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054 再戦


 モニターに仮想空間の景色が映し出される。

 無人の観客席に囲まれた競技場。

 その中に、夏姫が乗った深紅の烈火は立っていた。


「あれは……」


 場内の反対側に、敵機が鎮座している。

 緑色に魔導装甲を染めた鉄の獣、ティーガーⅡだ。


(個人戦、ステージはショート。対戦相手は……)


「おーっ! 夏姫さんか!? ついにここまで来たんやな!」


 ティーガーⅡの搭乗者が外部スピーカーを通して話しかけてくる。

 夏姫はその声に聞き覚えがあった。

 ふっと口の端を緩める。


「久しぶりだな、蓮華さん」


 関西エリアにある日神学園のエース、上條蓮華。

 現在の個人戦ランキングは以前より一つ繰り上がって4位。

 10位の夏姫にとっては格上の相手だ。


「こうして出会えるなんて、マッチングに感謝やなぁ。特定の相手と戦う事無く上位へランクアップするのも珍しないからね。私と当たらんまま上に行かれたら嫌や思うとったし、対戦の機会があって良かったわ」


 ティーガーⅡが上半身を低く構えた。

 夏姫も烈火の肩に大太刀を担がせ、重心を低くする。

 中天の太陽が、2体の装甲を光り輝かせた。


「それでは――」


「勝負や!」


 弾かれるようにティーガーⅡが前進を開始した。

 脚力を魔力で強化しているのであろう、凄まじい速度で魔獣が疾走している。


(悠長に魔術を使っている暇はないな)


 ギリリ、と大太刀の柄を掴む両手に力を込める。

 ティーガーⅡが、烈火の刃の間合いに入った。


「シッ!」


 烈火は大きく一歩前進し、上段から大太刀を振り下ろした。

 ティーガーⅡが横へ跳び、その斬撃を躱した。


「リャア!」


 返し刀で跳ねるように大太刀を振り払う。

 ティーガーⅡが大きく跳躍し、攻撃を回避。

 次いで、空中で(あぎと)を開く。


「ハッ!」


 魔獣の口腔から、圧縮された空気弾が発射された。

 刀を振っていた烈火は体幹を崩され、後ろへ一歩押されるように下がる。

 着地したティーガーⅡが、すかさず脚部に溜めた魔力を開放して突っ込んできた。


「……くっ!」


 夏姫は強く歯噛みし、大太刀を何とか中段に構えた。

 大きく顎を開いて突っ込んできたティーガーⅡが、その刃に噛みつく。

 魔導装甲で模された鋭い牙が、大太刀をガチリと食い取った。


「オオッ!」


 夏姫は烈火の重心を下ろし、ティーガーⅡの突進をその場で止めた。

 後ろ足で立って覆いかぶさるように押し込んでくるティーガーⅡに、機体出力を全開にして対抗する。


「グググ……!」


「……ッ」


 拮抗している。

 ティーガーⅡと烈火のパワーが、驚くほど絶妙なバランスで釣り合っていた。

 ミシミシと両機の各所が悲鳴を上げている。


(凄まじい力の強さだ……単純に力押しの勝負を仕掛けてきたのも頷ける。だが、パワーは互角。ならば、後は――!)


 烈火が大太刀をグッと引いた。

 刃を放すまいと牙を食いしばっていたティーガーⅡが、烈火の方へ引き寄せられる。

 同時に夏姫は全身に行き通わせていた魔力を機体の脚部に集中させ、鉄の獣の下腹部を蹴り上げた。


「なぁっ!?」


 宙に浮かび上がるティーガーⅡ。

 夏姫は瞬時に魔力を集中させる場所を切り替え、刀を持つ腕の力を増幅させた。

 刃を噛み締めているティーガーⅡを、大太刀ごと振り回し、背中から地面に叩きつける。


「うあっ!」


 蓮華が悲鳴を上げた。

 機体に受けた衝撃で魔力の集中が途切れ、ティーガーⅡの顎が開かれる。

 夏姫は牙の間から大太刀を抜き、刃を振りかざした。


「ラアアアアアアッ!」


 がら空きになったティーガーⅡの胸部へ、渾身の斬撃を叩き込む。

 装甲は容易く断ち切られ、その奥にあるコクピットを強く揺さぶった。

 

 ティーガーⅡはビクリと跳ねた後、完全に沈黙する。

 緑に彩られた装甲が、色を失っていく。


《WINNER 柏陵院夏姫》

 

 抑揚のないアナウンスが、夏姫の勝利を告げた。

 夏姫は息を吐き出し、搭乗席の背に上半身を預ける。

 こめかみから流れた汗が、首筋へと伝っていった。


(……ん、電話?)


 シミュレーターが停止し、モニターに昴星学園の格納庫の景色が映し出されたのとほぼ同時に、胸ポケットに仕舞っていたスマホが振動した。

 見れば、上條蓮華からの通話の表示がある。

 受話ボタンを押すと、すぐに相手からの声が聞こえてきた。


「くあ~っ! 負けたぁ!」


 大きな声で悔しさを隠しもせず爆発させる蓮華。

 夏姫は思わずスマホから耳を離し、眉を顰めさせた。


「蓮華さん――」


「悔しいわ! めっちゃ悔しい! 前回は小細工弄して負けたから、今回は純粋に力でねじ伏せたろう思ぅたのにぃ!」


 大きな声を出し過ぎて、通話越しの声がキンキンと割れている。

 夏姫は少し間を置き、再び会話を試みた。


「……落ち着いたか?」


「落ち着けへんけど、まぁええわ。あ~、負けた負けた」


 今度はさっぱりとした調子で、自身の負けを潔く認めている。

 この性格は好ましいものだ、と夏姫は小さく笑みを浮かべた。


「夏姫さん、うちとの試合はどうやった? 感想聞かせてや」


「ああ、そうだな……純粋なパワー勝負なら互角だった。驚いたよ、蓮華さんがそこまで強い魔力を持っているとは思っていなかったから」


「それは、こっちの台詞や。獣の如き力が自慢のうちのティーガーⅡを、あの状態から抑えられるなんて夢にも思わへんかった」


 カラカラと蓮華が笑う。


「それに、あの魔力操作! 普通、機体の強化の切り替えにはそれなりの時間が必要なもんやで。それをまぁ、瞬時に脚部を強化するわ、剣で投げ飛ばすわ、ホントに信じられへんわ」


「力が互角なら、後は技で勝るしかないと思ってね。魔力操作は得意なんだ」


「くぅ~……うちもまだまだ修行が足らんな。次やる時は、絶対勝つで!」


 意気揚々と次の勝負へ意識を切り替える蓮華。

 夏姫はフッと軽く笑う。


「楽しみにしてるよ」


「うん! んじゃね、夏姫さん。また会おう!」


 通話が切れる。

 騒々しかった声がなくなり、シンとコクピット内が静まった。


(彼女はまだ成長するつもりだ。私ももっと高みを目指さなければ……)


 雪辱を誓った相手を脳裏に思い浮かべ、改めて意志を固める。

 夏姫は闘志の炎を燃やしながら、烈火を降りた。



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