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055 実践


「うりゃあああっ!」


 朋子の乗るフェイローが両拳に魔力の光を纏わせ、夏姫の搭乗する烈火に迫った。

 細かくステップを踏み、機敏な動きで相手との距離を詰める。


「シッ!」


 夏姫はフェイローが間合いに入ったのと同時に、上段に構えていた大太刀を振り下ろした。

 その剣筋は、確実に相手の頭部を捉えている。


「はっ!」


 フェイローが左腕を外へ払うように振るった。

 裏拳が大太刀の腹に接触し、斬撃が横に逸れる。


「よしっ! 決めるッ!」


 一歩前へ大きく踏み込み、フェイローは腰を捻って右腕を引いた。

 剣を払われて体勢を崩している烈火に向け、渾身のストレートを撃ち放つ。


「ラアアアッ!」


 夏姫は魔力を脚部に集中させ、崩れた体勢から打ち上げるような蹴りを繰り出した。

 烈火の足裏が、迫りくる右腕にぶち当たる。

 大きく腕を弾かれ、フェイローの脇ががら空きになった。


「ハッ!」


 上げた足を下ろす勢いも加え、烈火が半回転しながら大太刀を横になぎ払う。

 その刃はフェイローの胸部装甲を切り裂き、その奥にあるコクピットに叩き込まれた。

 フェイローが横倒しになり、青い魔導装甲から色が失われる。


「あーん! またダメだったぁ!」


 悔しそうな朋子の声が、外部スピーカーを通して聞こえてきた。

 夏姫は口の端を僅かに上げ、笑みを作る。


「なかなか上達してきているよ、朋子。特に剣を魔光拳で弾く技術は目を見張るものがある。だが、少し相手のバランスを崩したくらいで大技を繰り出そうとするのは考えものだな。魔力操作が巧みな搭乗者なら、各部の出力を上昇させて、無理な体勢から反撃を繰り出すのも不可能じゃない」


「あの体勢からキックしてくるのを予想するの? そんなの夏姫さんくらいにしか出来ないでしょう?」


「そんな事はないさ。最近当たるようになってきた個人戦ランキングの上位層は、先ほどの蹴りのような反撃は当たり前のようにしてくるよ」


 むぐぐ、と朋子が唸る。

 夏姫の試合は高校トップ勢の動きの研究の為、部員全員で観戦されていた。

 その時の内容を思い出し、反論の余地がなくなる。


「それじゃあ、私はどう攻めるべきだったの?」


「攻めに転じる時も、常に反撃の可能性を頭に入れておくことだ。カウンターであっさり沈むような大振りな攻撃は、割の悪い博打さ」


「うーん……それじゃあ、もっと細かいジャブとかを挟んでから、ストレートに繋げれば良かったのかなぁ」


 朋子が考え込み始める。

 夏姫は笑みを深め、烈火の手を振って起き上がるようにジェスチャーした。


「実践に勝る訓練はなし。さぁ、次をやるぞ」


「はーい」


 横たわるフェイローの姿が一度消え去り、再び仮想空間に現れた。

 裂かれた装甲は元通りに復元されている。

 両拳に魔力の光を纏い、フェイローが戦闘態勢を取った。


「それじゃ、行くよ! 夏姫さん!」


「ああ、いつでも!」


 フェイローが勢いよく前に出る。

 大太刀を構えた烈火が、それを出迎えた。



 ※  ※  ※



 ドック隅に設けられたプレハブ小屋。

 練習も終わり、部員たちが帰宅前に一時の休憩を取っていた。


「ふぃー……今日も疲れたぁー」


 首からタオルを下げた光一郎が、天井を仰ぎながら両肩をダラリと下げている。

 見るからにくたびれたと言わんばかりのポーズだ。


「お疲れ様です。作り置きのアイスティー、あと少しなので飲んじゃってください」


 すばるが冷蔵庫から自家製のアイスティーを詰めた容器を取り出し、各自のグラスに注いでいく。

 よく冷えた紅茶が、グラスの表面に細かな水滴を浮かび上がらせた。


「ありがとう、すばるちゃん」


 感謝しながら、朋子がグラスを傾ける。

 ゴクリゴクリと喉を鳴らし、一気に飲み干してしまった。


「そんなに喉が渇いていたのかい、朋子?」


 彼女の様子を見て、グラスを片手に持っていた星也が声を掛ける。

 朋子は少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「えへへ、ちょっと汗掻いちゃって……コクピットの中も冷房は効いてるけど、それでも乗ってると暑くなっちゃうね」


「魔力を消費する行為は、運動でエネルギーを使う事と同じだからな。カラクリを動かした分、身体も疲労し発汗もする」


 夏姫が説明を挟むと、朋子は「へぇー」と関心を示したように頷いた。


「それじゃあ、ダイエットにもなりそうだね」


「……まぁ、効果はあるだろうが……ダイエットね」


 夏姫は彼女の腹部に視線を移した。

 とても太っているようには見えないが、彼女なりに理想のスタイルがあるのだろう。


(クラスメイトの女子達も、夏休み前に痩せようと躍起になっていたな。夏は露出が多い分、苦労もするらしい)


 腕組みをしながら朋子の腹に目を向けていると、彼女はさっとへその上辺りに両手を当てた。

 わずかに頬を赤らめ、夏姫に非難めいた視線を送る。


「そんなマジマジ見ないでよ、夏姫さんの意地悪」


「意地悪? それは一体どういう意味だ?」


 首を傾げる夏姫。

 すばるがカチャリと眼鏡のブリッジを指で押し上げ、レンズを光らせた。


「夏姫先輩のパーフェクトボディと比べないで、ってことですよ! 言わせないで下さい!」


 妙な具合にテンションが上がった様子で、夏姫の肩を揺する。

 夏姫はぐらぐらと首を左右にやりながら、頭の上に疑問符を浮かべたような表情をしていた。


「まぁ、ともかく……練習お疲れ様、みんな。あと少しで1週間ほどの盆休み期間に入る。それまで気を抜かないように」


「さすがに盆は休みなんスね。夏休み入ったってぇのに土日しか部活休みなかったからなぁ、ようやく羽が伸ばせるぜ」


 星也の言葉に嬉しそうに破顔し、光一郎はグッと両腕を上げて伸びをした。


「そういえば、皆さん。お盆は何か予定はありますか?」


 すばるが両手を合わせ、全員の顔を見回す。


「私はお墓参りに行くくらいかなぁ」


「俺は特に何も」


 朋子と光一郎が質問に答え、夏姫も首を横に振って意を示した。

 すばるの顔が喜びに彩られる。


「それじゃあ、皆さん海に行きませんか!? 折角の夏休みなんです、楽しまないと損ですよ!」


「……海の近くにうちの別荘があってね。このメンバーで旅行というのも、悪くないんじゃないかな」


 すばるが提案し、星也がそれを魅力的に補強する。

 3人は顔を見合わせ、明るい笑みを浮かべた。


「海、行きたい!」


「そうだな、楽しそうだ」


「お嬢様がいいんなら、付き合うぜ」


 こうして、昴星学園MBF部メンバーの海行きが決定した。


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