
バスの停留所に留まっていた一同を、先に移動を始めていたすばるが手を振って招く。
道路を挟み、潮風を遮る防風林の奥へ向かうと、木組みのログハウスが並び建つ別荘地に到着した。
涼やかな木陰の下を歩き、星也がその中の一棟の扉に鍵を差して開いた。
「さぁ、ここがうちの別荘だよ」
家の中はゆったりとした空間が広がっており、清掃がきちんと行き届いていた。
長く使われていなかった家屋特有のかび臭さもなく、ログハウスの上質な木の香りが漂っている。
ソファやテーブルなどの家具の他に、絨毯や絵画などの調度品も綺麗に並べられていた。
「素敵なおうち!」
朋子が両手を合わせ、うっとりとした様子で感嘆する。
「それで、これからどうするんスか?」
「もちろん、海ですよ! 遊べる時間は限られているんですから、のんびりしてられません!」
光一郎が誰にともない問いを発すると、すばるがビシッと手を上げて意見を述べた。
特に反対意見は出ず、全員が了承する。
「海も近いし、ここで着替えていくことにしよう」
「2階に寝室が2部屋ありますから、男子と女子で別れましょうね」
すばるが軽やかな歩調で階段を上っていく。
夏姫と朋子もそれに続き、寝室に入った。
荷物をベッドの上に置いて、水着が入った袋を取り出す。
(……本当に、これを着るのか?)
今日の旅行の為に新調した水着は、黒のビキニだ。
学園指定の水着しか持っていなかった夏姫は、前の休みに朋子とすばると共に買い物に出掛けていた。
その際に彼女達から薦められたのが、このビキニである。
(布の面積が少ないんだよな、これ……まるで下着だ。今の女性はこれを着て遊泳するのが当たり前なのか)
軽いカルチャーショックを覚え、頭痛がする。
だが、いつまでも水着を手に固まっているわけにもいくまい。
夏姫は意を決し、着替え終えた。
「ん~! 夏姫さん、スタイルいいからやっぱりビキニ似合うなぁ」
朋子が夏姫の水着姿を前にし、見惚れたように頬に手を当てる。
彼女もまた花の意匠をあしらわれたビキニを着ており、肌の露出度が高かった。
「朋子先輩もバッチリ似合ってますよ。私なんかこういうので誤魔化さないと怖くて人前に出られません」
チューブトップの水着についたフリルを指でつまみ、すばるが口を尖らせて物を言う。
それを聞いて朋子はすばるの両肩に手を当てた。
「何言ってるの、すばるちゃんもとっても可愛いよ~」
「もぉ~、ホントですかぁ~」
朋子がおどけた様子ですばるを左右に揺らす。
はしゃぐ二人をよそに、夏姫はパーカーを取り出して上に羽織った。
「そろそろ行こう。きっと星也達も待っているだろう」
「はーい」
朋子達も上着を着て寝室を出る。
階下に下りると、海水パンツを履き、上にシャツを着た男性陣が待っていた。
彼女達の水着姿を見た光一郎は、僅かに顔を赤らめ目を逸らす。
「お待たせしましたー。どうですか、お兄様。私たちの水着は?」
すばるが小悪魔的な笑顔をつくり、両手を広げる。
その先にいるのは夏姫と朋子だ。
「うん、とてもよく似合っているよ。綺麗だ」
星也は微笑みながら、堂々と真正面から女性陣を褒めた。
朋子がその言葉に頬を紅色に染め、恥ずかしそうに俯く。
夏姫は小さく頷き、「ありがとう」とだけ返した。
「光一郎先輩はどうですかー?」
意地の悪い笑みを隠しもせず、すばるが光一郎に問いかける。
光一郎は再度ちらりと横目で彼女達を見た後、後頭部をワシワシと掻いた。
「いや、いーんじゃねぇの。似合ってるよ、似合ってる」
「光一郎先輩って、結構初心いですよねー」
光一郎に近づき、にししと愉快そうに笑うすばる。
「うるせぇよ! さぁ、さっさと海行くぞ!」
光一郎は荷物の入ったバッグの紐を肩に掛け、さっさと外に出て行ってしまった。
残った面子は顔を見合わせて小さく笑い、彼の後に続く。
「海久しぶりだなー。お日様の熱を吸った砂浜、ちょっと熱いけど気持ちよくて好きなんだ」
砂浜に立った朋子が、ビーチサンダルから露出したつま先で砂を掬った。
乾いた白い砂がサラサラと流れ落ちる。
夏姫もそれを真似ると、確かに熱い砂が心地よかった。
「ちょっと待っててくれるかい。ビーチパラソルを借りてくるよ」
「あ、俺も行くッスよ。ついでに浮き輪やらボールやらも借りましょう」
星也が女性陣に声を掛けて海の家へと向かうと、光一郎もそれに付いていった。
ビーチには多くの人の姿がある。
盆にしか休みを取れない社会人と、その連れの家族もいるのだろう。
男女問わず騒ぎはしゃぐ声が、あちらこちらから聞こえてきた。
(海……久しぶりだな。子どもの頃以来だ)
夏姫は移動し、ひとり素足で波打ち際に立った。
湿った土のひんやりとした冷たさを、足裏で楽しむ。
そのうちに波が来て、くるぶしまでを海水が濡らした。
波が引き、足回りの砂がサラサラと流れていく。
その感触がなんともこそばゆく、海に来ていると実感させた。
「お嬢さん、暇そうだね。ひとりかい?」
「何なら俺たちと一緒に遊ばない? 水上スキーもあるぜ?」
不躾に声を掛けられた方へ振り向けば、20代前半くらいの男が2人立っていた。
友好的な笑顔を浮かべているが、その視線は獲物を狙うかのように夏姫の肢体に注がれている。
夏姫は不快感に思わず眉をひそめた。
「いや、結構だ。友人と一緒に来ているのでな」
「友達? 女の子? 人数増えるの大歓迎だよ、俺ら」
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
夏姫は首を横に振った。
「貴方たちと遊ぶつもりは無い。他を当たってくれないか?」
「いや、いーでしょ。遊ぼうよ!」
「他の子にも聞いてみなよ。俺らと遊びたい子もいるかもしんないしさぁ」
男たちは夏姫の言葉に耳を貸す素振りも見せない。
夏姫が少々うんざりしていると、彼らの背後に人影が伸びた。
「こんにちは、彼女に何か用ですか?」
「あぁ?」
男たちが凄んで顧みた先には、星也と光一郎が立っていた。
星也は涼やかな表情で彼らと対峙しているが、高身長かつ鍛えられた肉体を晒している。
光一郎は完全に男たちを睨みつけており、臨戦態勢を取っていた。
「は……い、いやぁ、ちょっと話がしたかったなぁってだけで……」
「大した用事はないんだ……ハハ……」
男たちは彼らの姿を見て、怖気づいたように顔を強張らせ、すごすごと退散していった。
星也はその後ろ姿を溜息を吐きながら見送った後、夏姫の方へ顔を向ける。
「夏姫さん、一人になったら駄目だよ。こういう場所はナンパが多いんだ」
「ああ、気を付ける。あの手の連中をあしらうのは面倒だな」
夏姫は素直にこくりと頷いた。
「何もされてねぇな、お嬢様? 変な事言われたりしてたら、追いかけてぶん殴ってきてやるぞ?」
「問題を起こすなよ、光一郎」
光一郎が手のひらに拳を撃ち込み、気炎を揚げている。
星也はその隣で呆れたように半眼になりながら、彼を宥めていた。
夏姫はフッと小さく笑い、2人に向き直って改めて礼を述べる。
「ありがとう、星也。光一郎。助かったよ」
感謝の言葉を受け取り、星也と光一郎は頬を緩めた。
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